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第843回:オリンピックで“空飛ぶクルマ”が空を飛ぶ! 大阪・関西万博は大丈夫?

2024.01.25 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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一進一退

日本では2024年1月10日、“空飛ぶバイク”を開発していたA.L.I.テクノロジーズが、東京地方裁判所から破産手続き開始決定を受けた。いっぽう、その1カ月前の2023年12月には、大阪市内で経済産業省などが“空飛ぶクルマ”の有人飛行による実証実験を行った。eVTOL(電動型垂直離着陸機)の実用化は、一進一退である。

多くの読者もご存じのとおり、2025年に開催が予定されている大阪・関西万博では、その目玉である4つの「未来社会ショーケース」の一企画として、引き続き“空飛ぶクルマ”が位置づけられている。ただし国際的視点に立つと、日本におけるeVTOLの晴れ舞台をかすませてしまいかねない兆しがある……というのが、本稿の趣旨である。

ヴォロコプター製eVTOL「ヴォロシティー」が東京を飛行するイメージ図。(photo:Volocopter)
ヴォロコプター製eVTOL「ヴォロシティー」が東京を飛行するイメージ図。(photo:Volocopter)拡大

パリを制する者は世界を制す?

ひとつは、2024年7月26日から8月11日までパリで開催されるオリンピック競技大会(パリ五輪)だ。同イベントでは期間中、ドイツを拠点とするヴォロコプター社が、eVTOLの商業飛行を計画している。2023年6月のパリ航空ショーの際、概要を明らかにした。参考までにヴォロコプターは、2020年9月にJALとエアモビリティーに関する提携に調印している。

これに呼応するかたちで、フランスの空港運営会社ADPが、欧州初の試験飛行用旅客ターミナルをパリ郊外のポントワーズに整備済みだ。現地報道によると、五輪期間中は5拠点を結んでサービスを提供する予定である。うち1拠点はセーヌ川に浮かぶ桟橋で、そこにeVTOLを離着陸させる。

『フランス24』電子版によると、ヴォロコプターのダルク・ホークCEOは「パリの空を飛べれば、世界の空が飛べる」と意気盛んだ。だが課題もある。第1は、五輪開幕まで約半年となった2024年1月時点でも、フランス当局や欧州航空安全局からの認可が降りていないことだ。

第2に世論である。まず過密したパリ上空を飛行することから安全に対する懸念が浮上している。加えてVIP優遇となりそうな点だ。一回の搭乗料金は約110ユーロ(1万7000円)になるとの試算があるが、五輪期間中は限られた人の送迎に用いられると予想される。ゆえに「低環境負荷だけを名目に、ひと握りの超特権階級の乗り物を飛ばす必要があるのか」といった意見があるのだ。

ただし、仮に商業運航はかなわなくとも、デモだけでも歴史ある国際都市パリの世界的イベントでeVTOLが飛行すれば、メディアを通じて広く報道される。その場合、大阪・関西万博で商用運航に成功しても、国際レベルでの話題性は大きく減退するだろう。

ヴォロコプター製eVTOL「ヴォロシティー」がパリを飛行するイメージ図。(photo:Volocopter)
ヴォロコプター製eVTOL「ヴォロシティー」がパリを飛行するイメージ図。(photo:Volocopter)拡大
2023年11月、ニューヨークで有人飛行を披露したヴォロコプター製eVTOL「2X」。(photo:Volocopter)
2023年11月、ニューヨークで有人飛行を披露したヴォロコプター製eVTOL「2X」。(photo:Volocopter)拡大

イタリアでも計画中

また、仮に大阪・関西万博がなんらかの事情で延期となった場合、さらに日本におけるeVTOL披露への注目度を減らしてしまいそうな催しがある。2026年2月6日から22日まで開かれるミラノ・コルティナダンペッツォ・オリンピック競技大会だ。

同大会に関連してミラノ市は、2023年11月に地元の航空運営会社に、eVTOL用ヘリポートの会社設立を許可している。市内ポートは、いずれも競技開催地に近い場所に建設する計画だ。空港から市内までの料金は、当初は150ユーロを想定している。2024年現在、マルペンサ空港から市内までのタクシー定額料金は110ユーロだから、渋滞にはまらないなどの利点を思えば、eVTOLタクシーは十分に競争力がある。

