やめたと思えばカムバック このF1復帰はホンダに何をもたらすか?
2023.06.05 デイリーコラム再び目覚めた「F1の虫」
ホンダのF1活動の歴史を振り返れば、古くは1960年代までさかのぼることは、あまりに有名な話である。
本田宗一郎氏の英断で始まった黎明(れいめい)期たる「第1期」(1964~1968年)、ウィリアムズやマクラーレンとタッグを組み常勝を誇った黄金期の「第2期」(1983~1992年)、エンジンサプライヤーから第1期に次ぐオール・ホンダで勝利を目指すも志半ばでGPを去った「第3期」(2000~2008年)、そして現行ターボハイブリッド規定下での「第4期」(2015~2021年)と続く。これほどまでに参戦と撤退を繰り返してきた自動車メーカーは他に類をみない。
去る2023年5月24日に発表された、2026年からの“ホンダF1復帰”を果たして「何期」と呼ぶべきか。2022年から2025年までは、レッドブルとアルファタウリの2チームにホンダが手がけたパワーユニットが供給されるのだから、現状は撤退とは名ばかり、参戦を継続しているともいえるからだ。
「ホンダF1第4.5期」──なんとも中途半端な呼び方である。しかしこの“0.5”には、撤退を決めた2020年秋からわずか3年足らずという短期間でカムバックに踏み切ったホンダの真意が隠されているように思う。
第4期は訳あって撤退という決断を下したが、その後の環境変化によりカムバックの道筋が見えてくると、水面下で交渉を続け、新たなパートナーであるアストンマーティンと再出発することにした。そう、ホンダはF1を続けたかったのだ。
再び目覚めたホンダのなかの「F1の虫」。それは何をきっかけに起き出し、どんな姿を目指そうとしているのか。第4.5期の“0.5”に秘められたホンダの思いと狙いを読み解いてみる。
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パワーユニット規定変更の後押し
2020年10月にホンダが発表した、2021年シーズン限りでのF1参戦終了の理由は、「カーボンニュートラルに経営資源を集中し、2050年までに燃料電池車や電気自動車へ軸足をシフトしていくため」だった。もちろん、今もこの大目標に変わりはなく、実際にこれまでF1活動に携わっていた人的リソースはさまざまなプロジェクトに振り分けられたという。
ホンダの目標は変わっていないが、その後変わったのはF1のレギュレーションだった。2022年8月に承認された、2026年からのF1パワーユニット規定には、技術革新と持続可能性の両面が期待できる内容が盛り込まれていたのだ。
例えば、ブレーキング時の運動エネルギーを回生する発電機兼モーターの「MGU-K」は、現行の120kWから3倍近くアップし、350kW(約476PS)まで出力が引き上げられる。内燃機関(ICE)たる1.6リッターV6ターボは継続されるものの、1基のハイブリッドパワーユニットのおよそ半分の出力が電気モーターから得られるようになるのだ。
さらに2026年からは燃料も変わり、バイオフューエルによるCO2排出削減が図られる。F1という過酷な実戦の場で、次世代の市販車に応用可能な技術と知見が得られるのなら、自動車メーカーとしてもF1に参戦する意義があるというものだろう。
技術的な側面に加え、パワーユニット開発においてもコスト制限が導入されるのも歓迎すべき点だった。F1撤退後の人的リソースの再配分とは、すなわちF1関連コストの再配分ということ。特に第4期では、2015年の参戦当初から開発の遅れが著しく、キャッチアップのために積極的な投資が必要とされていたはずであり、経営上のリスクも減ったことになる。また、ターボチャージャーと熱エネルギー回生システムを一体化した「MGU-H」の廃止も決まっており、開発面での負荷は今よりも軽減されることになる。
当然、これらルール変更には、F1/FIA(国際自動車連盟)から、新たな自動車メーカーへ参入を促すメッセージが込められている。現に復帰を決断したホンダのみならず、アウディもF1参戦に踏み切っているのだ。撤退後に決まったこのパワーユニット規定の変更がなければ、ホンダのF1復帰は不可能だったといっていいだろう。
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ブランクなき参戦という好条件
マックス・フェルスタッペンが初の栄冠を獲得し、ホンダ最終年を最良のかたちで締めくくった2021年以降、レッドブルに搭載されるホンダのパワーユニットは破竹の勢いで勝利を重ねている。メルセデスとの死闘を繰り広げた2021年は22戦して11勝だったが、翌年は22戦17勝とシーズンを席巻、そして今季は、先の第7戦モナコGPまで全戦全勝と、マクラーレン・ホンダと「16戦15勝」を達成した1988年のような圧倒的な強さを発揮している。
