第861回:イタリアが新たな“ダメ出し” 「アルファ・ロメオ・ミラノ」の次はフィアットが標的に
2024.05.30 マッキナ あらモーダ!「物言い」のきっかけは国旗
アルファ・ロメオの新型車「ミラノ」に対して、イタリアの大臣が「ポーランド工場製であるのに、消費者に国産と誤解させる恐れがある」と指摘。それを受けて製造元のステランティスが急きょ車名を「ジュニア」に変更したのは2024年4月のことだった(参照)。
そのステランティスについて、製造国にまつわる新たな問題が生じた。今回は、この事件をきっかけにメイド・イン・イタリーについて考える。
2024年5月19日、イタリアの複数メディアが報じたところによると、イタリア税関および財務警察は、モロッコから中部リヴォルノ港に陸揚げされた新型「フィアット・トポリーノ」134台を押収扱いとした。当局が指摘したのは車両側面に貼られたイタリアの三色国旗で、イタリア刑法第517条の「虚偽の表示がある工業製品の販売」にあたる恐れがあるとみなしたという。
トポリーノはステランティスのフィアットが2023年5月に発表した電動マイクロカー。欧州連合のクアドリサイクル(軽便車)規格に準じるため、多くの国で原動機付自転車免許で運転できる。既発売の姉妹車「シトロエン・アミ100%エレクトリック」「オペル・ロックスe」同様、モロッコのケニトラ工場でつくられている。
丸く収めたステランティスの思惑
今回のトポリーノ差し押さえを受け、ステランティスは「三色旗ステッカーは、創業ゆかりの地を示す目的しかない」と声明するとともに「トポリーノは、トリノにあるステランティス欧州スタイリングセンターのチームによって開発された」と強調している。加えて車両を発表以来、常にモロッコ製であると明らかにしてきたとし、「私たちは、消費者への欺瞞(ぎまん)を意図することなく、法令を完全順守してきたと信じている」と締めくくっている。
そのいっぽうで同社は、トポリーノから三色旗ステッカーを取り外すことを決めた。アルファ・ロメオ・ミラノに次いでイタリア政府に譲歩したかたちだ。しかし判断の背景には、インターネットのみで受注という特殊な販売方法をとるトポリーノよりも、もっと重要な戦略への考慮があったことは明らかだ。
具体的には中国・杭州の電気自動車(EV)製造会社、リープモーター(零跑汽車)との協調関係である。
両社は2024年5月14日に合弁会社リープモーター・インターナショナルを設立。計画では、同年9月までに欧州で事業を開始し、年末までにリープモーター製EVを販売するため圏内に200の拠点を設けることとなっている。
いっぽうイタリア政府は、ステランティスの国内生産低下に過敏になっている。2024年4月には、「フィアット500e」や「マセラティ・グレカーレ」を製造するステランティス・ミラフィオーリ工場で、従業員約2200人を対象に事実上9月までのレイオフが決まった。トリノにおける協力会社の悲鳴も、イタリアの報道機関ではたびたび伝えられている。「FCAとグループPSAの合併で、イタリアの自動車業界はフランス主導になってしまった」という声が、実際の自動車関係者やインターネットの投稿などで目立つようになっている。
ジョルジャ・メローニ現政権が、目前に迫った2024年6月の欧州議会選挙を前に、スラテンティスをいわば批判対象として支持を獲得しようとしているのは明白だ。参考までに、アルファ・ロメオ・ミラノの件を指摘した「企業およびメイド・イン・イタリー省」はわずか1年半前の2022年11月、メローニ現政権によって改名されたもので、以前は「経済推進省」と称していた。
そうしたなか、スラテンティスとしては政府を刺激しないため、トポリーノ問題は限りなく穏便に済ませたかったというのが事実であろう。
個人的には、今回のトポリーノに対するイタリア当局による“介入”は行き過ぎの感がある。その三色旗は、言われなければ気づかないほど小さな面積である。
加えて本連載第856回で記したとおり、イタリア一般ユーザーの間では、もはや国内製であるか否かはさして関係がない。その証拠に、いずれもポーランド工場製の「フィアット500」と旧型「ランチア・イプシロン」は、ロングセラーかつ登録台数で常に上位に入り続けた。そうした意味でもステランティスは政治パフォーマンスに巻き込まれてしまっている。
生産国に関連したミラノの改名やトポリーノ問題に関して、カーエンスージアストとしての心情を吐露してくれたのは、「トナーレ」をはじめ新旧アルファ・ロメオを所有する知人である。
50歳台の彼は「アルファ・ロメオとランチアは、プレミアムブランドの地位を取り戻したいのであれば、イタリア国内生産が必須だと思う」と話す。ただし、フィアットに関しては「国外生産するのは許容できる」と語る。要は、ポピュラーブランドなら国外製でも許せる、ということだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
「トヨタNAGOYA」に、どうするメイド・イン・ジャパン省
視点を変えて、イタリア政府が守ろうとしている「メイド・イン・イタリー」の価値とは? ということを調べてみる。数値化した最新データは、イタリアのサレルノ商工会議所が2024年4月に公開したものだ。それによると、衣料品、自動車、食品、家具といったイタリア製品を象徴する産業だけで210万人の雇用を創出し、売上高は4540億ユーロ(約77兆円)に達する。加えて1055億ユーロ(17兆9100億円)の付加価値と1934億ユーロ(32兆円)の輸出高を生み出している。発表年が異なり、また換算レート等による誤差は生じるものの、約77兆円という売上高は米アマゾンの2022年の売上高に匹敵する。
とくに農産物や食品の業界では、原産地表示を統制しないと、最終工程のみの「名ばかり国産」や、外国製の「イタリア風」商品があふれかえってしまう。そうした状況下で、アルファ・ロメオ・ミラノの名称問題やトポリーノのステッカー問題は、「メイド・イン・イタリーの価値を維持するため、国は努力していますアピール」として効果的だったのである。
