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昔の名前で出ています!? 当初とはまるで違うかたちで生き残る名前のクルマ

2024.04.24 デイリーコラム 沼田 亨
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復活だったって知ってますか?

過日、webCGのニュースに日産が軽商用バン「NV100クリッパー」およびその乗用車版の「NV100クリッパー リオ」の仕様を改め、同時に車名を「クリッパー バン」および「クリッパー リオ」に変更したとあった。もともとデビュー時はクリッパー バンおよびクリッパー リオと名乗っていたのだから、正確には戻したというべきだろう。となれば、いずれ軽トラックの「NT100クリッパー」も「クリッパー トラック」に戻されるのだろうか。

それはさておき、クリッパーという車名が復活してからけっこうたつ。調べたらクリッパー トラック/バンのデビューが2003年だったので、20年以上も前になるわけだ。当初は「三菱ミニキャブ」のOEMモデルだったが、10年後の2013年に三菱の軽商用車市場からの撤退(EVを除く)に伴いベース車を「スズキ・キャリイ/エブリイ」に変更して現在に至るのだが。

ここで気づいたのだが、クリッパーが「復活」した車名であることをご存じない方もおられるのではないだろうか? そもそもクリッパーとは、1966年に日産に吸収合併されたメーカーであるプリンスが今をさかのぼること66年、1958年にリリースした2t級キャブオーバートラックの名称だった。市場では「トヨペット(トヨタ)・ダイナ」と「日産キャブオール」、そしてクリッパーの1年後に誕生した「いすゞ・エルフ」などとシェアを争っていたが、日産との合併後の1981年に3代目が販売終了となっていた。それから二十余年を経て軽トラック/バンの名称として復活させたのである。

クリッパーのほかにも、いったん消滅したものの復活した車名というのは、考えてみればけっこうある。それらを冠したモデルを、現行車種のなかからピックアップしてみよう。

2024年3月に仕様および車名を変更した「日産クリッパー バン」。「スズキ・エブリイ」のOEMモデル。
2024年3月に仕様および車名を変更した「日産クリッパー バン」。「スズキ・エブリイ」のOEMモデル。拡大
2003年に車名が復活した「日産クリッパー トラック」。「三菱ミニキャブ」のOEMモデルだった。
2003年に車名が復活した「日産クリッパー トラック」。「三菱ミニキャブ」のOEMモデルだった。拡大
1958年に誕生した「プリンス・クリッパー」。1.5リッター直4エンジンを搭載した2t積みキャブオーバートラックだった。厳密には、イラストは小型車規格の改定に伴い1961年にエンジンを1.9リッターに増強した「スーパークリッパー」である。
1958年に誕生した「プリンス・クリッパー」。1.5リッター直4エンジンを搭載した2t積みキャブオーバートラックだった。厳密には、イラストは小型車規格の改定に伴い1961年にエンジンを1.9リッターに増強した「スーパークリッパー」である。拡大
イベントで見かけた、1976年に登場した3代目となる「日産クリッパー」の積載車。「セドリック/グロリア」と同様に日産の同級トラック「キャブオール」の販売店違いの双子車となっていた。1981年にキャブオールともども生産終了、「アトラス」に統合された。
イベントで見かけた、1976年に登場した3代目となる「日産クリッパー」の積載車。「セドリック/グロリア」と同様に日産の同級トラック「キャブオール」の販売店違いの双子車となっていた。1981年にキャブオールともども生産終了、「アトラス」に統合された。拡大
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(ほぼ)そろって復活した「ロッキー」と「タフト」

まず浮かんだのが、ダイハツの「タフト」と「ロッキー」(例の問題によって一部車種は出荷停止となっているが)。先に登場したのはタフトで、1974年に誕生した初代はクロカン4WDだった。1リッター直4エンジンを搭載し、軽の「スズキ・ジムニー」と「三菱ジープ」の間の市場の隙間を埋める、ラダーフレームに副変速機付きパートタイム4WDを持つ本格派オフローダーだったのである。

タフトはその後1.6リッター直4、あるいは2.5/2.8リッター直4のディーゼルエンジンを搭載するなどした「タフト グラン」に発展。1984年にはフルモデルチェンジするが、2代目は車名を「ラガー」に改めた。

