第179回:大山鳴動して鼠一匹出ず
2020.06.09 カーマニア人間国宝への道あこがれのボビンメーター
先日、中古車サイトを検索していたところ、衝撃的なタマにぶち当たった。
『シトロエンCXパラス 前期 ボビンメーター オリジナル』
価格は199万円(取材時)! うおおおおおおおお!
私は長年、「シトロエンDS」にあこがれている。しかしあまりにもお値段が高い。だいたい400万円から500万円というところだ。これでは一生買えない。
これがフェラーリなら、500万円なんて屁(へ)でもない。いや決して屁でもなくはないですが、値段が下がらないことがわかっているので、「おおむね貯金のようなもの」と思うことができる。フェラーリはこの世で最もコスパの高いおクルマなのである。
古いシトロエンは、フェラーリみたいなわけにはいくまい。フェラーリと違って、維持にもそれなりに(湯水のごとく?)お金がかかるだろう。
しかし、200万円なら話は別。私にとって、フェラーリ以外のクルマは300万円が上限なのだが、そのラインをクリアしている! これなら下取りがゼロになってもオッケー!
思えばここ十数年、CXのことを忘れていたが、いま突如として、目の前に「CXパラス」(ボビンメーター)が突き付けられた。
これは運命かもしれない。
シトロエンのボビンメーターは、私にとってDSに勝るとも劣らない魅惑の対象だ。金魚鉢の向こう側で、フラフラと頼りなくスピードメーターが回っているだけで陶酔なのである。CXはボビンメーターじゃなかったら絶対買わないが、この個体はボビンメーター! しかも199万円! 買えるっ!
ホンモノのハイドロシトロエン
ただ私は、つい先月、「フェラーリ348GTS」を増車したばかりだ。いま買うのはあまりにもキツイ。しかしいま買わずしていつ買うのか! 買わずには死ねない! という、いつもの強迫観念が襲ってきた。
それでも今回は、すぐにお店には飛んでいかず、数日待ってから飛んでいきました。やっぱりフェラーリを増車したばっかりという、強烈な心のブレーキがかかってましたので。
現場は横浜市都筑区のMAMAというお店。到着すると、見た目、上品なエグザイル系といった感じの店長が出迎えてくれた。
「ひょっとして『webCG』に書いてる清水さんですか! いつも読んでます! 私、ほった君と清水さんの大ファンなんですよ!」
うおおおお。ほった君と私がセットであることに、限りないヨロコビを感じる。
クルマは写真で見たそのまんまのイメージだった。機関は好調とのことで、実際にエンジンをかけてくれたが、確かにまったく問題なく始動し、間もなくハイドロサスがムクムクッと持ち上がった。うおおおお、これぞホンモノのハイドロシトロエン!
私はこれまで、「エグザンティアブレーク」と「C5セダン」、2台のハイドロシトロエンに乗ってきたが、本丸はもっと古いヤツというコンプレックスを抱いていた。コイツを買えばそのコンプレックスから解放される! カーマニアとして人間国宝に一歩近づける! しかし置き場所が……。
エリート特急(先代「BMW 320d」)を売るべきか。あるいは「シトロエンDS3」か。そうすると、いつでも乗れるクルマが4台中1台になってしまう。増車となると5台中2台。どっちがいいのか。どっちなんだあああああああああああああ~~~~~~!
めったにないことだが、私はその場で即決せずに、少し考えてみることにした。
懐かしのキャロル
2晩、眠れぬ夜が続いた。結論も出なかった。
2日後。私は別件で埼玉県深谷市を訪れた。帰路、近くにキャロルという、シトロエンの聖地があることを思い出した。お店の近くの畑(正確には置き場)に、部品取りシトロエンが一部サンドイッチ状に山積みになっているという、伝説のお店である。以前訪れたのは17年も前だが、確かCXパラス ボビンメーターに試乗させてもらったんだった! うおおおお! 行ってみよう! あったぁ! 聖地発見!
勇んでクルマを乗り入れると、平日のせいかシーンとしている。古いシトロエンは確かに置いてあるが、昔と比べると台数がかなり減ったようだ。
そこへ、仙人のようなおじいさんが現れた。
おじいさん:息子(現在の代表)はいま出かけちゃってて留守なんです。何を見に来られたんですか?
私:もちろんシトロエンです!
おじいさん:シトロエンですか……。シトロエンはね、私ももう80近いので、やめたんですよ。パーツも入らなくなってきたし、このまま続けても、先細りするだけですから。委託販売だけはやってますけど。いまは息子がルノーを扱ってます。
ガガガガガ~~~~ン! シトロエンの聖地が、シトロエンをやめていた~~~~っ!
お店に置かれていたあこがれのDSは、どちらもさるお医者様が所有されていたが、ご高齢につき免許を返納され、以来、委託販売でこちらに鎮座ましましているという。
おじいさん:整備できる業者さんがいれば、お売りしますよ。300万円と200万円です。
うーむ。これをちゃんと動くようにするには、たぶん200万円かかるだろう。ちょうど市場価格と釣り合うということなのですね。
私は突如として、厳粛な気持ちになった。
古いシトロエンに、生半可な気持ちで突撃するのはイカンかもしれない。DSとCXでは事情は異なるにせよ。
いとしのCXパラス ボビンメーターよ。今はキミを買えないぜ。ひょっとして大魚を逃したのかもしれないが、それもまた運命さ。チャオ。
(文と写真=清水草一/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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