いっぽう日本国内では少し前、水産物の国産偽装が取り上げられたが、それよりも海外で発生している知的財産侵害や商標の乗っ取りに悩む企業・団体がより多く聞かれる。そうした事例に「真剣に取り組んでいます」感を出すため、イタリアにならって日本の経済産業省も「経済産業およびメイド・イン・ジャパン省」と改名するのも手ではないか。ただし、将来トヨタがインドネシア工場製にもかかわらず「NAGOYA」と命名したうえ、ボディーサイドに日の丸ステッカーを標準装着した場合、対処するのか否かまで想像する能力は筆者にない。
冗談はともかく、トヨタといえば「ヤリス」や「ヤリス クロス」のイタリア人ユーザーに「それ、フランス工場製ですよね」と言うと、大抵ひどく嫌な顔をされる。筆者個人としては、「そんなことを言ったら、フランスの品質管理担当者の苦労が報われないじゃないか」と思う。だが同時に――どこの国でもそうだが――隣国同士が互いに抱く印象というのは、そう一筋縄にはいかないことを感じる。ここからもわかるように、ブランドと製造国に関して顧客がもつイメージの整合は、あまりに個別すぎて難しいのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第970回:クルマの背中に浮かぶ文字たち――空いた字間が語るもの 2026.7.16 アナタは自動車のボディー背面に施されたメーカー/ブランドのロゴについて考えたことがあるだろうか? 字間を詰めたり、広げたり、時代によって変わるそのトレンドと、その背景にあるメーカーの思惑を、自動車史にも精通する大矢アキオが語る。
-
第969回:裏地に『大脱走』! ピッティ・イマージネ・ウオモと自動車模様 2026.7.9 イタリアで開催された世界屈指の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」を、現地在住の大矢アキオが取材。自動車にまつわるアパレルの最新トレンドを探り、新興ブランドのひたむきさと、老舗の刻んできた年輪に触れた。
-
第968回:初代「ルノー・トゥインゴ」は「フィアット500」と同じ旋風を起こせるか? 2026.7.2 リバイバルデザインの新型「ルノー・トゥインゴ」がデビューしてはや3カ月。このクルマの登場により、オリジナルにあたる初代がネオヒストリックとして脚光を浴びることはあるのか? 「フィアット500」の例を振り返りつつ、欧州在住の大矢アキオが考察する。
-
第967回:初代「トヨタ・クラウン」や“ヨタハチ”が「ミッレミリア」を走った! 2026.6.25 イタリアの歴史あるヒストリックカーラリー「ミッレミリア」に、日本のクルマが初めて参加! 石畳の道を行く初代「トヨペット・クラウン」に「トヨタ・スポーツ800」「2000GT」「スープラ」の姿を、現地在住の大矢アキオがリポートする。
-
第966回:フェラーリ・ルーチェ 地元イタリアで一般人はこう見た&大矢的こころ 2026.6.18 その斬新すぎるデザインで物議を醸している、フェラーリ初の量産電気自動車「ルーチェ」。このクルマは、おひざ元のイタリアではどのように受け止められているのか? かの地において自動車史と自動車文化をつぶさに見てきた大矢アキオがリポートする。
-
NEW
電気自動車の人工的な走行音はどうあるべきか?
2026.7.21あの多田哲哉のクルマQ&AEVの走行時に車内で聞こえてくる人工的な“音”は、本来、どうあるべきなのか? やはり、疑似エンジン音が最適なのか? トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんの考えを聞いてみた。 -
NEW
アストンマーティン・ヴァンテージS(FR/8AT)【試乗記】
2026.7.21試乗記アストンマーティンの擁するFRスポーツ「ヴァンテージ」が、より高性能な「ヴァンテージS」に進化。よりたくましいエンジンを獲得し、卓越したコーナリング性能に磨きをかけつつ、“優しさ”も身につけた最新モデルの走りを報告する。 -
第340回:一にエンジン、二にカッコ
2026.7.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。マツダ渾身(こんしん)のラージ商品群を応援するカーマニアのひとりとして、「CX-60」と「CX-80」の動向は常に気になっている。3列シートSUV、CX-80の最新モデルにあらためて試乗して感じたこととは? -
日産は“再挑戦”でホンダは“終了” 新型「エルグランド」発売に見る、プレミアムミニバンの今
2026.7.20デイリーコラムトヨタが圧倒的なシェアを占める上級ミニバンの世界において、新型「エルグランド」で復権をねらう日産。しかし、なぜフルモデルチェンジは16年ぶりになったのか? ホンダはどうするのか? この市場の今を考察する。 -
ホンダ・インサイト(FWD)【試乗記】
2026.7.20試乗記3000台の限定で販売される新型「インサイト」は、クロスオーバー風のフォルムと、これまでのホンダ車にはなかった内外装のデザインテイストが新鮮だ。中国で生産され、日本独自の名前が与えられた新型電気自動車の走りと仕上がりを、ロングドライブで確かめた。 -
ポルシェ911カレラT(後編)
2026.7.19ミスター・スバル 辰己英治の目利きスバルとSTIでクルマの走りを鍛え、モータースポーツにも積極的に取り組んできた辰己英治さん。彼の目に、“スポーツカーの水準器”こと「ポルシェ911」はどのように映ったのだろう? 走りの楽しさを追求した「カレラT」グレードに乗っての印象を聞いた。







