その初代ラガーよりもコンパクトで、ややオンロード寄りに振ったモデルが1990年に登場した初代ロッキー。1988年にデビューした「スズキ・エスクード」が先鞭(せんべん)をつけた、後に呼ぶところの“ライトクロカン”風モデルだったのである。

ラガーとロッキーはそろって1997年に販売終了し、後はモノコックボディーを持つライトクロカンの「テリオス」に託された。それから22年を経た2019年になって、ロッキーはコンパクト級のクロスオーバーSUVとして復活。1年後の2020年にはラガーではなく、その元祖のタフトが実に36年ぶりに軽クロスオーバーSUVの名称としてよみがえった。

初代と2代目では、ラダーフレームを持つクロカン4WDと現代風のクロスオーバーSUVという違いはあれども、大まかな指向としては同じ方向を向いているといえる。なので、これらの復活に関しては、個人的には違和感はなかった。

1976年に登場した初代「ダイハツ・タフト」。当初は1リッター直4エンジンを積んでいたが、写真の1982年モデルでは2.5リッター直4ディーゼルを搭載。手前がソフトトップ(ほろ型)で奥がメタルトップ仕様。
1976年に登場した初代「ダイハツ・タフト」。当初は1リッター直4エンジンを積んでいたが、写真の1982年モデルでは2.5リッター直4ディーゼルを搭載。手前がソフトトップ(ほろ型)で奥がメタルトップ仕様。拡大
1990年にデビューした初代「ダイハツ・ロッキー」。頭上に脱着式サンルーフ、ボディー後半は脱着式レジントップとしてオープン感覚も楽しめるライト感覚のクロカン4WD。ラダーフレームに1.6リッター直4エンジンを搭載、駆動方式はパートタイム4WDとフルタイム4WDが用意された。
1990年にデビューした初代「ダイハツ・ロッキー」。頭上に脱着式サンルーフ、ボディー後半は脱着式レジントップとしてオープン感覚も楽しめるライト感覚のクロカン4WD。ラダーフレームに1.6リッター直4エンジンを搭載、駆動方式はパートタイム4WDとフルタイム4WDが用意された。拡大
2019年にコンパクト級のクロスオーバーSUVとして車名が復活した現行「ダイハツ・ロッキー」。
2019年にコンパクト級のクロスオーバーSUVとして車名が復活した現行「ダイハツ・ロッキー」。拡大
2020年に軽クロスオーバーSUVとして車名が復活した現行「ダイハツ・タフト」。
2020年に軽クロスオーバーSUVとして車名が復活した現行「ダイハツ・タフト」。拡大

まるで違うカテゴリーで復活

今やSUV専業メーカーとなった感のある三菱。2018年に登場した「エクリプス クロス」はコンパクトSUVだが、まったく同じ名称ではないとはいえ、かつて「エクリプス」というスペシャルティーカーが存在したことが記憶にある方は少なくないだろう。初代エクリプスは北米生産モデルとして1989年に誕生、日本では翌1990年から輸入販売された。

1994年にフルモデルチェンジした2代目はクーペだけでなく途中から「スパイダー」も追加され、双方とも輸入販売された。1999年に登場した3代目もクーペとスパイダーが用意されたが、日本ではスパイダーのみが販売された。販売終了は2006年だったため、12年の空白を経てエクリプス クロスが登場したことになる。

かつてはフォルクスワーゲン、今はトヨタに既成のハッチバックをクロスオーバーSUV風味に仕立て、車名に“クロス”を加えたモデルがあるが、三菱の場合はスペシャルティークーペからクロスオーバーSUVへと異なるカテゴリーのモデルへと変身してしまったわけだ。

三菱にはエクリプス クロスの下位に「RVR」というクロスオーバーSUVがある。マイナーチェンジを重ねているものの、基本的には2010年デビューという長寿モデルだが、これも復活した車名だ。クロスオーバーSUVという呼称こそ生まれていなかったが、そのカテゴリーの先駆け的なモデルとして1991年に初代が誕生。1997年に2代目に世代交代したが2003年に販売終了した。現行モデルは8年のブランクを経て再登場したことになるが、さすがに14年というモデル寿命はひっぱりすぎたようで、2024年4月をめどに生産終了予定とのこと。後継車種の投入予定はないそうだが、いずれRVRがみたび復活! なんて可能性もゼロとはいえまい。

