クルマでメジャーなターボモデル オートバイではなぜ増えないか?
2022.11.07 デイリーコラム過去には存在したものの……
「そういえば、なんでバイクにはターボ車がないんだろ?」
webCG編集部・関さんの、独り言のようなコメントが発端だった。なぜ、いまのバイクにはターボチャージャーが積まれないのか? 必要とされていないのか? ……むむむ、たしかに。考えたこともなかった。本音を言えば、バイクにとってターボをはじめとした過給機はイロモノだとも思っていた。
熱かったエイティーズ劇場を思い返してみよう。
1981年発売の「ホンダCX500ターボ」(500cc/最高出力82PS)の幕開けに始まり、翌1982年に「ヤマハXJ650ターボ」(650cc/同90PS)と「スズキXN85」(650cc/同85PS)が中盤を受け、幕あいの1983年にホンダが「CX650ターボ」(650cc/同100PS)をはさみつつ1984年にはカワサキの「750ターボ」(750cc/同112PS)がトリを飾った。かくして4メーカーのターボモデルが表舞台に出そろったものの、「あれは幻だったのか?」のごとく一夜限りで終演してしまったのである。インパクトだけは強かった出来事なので、夢のメカニズムを積んだ“ターボマシン”のことを昨日のことのように覚えている年かさのライダーはきっと多いに違いない。
あれから約40年。小学生だった筆者もアラフィフになり、自動車界は大きく様変わりした。大パワーを手に入れるためだけの大食いユニットにあらず、ということでターボはにわかに善人キャラへと生まれ変わっていく。ことクルマの世界では、小排気量のコンパクトなエンジンにターボを組み合わせたダウンサイジングターボが猛烈に流行中。燃費性能向上や環境対応、軽量化、そして維持費軽減のための切り札、転じて復活のヒーローという立ち位置だ。
そんなクルマ界の最新事情はさておき、バイク界。ターボなんて過去の過ち、後ろめたい遺物という雰囲気がまだまだ根強い。いまのところ市販ターボバイクのヒストリーは80年代から途切れたままだが、一方で“過給マシンへの夢”をすべてのエンジニアが諦めたわけではないことを示すいくつかの出来事がある。
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ヤマハは特許を取得している!
まずはスズキが2015年のモーターショーに参考出品した、DOHC 4バルブ並列2気筒のインタークーラー付きターボエンジン「XE7」だ。2013年に出品されたスタイリッシュなコンセプトモデル「リカ―ジョン」に積まれるのでは? とうわさされたXE7だったが、このXE7に酷似した2気筒エンジン搭載のネイキッドモデルが2019年にノンターボ(自然吸気)として特許出願されているので、2022年現在でターボ搭載エンジンの芽はついえたかにみえる。しかし“ターボの将来性”が一瞬でも開発の現場で浮かび上がったことに違いはないし、同じ2015年にはカワサキから量産市販車初のスーパーチャージャーを装備した「H2」「H2R」が発売されたことも過給機の未来がゼロではないことを明らかにしてくれた。
さらにホットなニュースをひとつ加えたい。ヤマハが2020年に出願したターボエンジンに関する特許が、先だって2022年8月に登録(権利発生)されたのだ。「複数の燃焼室を有するエンジンとターボチャージャーとを備える鞍乗(あんじょう)型車両であって(バイクにおいて)、アクセル操作子の操作に対するエンジンの応答特性を向上させることができる鞍乗型車両を提供することである」というかなり長めな特許出願書類の文言のままに、スロットルレスポンスの向上を狙って開発されたニューテクノロジーに“お墨付き”が与えられたことに、ワクワクしてしまう。ちなみにパテントの申請に使われた図版には「MT-09/10」が用いられていた。
そうそう。クルマ界では、コンパクトな2リッター直4エンジンを搭載した新型「メルセデスAMG SL43」の国内販売が始まったばかりだ。「電気モーターが直接ターボの軸を駆動するF1由来の電動ターボチャージャーを採用(中略)、アイドリングスピードから全回転域にわたってエンジンのレスポンスが改善され、ダイナミックな走りが……」とwebCGのニュースに記されている。レスポンシブでスポーティーなターボエンジンをつくりたいという一点で、ヤマハもメルセデスも同じ方向を向いているということだ。
