第265回:高層ビルはスーパーカー
2023.08.21 カーマニア人間国宝への道日本にも高いビルがいっぱい欲しい
先日、日本一高いビルの記者発表が行われた。その名は麻布台ヒルズ森JPタワーである。
高さ330mは、東京タワーの333mにあと3mまで迫っている。物心ついた頃から「東京タワーは333m」と脳に刻み込まれた昭和世代としては、日本の高層ビルが東京タワーの高さに迫ったというのは、驚くべき出来事だ。
なぜこんなことを書いているかというと、高層ビルはスーパーカーだと思うからである。
自分の幼少期、東京に高い建物は東京タワーしかなかった。マンガ『オバケのQ太郎』のなかで、オバQはドロンパに「日本には高いビルがぜんぜんないじゃないか」とバカにされ、東京タワーに連れて行くシーンがあった。
それを読んで私は、深い悲しみに襲われた。ニューヨークにはあんなに高いビルが林立しているのに、東京には東京タワーしかない。しかも東京タワーはタワーなので、骨組みだけで中身はスカスカ。エンパイアステートビルは、中身が詰まっているうえに東京タワーよりぜんぜん高い(443m)。悔しい! 日本にも高いビルがいっぱい欲しい!
その欲望は高層ビル愛となり、霞が関ビルに続いて貿易センタービル、京王プラザホテル、サンシャイン60と、日本一の高層ビルが完成するたびに胸を躍らせた。
でも、サンシャイン60あたりで熱は冷めた。日本の高層ビルは、どれもこれもデザインがただの箱に近く、退屈すぎた。あんなのはスーパーカーじゃない。デカい「カローラ」だ。先っちょの尖(とが)ったスーパーカー、エンパイアステートビルとは比べるべくもない。住友三角ビルは個性的だったけど、デカいエンピツだった。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
東京タワーより3mだけ低い名脇役
その後登場した都庁本庁舎(243m)は、さすが丹下健三設計。インプレッシブなデザインは東京の顔と呼ぶにふさわしいもので、隣にも似たようなデザインのビル(新宿パークタワー/235m:こちらも丹下健三設計)ができたので、首都高4号線からの眺めは、「GT-R」対「NSX」になった。
と思っていたら、2000年、新宿の近くにとんでもないビルができた。NTTドコモ代々木ビル(240m)である。その外観はエンパイアステートビルそっくり! でも中身はドコモの巨大なアンテナで、関係者以外は中に入ることもできない。なんだか「ポンティアック・フィエロ」ベースの偽フェラーリのようで、見るたびに「ニセモノめ……」と、心の中でつぶやいた。
私が東京の高層ビルの景観に、真の満足を得るようになったのは、その少し後くらいからである。レインボーブリッジからの湾岸地区の眺めが、タワマンで埋め尽くされるようになったのだ!
日本に、エンパイアステートビルのような、単独でスーパースターになれるビルの登場を望んでもムリだろう。それは、日本にフェラーリが生まれることを望むようなものだ。その失敗を犯したのが2代目NSXではないだろうか。
高層ビルは、海辺に多数が林立して高層のスカイラインを形成すると、1本1本は無個性でも、スーパーな景観となる。つまりニューヨークである。その中心に、日本の大スターたる東京タワーがあれば、ジャパンオリジナルのスーパー景観が完成する!
東京タワーは、「トヨタ2000GT」であり、初代「フェアレディZ」だ。その歴史とカリスマ性は、高層ビルが束になってもかなわない。
ただ、スターは周囲に脇役を引き連れている必要がある。それが麻布台ヒルズなのである。東京タワーより3mだけ低い高さは、名脇役の素質十分だ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ニューヨークにも勝るとも劣らない
マッチ箱のように低いビルたちのなかに、東京タワーだけが屹立(きつりつ)していると、貧乏人のフェラーリに見えてしまう。それが昭和の東京だった。いや、「貧乏人はフェラーリを買え!」と叫んできた私が、そんなことを言ったらおしまいだが、なんであってもフェラーリは、スターでなくてはならない。
2000年代に入り、レインボーブリッジから都心側を眺めると、高層ビルの合間に大スター(東京タワー)が見えるようになった。ニューヨークにも勝るとも劣らない、日本三景にも数えるべき景観だった。長野から上京したある女子は、それを見て涙ぐんだ。岡山から上京したさる男子も胸を熱くした。当然だろう。私は毎回目頭が潤む。
今回、麻布台ヒルズの完成によって、東京タワーを取り巻く景観が、ひとつの完成をみた。レインボーブリッジを渡って首都高浜崎橋JCTからC1外回りに合流すると、右手に大スター・東京タワーが登場する。その奥には、日本一の高層ビル・麻布台ヒルズが控えて脇を固める。手前左にはゆうこりんの広告看板と、コーンズ芝ショールーム。その先には「きぬた歯科」の広告看板とロッソ・スクーデリア六本木ショールームが並ぶ。
完璧だ……。
このルートをわが「328GTS」で流せば、「人生に勝った!」と思うことができる。いや、ちょいワル特急こと「プジョー508」でも、十分な勝利感に浸れた。皆さんも試してネ!