しかし、2015年からの第4期の最初の3年間が、見るも無残な結果だったことを忘れてはならない。かつて合計8冠を勝ち取ったマクラーレン・ホンダとしての“2度目の結婚”は、最上位5位、コンストラクターズランキング最高6位(2016年)という戦績とともに失敗に終わった。第3期の終わりから第4期までは、実に8シーズンものブランクがあった。この空白期間に、いかにライバルであるメルセデスやフェラーリが研究開発を進めていたかが、コース上の結果で示されたかっこうとなった。
同じ轍(てつ)を踏むわけにはいかないホンダとしては、2021年の撤退後もレッドブル/アルファタウリへのパワーユニット供給が継続しており、また2025年までは開発が凍結とされている現状は、復帰する環境として理想的である。今日の成功を土台に、途切れることなく新たなパワーユニット開発に取り組める今を逃したら、この先F1に戻るチャンスはそうそうやってこないだろう。
さらに組織運営上も、ホンダという大看板を背負うかたちにはなるものの、実際の主体はホンダ・レーシング(HRC)として参戦する体制が整っているのも重要なポイントである。なにかと身動きが取りづらい巨大企業から、より身軽なモータースポーツ専門会社に担い手を移すことで、社内政治に巻き込まれる機会も減らせるからだ。参戦と撤退を繰り返す、よくも悪くもホンダらしいF1活動のサイクルに、持続可能性をもたらしてくれることも期待できそうである。
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なぜアストンマーティンを選ぶのか?
レッドブルとホンダがシーズンを席巻している今、新しいチームと手を組むよりも、2026年以降もレッドブルとのパートナーシップを継続するほうが賢明ではないかという声も多く聞くが、ことはそう簡単ではないようだ。
2020年にホンダ撤退の決断を受けたレッドブルは、パワーユニットがないという危機を脱するべく、意を決して「レッドブル・パワートレインズ(RBPT)」を設立。パワーユニット開発が凍結される2025年まではホンダ(HRC)からの供給を受けることで落ち着いたが、2026年からは自社製のパワーユニットで戦う計画に舵を切っている。当然、両者による継続協議は行われたはずだが、RBPTという一大プロジェクトが進行しているかたわらで、辞めると言ったホンダともう一度話し合うには、時期が遅すぎたのかもしれない。RBPTはポルシェとの提携話を蹴り、フォードのバッジを付けて参戦するという道を選択した。
ホンダに残された供給先の選択は限られていたが、なかでもアストンマーティンは、さまざまな面で好条件に恵まれたパートナーといえる。
アストンマーティンのオーナーを務める実業家のローレンス・ストロール氏は、「チャンピオンになる」という野望を掲げF1チームに巨額の投資を続けており、イギリスはシルバーストーンにあるファクトリーは大幅拡充され、新たな風洞施設も建設中だ。
さらに有能な人材をヘッドハンティングしており、元レッドブルのダン・ファローズをテクニカルディレクターに据え開発した今季型マシン「AMR23」は、レッドブルに次ぐ速さで表彰台の常連となっている。新加入フェルナンド・アロンソの八面六臂(ろっぴ)の活躍で、昨季のコンストラクターズランキング7位から現在3位に躍進しているのも、決して偶然ではない。
5月24日の復帰記者会見で「勝者としてのホンダから学ぶべきことがある」と語ったのは、アストンマーティンのF1活動を統括するアストンマーティン・パフォーマンス・テクノロジーズのマーティン・ウィットマーシュCEOだった。元はマクラーレンにいてホンダ復帰を後押しした彼は、再びこの日本メーカーとのパートナーシップに成功の夢を託した。
挑戦者としての覚悟とパートナーへの敬意、いずれも成功の土台となる信頼関係には必要不可欠な要素である。そのどちらも欠けていたマクラーレンでの失敗をみれば、前途は明るい。
レギュレーションによる後押し、スムーズな復帰へのシナリオ、そして野心に燃えるパートナーとの邂逅(かいこう)。これらがホンダの背中を押したであろうことは容易に想像がつく。ホンダF1「第4.5期」の“0.5”には、第4期にホンダが経験してきたさまざまな出来事と反省、そして新たな挑戦への熱い思いが込められている。
(文=柄谷悠人/編集=関 顕也)
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柄谷 悠人
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