さて、「いまのバイク界にターボ車がいないのはなぜ?」という当初の疑問に話を戻そう。
単純に考えればその理由は、「マーケットにニーズがない」「パワーは自然吸気で十分に賄えている」「そもそもバイクはクルマと違ってパワーウェイトレシオが優れている」「排気量を減らしたところでクルマほど税制上の優位点が見つからない」などとなるだろう。これが現実。大パワーゆえの危険性、つまりアンコントロール性の問題(タイヤ、足まわり、車体などのキャパシティー不足)も常に裏側にあって不可分だ。
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モータースポーツも理由のひとつか
でも、ちょっと待って! 時代はカーボンニュートラルへと舵を切り、世界中の排出ガス規制はバイクとて近年ますます厳しくなっている。そんな難局を打開するために各二輪メーカーは燃焼効率やキャタライザーに工夫をこらしつつ、ハイブリッド化や電動化などといったさまざまなソリューションを視野に入れながら立ちはだかる壁をなんとかクリアしていこうとしている。それらソリューションのひとつに「過給機」が加えられても、それほど驚くにあたらないのではないか。そのくらいメーカーは、ギリギリのせめぎ合いを各種の規制によって強いられているのだから……。
多くのメディアで活躍する二輪ジャーナリストの中村友彦さんからこんな話を聞いた。
「F1などの自動車レースの世界では昔から、過給機エンジンでしか実現できない“速さ”を存分に観客に見せつけてくれたけれど、オートバイレースのトップカテゴリー(ロードレース世界選手権)では戦後間もなくの1949年の緒戦から過給機の使用がレギュレーションでずっと認められてこなかったんだ。もしかしたら、そのことも遠因かもしれないね」
なるほど、と思った。多くの開発資金をつぎ込むことができるレースフィールドで培われた技術は数えきれない。もしそこで幾多のイノベーションが行われていたら、ターボ車はもっと身近な乗り物になっていた可能性があったかもしれない……ということだ。80年代の国産ターボマシンすべてに試乗経験がある中村さんに、もうひとつだけ質問してみた。当時のターボの効き具合って、実際どうだったんですか?
「ドッカーン! というワイルドな出力特性を想像するでしょう? でもね、そのイメージが当てはまるのは、強いて言えばカワサキだけ。ヤマハとスズキの2車は全然そんなことない。もちろんスペックなりにパワーやトルクは上乗せされているけれど、実際のキャラクターは意外にジェントルなんだ。露骨なターボラグはないし、わりと低回転からブースト圧も低めにかかって、さりげなくパワフル。ちまたで言われている“ジキルとハイド”みたいな二面性や、扱いに困るほどの爆発的高出力……まったく、そんな性格のエンジンではなかったな(笑)」
40年前の偶然にしてはちょっと出来すぎているけれど、2022年のいまに求められているターボモデル像と、それほど違いがないのでは? そう思える80年代のクレバーな過給機モデルたち。いや、もしかすると過大なパワーを制御するための必然だった?
途切れないビッグパワーよりも、ここ一番のモアパワーが令和のターボの役どころだとすれば、取りあえずつくっちゃおうよ、ターボマシン。ブローオフバルブの音は(カッコいいから)ちょっとだけ大きめでお願いします!
(文=宮崎正行/写真=本田技研工業、ヤマハ発動機、スズキ、カワサキモータースジャパン、webCG/編集=関 顕也)

宮崎 正行
1971年生まれのライター/エディター。『MOTO NAVI』『NAVI CARS』『BICYCLE NAVI』編集部を経てフリーランスに。いろんな国のいろんな娘とお付き合いしたくて2〜3年に1回のペースでクルマを乗り換えるも、バイクはなぜかずーっと同じ空冷4発ナナハンと単気筒250に乗り続ける。本音を言えば雑誌は原稿を書くよりも編集する方が好き。あとシングルスピードの自転車とスティールパンと大盛りが好き。
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