第241回:カウンタックでイキったバカ息子の末路とは?
『ハウス・オブ・グッチ』
2022.01.14
読んでますカー、観てますカー
有名ブランドの実録映画
「INSPIRED BY THE TRUE STORY」と書かれているから、実録ものということになる。有名ファッションブランドのグッチを取り上げていて、描かれるのは一族の内紛だ。最後には3代目社長のマウリツィオを妻が暗殺する。史実だからネタバレではない。グッチ家の人々が実名で登場するが、ディテールは脚色されている。一時期デザイナーを務めていたトム・フォードは激怒しているらしい。当事者としては不愉快な思いがあるのだろう。創業家の子孫も抗議しているが、グッチ家の人間はすでに経営から離れている。
物語は1978年のミラノから始まる。ブランドを立ち上げたグッチオ・グッチはすでに亡く、息子のロドルフォとアルドが後を継いでいた。アルドはグローバル展開を主張する積極派で、ロドルフォは伝統を重んじている。ロドルフォの息子マウリツィオはファッションに興味がなく、弁護士になるために勉学に励む毎日だ。グッチはかつての栄光が薄らいでおり、時代遅れになりつつあった。名家の行く末は安泰とはいえない状況である。
1970年代から80年代にかけて、日本ではグッチの人気が異様に高かった。赤と緑の組み合わせが、マダムたちにもてはやされたのだ。映画のなかでも、日本人がブランドの主要顧客であることが描かれている。ニューヨーク進出を主導したアルドが、御殿場のモールに店を出そうとしていたというのは事実なのだろうか。
その後、わずか数年で評価は反転した。グッチは古臭いおばさんファッションの代表ととらえられるようになったのを記憶している。さらに10年ほどして、オシャレなハイブランドとして復活したことには驚いた。この映画は低迷期の混乱を描いている。
悪女になりきったレディー・ガガ
ストーリーは古典的である。名家に潜り込もうとする貧しくて野心的な女がいて、世間知らずのボンボンをたらしこむ。女の意図を見抜いた父は別れるよう諭すが、愚かな若い息子は聞く耳を持たない。結婚に持ち込んだ女は本性を見せ、夫をコントロールして権力を得る。父と子、いとこたちを離反させるように仕向け、名家は崩壊への道をたどる。こんな凡庸な騒動が、グッチ家で実際に起きていたのだ。初代のグッチオ・グッチが築き上げた帝国を継承する能力を持った者は一人もいなかった。
俳優陣はとてつもない豪華さだ。マウリツィオ・グッチはアダム・ドライバー。レディー・ガガがパトリツィアを演じ、悪女役が似合うことを見せつける。『スター誕生』では歌の力を借りていたが、演技力が本物であることを証明した。マウリツィオの父ロドルフォはジェレミー・アイアンズ、伯父アルドはアル・パチーノ。いとこのパオロはジャレッド・レトが演じているが、特殊メイクでイケメンを封印し、“お前誰だ”状態である。
アダム・ドライバーは、一切のオーラを消し去ってバカ息子になりきった。こいつはだまされるよな、と観客を納得させる。ファッションブランドの家に生まれたのに、服を着こなすセンスがなくて超ダサいのだ。ボートの上でのパトリツィアとの初キスでは、真に迫ったD.T.っぷりだった。彼はリドリー・スコット監督作に2作連続で出演している。前作『最後の決闘裁判』でもひどい目にあっていたのに、今回も殺されてしまう。監督の仕打ちは、深い愛の裏返しなのかもしれない。
レディー・ガガが演じたパトリツィアは、のし上がり系上昇志向女子そのもの。知性も教養もないが、世渡り能力は異常に高い。ただ、グッチ家を初めて訪問した際、クリムトの『アデーレ』を見て「ピカソ!」と感激したふりをしたのは致命的なミスである。せめてエゴン・シーレと言うべきだった。彼女はゴーギャンもモンドリアンも知らず、ゴッホより普通にラッセンが好きなタイプである。
84歳にして第一線のリドリー・スコット
使われている音楽が素晴らしい。ドナ・サマーの『アイ・フィール・ラブ』や『ホット・スタッフ』、ユーリズミックスの『スイート・ドリームス』、デヴィッド・ボウイの『アッシュズ・
そして、クルマのセレクトも的確である。人物の性格と立ち位置を見事に表現していた。学生時代のマウリツィオは自転車に乗っていて、デートする時はスクーター。パトリツィアはオープンカーに乗って着飾った自分をアピールする。「ピニンファリーナ・スパイダー・ヨーロッパ」を選んだところに、自尊心としゃれ心が垣間見えるようだ。気がいいだけで無能なパオロは「ポルシェ924」を乗り回していたが、マウリツィオの計略で失脚すると「フィアット600」が愛車となった。
金持ちになった夫婦は、セレブらしく運転手付きのロールス・ロイスで移動するようになる。それはいいとしても、浮かれたマウリツィオが「ランボルギーニ・カウンタック」でイキるようになったのは成り上がり感丸出しだ。「フェラーリF40」も買っていたらしい。金銭感覚がマヒした経営者が会社の財政を危うくするのは必然である。
リドリー・スコットは御年84歳。『エイリアン』を監督してから40年以上なのに、まだまだ第一線で一流の仕事をしている。同じ日に公開される『クライ・マッチョ』で監督と主演を務めたクリント・イーストウッドは91歳だ。脱帽である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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