高層ビルは鑑賞するもので、てっぺんに上がっても、「こんなもんか」と思うことが多い。フェラーリのスペチアーレと同じで、乗るより見てるほうがシアワセになれる(私見です)!
最近は、あのNTTドコモ代々木ビルも、カッコいいと思えるようになってきた。首都高4号線下り赤坂付近から遠望すると、「セントラルパーク越しに見るエンパイアステートビルだな」と思ったりして。ダッハハハハハハハ!
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信、PIXTA、森ビル/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
第316回:本国より100万円安いんです 2025.8.11 清水草一の話題の連載。夜の首都高にマイルドハイブリッドシステムを搭載した「アルファ・ロメオ・ジュニア」で出撃した。かつて「155」と「147」を所有したカーマニアは、最新のイタリアンコンパクトSUVになにを感じた?
-
第315回:北極と南極 2025.7.28 清水草一の話題の連載。10年半ぶりにフルモデルチェンジした新型「ダイハツ・ムーヴ」で首都高に出撃。「フェラーリ328GTS」と「ダイハツ・タント」という自動車界の対極に位置する2台をガレージに並べるベテランカーマニアの印象は?
-
第314回:カーマニアの奇遇 2025.7.14 清水草一の話題の連載。ある夏の休日、「アウディA5」の試乗をしつつ首都高・辰巳PAに向かうと、そこには愛車「フェラーリ328」を車両火災から救ってくれた恩人の姿が! 再会の奇跡を喜びつつ、あらためて感謝を伝えることができた。
-
第313回:最高の敵役 2025.6.30 清水草一の話題の連載。間もなく生産終了となるR35型「日産GT-R」のフェアウェル試乗を行った。進化し、熟成された「GT-RプレミアムエディションT-spec」の走りを味わいながら、18年に及ぶその歴史に思いをはせた。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル(FF/7AT)【試乗記】
2025.9.8試乗記「MINIコンバーチブル」に「ジョンクーパーワークス」が登場。4人が乗れる小さなボディーにハイパワーエンジンを搭載。おまけ(ではないが)に屋根まで開く、まさに全部入りの豪華モデルだ。頭上に夏の終わりの空気を感じつつ、その仕上がりを試した。 -
NEW
第318回:種の多様性
2025.9.8カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。 -
NEW
商用車という名の国民車! 「トヨタ・ハイエース」はなぜ大人気なのか?
2025.9.8デイリーコラムメジャーな商用車でありながら、夏のアウトドアや車中泊シーンでも多く見られる「ハイエース」。もはや“社会的インフラ車”ともいえる、同車の商品力の高さとは? 海外での反応も含め、事情に詳しい工藤貴宏がリポートする。 -
フォルクスワーゲン・ゴルフRアドバンス(前編)
2025.9.7ミスター・スバル 辰己英治の目利き「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のなかでも、走りのパフォーマンスを突き詰めたモデルとなるのが「ゴルフR」だ。かつて自身が鍛えた「スバルWRX」と同じく、高出力の4気筒ターボエンジンと4WDを組み合わせたこのマシンを、辰己英治氏はどう見るか? -
ロイヤルエンフィールド・クラシック650(6MT)【レビュー】
2025.9.6試乗記空冷2気筒エンジンを搭載した、名門ロイヤルエンフィールドの古くて新しいモーターサイクル「クラシック650」。ブランドのDNAを最も純粋に表現したという一台は、ゆっくり、ゆったり走って楽しい、余裕を持った大人のバイクに仕上がっていた。 -
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。