2018年に登場した「三菱エクリプス クロス」。写真は2022年秋に一部改良を受けたモデル。
2018年に登場した「三菱エクリプス クロス」。写真は2022年秋に一部改良を受けたモデル。拡大
1989年にデビューした「三菱エクリプス」。北米で生産されたスペシャルティークーペで、現地では「トヨタ・セリカ」や「日産240SX(国内名:シルビア/180SX)」などと市場を争った。
1989年にデビューした「三菱エクリプス」。北米で生産されたスペシャルティークーペで、現地では「トヨタ・セリカ」や「日産240SX(国内名:シルビア/180SX)」などと市場を争った。拡大
2010年に再登場した「RVR」。2019年にマスクを新たなデザインコンセプトに基づき一新、現行モデルもこれに準じている。
2010年に再登場した「RVR」。2019年にマスクを新たなデザインコンセプトに基づき一新、現行モデルもこれに準じている。拡大
1991年に登場した初代「RVR」。右側はフロントのみ、左側はフロントとスライド式リアドア、それにテールゲートという変則4ドアを備えたトールワゴンボディーを持ち、「ライトデューティーRV」と称していた。
1991年に登場した初代「RVR」。右側はフロントのみ、左側はフロントとスライド式リアドア、それにテールゲートという変則4ドアを備えたトールワゴンボディーを持ち、「ライトデューティーRV」と称していた。拡大

登録商標の有効利用?

スバルにも昔の名前で売っているモデルが2車種あるが、いずれもダイハツからのOEMモデルである。先に復活したのは「ジャスティ」。初代は1984年に軽自動車の「レックス」をベースに誕生した、3/5ドアハッチバックボディーに1リッター直3エンジンを積んだリッターカーだった。遅れて1.2リッター直4エンジン搭載車や世界初のECVT装着車なども追加されたが。1994年に販売終了して1代限りで消滅していた。

その後、スズキやダイハツのOEMモデルにその名を冠した輸出仕様は存在したが、国内市場で復活したのは2016年。「ダイハツ・トール」のOEMモデルで、トヨタ版の「タンク」「ルーミー」とともに4兄弟を構成する。エンジン形式は初代と同様に1リッター直3なのでリッターカーという意味では共通項があるが、ボディー形式はトールワゴンである。

もうひとつは「レックス」。初代は軽規格がまだ360ccだった1972年に「R-2」の後継として登場したリアエンジンの軽自動車で、3代目が1992年に販売終了するまで20年にわたってスバルの軽の主力モデルがその名を冠した。

それから30年を経た2022年に復活した現行モデルは、先に紹介したダイハツ・ロッキーのOEMモデルとなるクロスオーバーSUV。これもトヨタの「ライズ」を含めて3兄弟となるわけだが、初代とはなんの脈絡もないように思える。使われていない登録商標を有効利用しているともいえるが、いっぽうでは「遊ばせておくなら」と適当につけたような感も否めない。こうなると次は「レオーネ」あたりが心配だ、などと言ったら言い過ぎだろうか。

1984年に登場した初代「スバル・ジャスティ」。当初は3/5ドアハッチバックボディーに1リッター直3エンジンを搭載、駆動方式はFFとパートタイム4WDが用意された。
1984年に登場した初代「スバル・ジャスティ」。当初は3/5ドアハッチバックボディーに1リッター直3エンジンを搭載、駆動方式はFFとパートタイム4WDが用意された。拡大
2016年に車名が復活した現行「スバル・ジャスティ」。「ダイハツ・トール」のOEMモデルとなるコンパクトなトールワゴン。
2016年に車名が復活した現行「スバル・ジャスティ」。「ダイハツ・トール」のOEMモデルとなるコンパクトなトールワゴン。拡大
1972年に登場した初代「スバル・レックス」。水冷2ストローク2気筒356ccエンジンをボディー後端に積んだリアエンジンの軽だった。
1972年に登場した初代「スバル・レックス」。水冷2ストローク2気筒356ccエンジンをボディー後端に積んだリアエンジンの軽だった。拡大
2022年に車名が復活した現行「スバル・レックス」。「ダイハツ・ロッキー」のOEMモデルとなるクロスオーバーSUV。
2022年に車名が復活した現行「スバル・レックス」。「ダイハツ・ロッキー」のOEMモデルとなるクロスオーバーSUV。拡大

中身が他社製のまま35年!