実のところ、このミラノでのプロジェクトも目下認可の取得中で、計画の成否は欧州航空安全局の判断次第というところではある。またパリとは異なり、特定のeVTOL製造企業の名前は目下あがっていない。しかし実現すれば、パリ同様に世界的な話題として報道されるだろう。

ステランティスグループが提携・支援している米アーチャー製eVTOL「ミッドナイト」。(photo:Archer)
ステランティスグループが提携・支援している米アーチャー製eVTOL「ミッドナイト」。(photo:Archer)拡大
アーチャー製eVTOL「ミッドナイト」のキャビン。(photo:Archer)
アーチャー製eVTOL「ミッドナイト」のキャビン。(photo:Archer)拡大
アーチャー製eVTOL「ミッドナイト」。(photo:Archer)
アーチャー製eVTOL「ミッドナイト」。(photo:Archer)拡大

eVTOLに匹敵する奇策

このように日本の危機を憂う筆者だが、決して日本におけるeVTOL研究を否定するものではない。開発に早くから、真摯(しんし)に携わっている人も実際に知っている。避けるべきは、行政がその足かせとなることだ。19世紀、赤旗を持った助手が、蒸気自動車の55m先を歩くことを定めた「赤旗法」を制定した英国は、結果として自動車の普及に後れを取ってしまった。実際は安全に対する不安ではなく、既存の馬車業者の権益を守るための法規だったのだが、かように行政とは技術の進歩に横やりを入れる場合が多々あるから注意すべきだ。

それはともかく、欧州で2件もeVTOLを目玉とするイベントの兆しがあるということは、十分に演出を考えないと、大阪・関西万博のeVTOLはほとんど注目されない可能性がある。陸上インフラを含め、利便性や価格的優位性といった、欧州勢の上をいく訴求力あるアプローチが必要だろう。

ここからは余談だが、筆者自身が考えた大阪・関西万博における奇策交通手段がある。それは「軽自動車」だ。欧州の比較的若い自動車愛好家の間で、日本の軽はKei-carとして長年にわたり興味の対象である。ときにはクルマにさほど詳しくない人でも、関心を抱く。やや古い話だが、筆者が東京で駆け出しの編集記者だった1990年代のこと。編集部にフランス人女流画家が訪れた。彼女を自動車に乗せて都内を走っていると、軽自動車とすれ違うたび「c'est mignon !(かわいい)」を繰り返した。そこで筆者は、各メーカーの軽自動車のカタログを集めて贈呈したところ、大変喜ばれた。日本に住む人は見慣れてしまっているが、軽自動車は彼らにとってビジュアルだけで衝撃的なのだ。

万博会場への来場者送迎に軽自動車を使えば、外国からのビジターにはかなり好評を得ると筆者は信じている。主流のスーパーハイト型だけでなく、軽トラックや絶版のクーペ型を混ぜ、なにが当たるかお楽しみ感覚にするのも面白い。運転には今日、運用法が模索されているライドシェアリングを導入すれば、雇用も創出できる。もちろんメーカーは大阪ゆかりの……と調子に乗りたいところだが、今回はこのくらいにしておこう。

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>、写真=Volocopter、Archer、Italdesign/編集=堀田剛資)

自動車開発で有名なイタルデザインが、エアバス・インダストリーと共同開発したコンセプト「ポップアップ」。2017年。(photo:Italdesign)
自動車開発で有名なイタルデザインが、エアバス・インダストリーと共同開発したコンセプト「ポップアップ」。2017年。(photo:Italdesign)拡大
飛行にはエアモジュール、地上走行にはグラウンドモジュールをキャビンと組み合わせる。もし実現できれば、“空飛ぶクルマ”という呼称に最もふさわしいだろう。(photo:Italdesign)
飛行にはエアモジュール、地上走行にはグラウンドモジュールをキャビンと組み合わせる。もし実現できれば、“空飛ぶクルマ”という呼称に最もふさわしいだろう。(photo:Italdesign)拡大
2018年にはイタルデザインの親会社でもあるアウディも、ポップアップ計画に参加。「ポップアップ・ネクスト」に発展した。(photo:Italdesgn)
2018年にはイタルデザインの親会社でもあるアウディも、ポップアップ計画に参加。「ポップアップ・ネクスト」に発展した。(photo:Italdesgn)拡大
ポップアップ・ネクストのイメージ図。(photo:Italdesgn)
ポップアップ・ネクストのイメージ図。(photo:Italdesgn)拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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