いったん消滅した後、復活してからのほうがはるかに長命となったのがマツダの「キャロル」。初代は360ccながら総アルミ製の水冷4ストローク4気筒という高級なスペックのエンジンを搭載して1962年に誕生した軽乗用車だった。1970年に販売終了後、19年の空白を経て1989年に550cc規格の軽として復活した。

3代目「スズキ・アルト」のシャシーにマツダ独自の3ドアハッチバックボディーを載せるという、日本車としては珍しい手法でつくられ、当時マツダが展開していた販売5チャンネル系列のうちオートザムブランドからデビュー。1995年に登場した3代目も2代目と同じ成り立ちを持っていたが、1998年に世代交代した4代目からは単にアルトのOEMモデルとなってしまった。その形式のまま代が重ねられ、現行モデルは2022年に登場した8代目となる。つまり復活してから35年を数えるというわけだ。

最後に復活ではなく、ずっと途切れてないといえば途切れてない車名を冠するが、複雑な変遷をたどって現在はキャロルと同様に他社からのOEMというモデルがマツダには存在する。それが何かというと「ファミリア バン」である。

1963年に誕生し、かつてはマツダの主力車種だった「ファミリア」。2004年に9代目が販売終了したことで自社生産モデルは消滅したが、バン/ワゴンに関してはそれより10年前の1994年に自社生産を終了、日産の「ADバン」およびその乗用車版の「ADワゴン」のOEMモデルに切り替えられていたのだ(ワゴンは2000年に販売終了)。

ADバンのOEMモデルのファミリア バンは、自社生産モデルが消滅した後も3世代にわたって販売された。だがマツダとトヨタの業務資本提携が締結されたことによって、2018年に登場した10代目となる現行ファミリア バンは「トヨタ・プロボックス」のOEMモデルとなった。

そのファミリア バンを見て、webCG編集部のFくんが言った。
「車名が残っているとはいえ、この姿を見たら、赤いファミリアの鮮烈な記憶が残っている世代の人たちは複雑な気分なのでは?」
そうかもしれない。だがさかのぼること61年、1963年に誕生した初代ファミリアは、当初は4ナンバーの商用バンだけだったのだ。もちろんOEMではなく自社開発・生産モデルだったが、バンに始まりバンに終わるという意味では……おっと失礼、まだ終わっちゃいないですね! では、そろそろお後がよろしいようで……。

(文=沼田 亨/写真=日産自動車、ダイハツ工業、三菱自動車、スバル、マツダ、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)

クリフカットのルーフが特徴的な、1962年に登場した初代「マツダ・キャロル」。翌1963年には軽初となる4ドアセダンも追加された。
クリフカットのルーフが特徴的な、1962年に登場した初代「マツダ・キャロル」。翌1963年には軽初となる4ドアセダンも追加された。拡大
1989年に登場(復活)した「オートザム・キャロル」。丸っこいスタイルのボディーには写真のキャンバストップ仕様なども用意され、日産のパイクカーのようなファンカー的な雰囲気も備えていた。
1989年に登場(復活)した「オートザム・キャロル」。丸っこいスタイルのボディーには写真のキャンバストップ仕様なども用意され、日産のパイクカーのようなファンカー的な雰囲気も備えていた。拡大
2022年に登場した8代目となる現行「マツダ・キャロル」。4代目からは「スズキ・アルト」のOEMモデルとなっている。
2022年に登場した8代目となる現行「マツダ・キャロル」。4代目からは「スズキ・アルト」のOEMモデルとなっている。拡大
2018年から「トヨタ・プロボックス」のOEMモデルとなった、10代目となる現行「マツダ・ファミリア バン」。
2018年から「トヨタ・プロボックス」のOEMモデルとなった、10代目となる現行「マツダ・ファミリア バン」。拡大
1963年に誕生した初代「マツダ・ファミリア バン」。当初は商用バンのみだったため、車名に“バン”はつかず単に「マツダ・ファミリア」と名乗っていた。
1963年に誕生した初代「マツダ・ファミリア バン」。当初は商用バンのみだったため、車名に“バン”はつかず単に「マツダ・ファミリア」と名乗っていた。拡大
沼田 亨

沼田 亨

1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。

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