第293回:さらば5気筒 うおおおお
2024.09.23 カーマニア人間国宝への道5気筒エンジンに対する強烈な思い入れ
私は世の中のことを何も知らない。何も知らないことすら知らないほど知らない。テイラー・スウィフトも知らない。なぜこうなってしまったのだろう。しかし、知らなくてもあまり困らないので、知らないままでいようと思っている。
そんな私は、あるニュースに驚愕(きょうがく)した。
「アウディが『RS 3』のマイナーチェンジモデルをもって直列5気筒エンジンの生産を終了」
えええーっ! まだアウディの5気筒ってあったの!? んでもってその生産がついに終了するの~~~~~~~っ!?
とっくに死んでると思ってた、いや存在すら忘れていた人がそろそろ死ぬと聞いて色めき立ったのである。そりゃ大変だ! 今すぐRS 3に試乗しないと!
いま日本で乗れるRS 3はマイチェン前のモデルだが、そんな細かいことはいい。死んじゃう前に面会しなければ死んでも死にきれない。なぜなら私は直列5気筒エンジンに強烈な思い入れがあるんだから。
私が初めて自分のカネで買ったクルマは、「日産サンタナXi5 DOHCアウトバーン」(5段MT)。VW製2リッター直列5気筒エンジンを縦置きしたFF車だった。その前は亡父が間違って買った「サンタナXi5」(3段AT)に乗っていた。つまりサンタナにほれてサンタナからサンタナに乗り換えたのである。
サンタナのエンジンにはVWマークが入っていたけど、系統はアウディの5気筒エンジンと同じ。私にとっては母のようなものだ。母が死の床にあると聞いて駆けつけなかったら親不孝である。まだ生きてることも知らなかった段階で親不孝だが。
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血を沸き立たせた憧れの「ビッグクワトロ」
ということで、アウディさまに広報車のお貸し出しをお願いし、試乗車を受け取りに行くと、そこに現れたのは、ものすごくハデな雨ガエル色のマシンだった。
(げえっ、RS 3ってこんな「ランエボ」みたいなギトギトのクルマだったのか!)
相変わらず私は何も知らなかった。しかし知らないだけに、フル武装感満点のRS 3がとても新鮮に感じられた。知らないことはいいことだ。
RS 3の最高出力は400PS、最大トルクは500N・mだという。私が乗っていたサンタナは110PSとか140PSくらいだったので、パワーは数倍になっている。
走りだすと、実に乗り心地がいい。エンジンは言うまでもなくトルクフルで、アイドリングでもまったく振動を感じない。これが本当に5気筒だろうか。だまされているのではないかと思うほど滑らかだ。
首都高に乗り入れてアクセルを深く踏み込むと、400PSがさく裂し、5気筒らしい個性的なビートが伝わってきた。しかも700PS級スーパーカーみたいな加速! さすがニュル7分40秒748!(マイチェンモデルはさらにタイムを削って7分33秒!) あの牧歌的だったサンタナが、こんなギンギンのクルマになったのか! 別にサンタナがRS 3になったわけじゃないけど、かすかな血のつながりと、はるかに隔絶したパフォーマンスに感動する。
そういえば私は20年くらい前、中古車誌の取材で「ビッグクワトロ(アウディ・クワトロ)」に試乗させてもらったことがある。WRCを席巻した元祖クワトロの市販車バージョンで、エンジンはもちろん5気筒ターボでインタークーラー付き。学生時代、カー雑誌で見て血を沸き立たせた憧れのクワトロである。
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1台も流通していない
それは、恐ろしく遅いクルマだった。ターボが死んでるみたいでまるでパワーがなく、想像を絶するアンダーステアだった。中古車なのでコンディションが悪かったのだろうが、「こ、これがあのクワトロ!? サンタナのほうが速いじゃん!」と思ったのを覚えている。
そのような思い出に浸りながら、私はRS 3で首都高を駆け抜けた。加速もウルトラ強烈だが、コーナーでも信じられないほど速くて安定している。これが現代のアウディRSなのか!
こんなに速いのに首都高のジョイントをソフトにクリアするんだからすごすぎる!
辰巳PAに立ち寄り、ボンネットを開いてラスト5気筒を拝んだ。
げえ~~~~っ! これってエンジン横置きじゃん!!
考えてみれば、エンジン縦置きは「A4」から上。「A3」系はエンジン横置きだが、私は「最後の5気筒」と聞いただけで、サンタナやビッグクワトロのフロントオーバーハング縦置き5気筒を頭に思い浮かべてしまっていた。
そうか、まだ生き残ってる5気筒は横置きだったのか。なんだかちょっとガックリだが、ビッグクワトロのあの超絶アンダーステアが、ここまで曲がりまくるようになるとは。
そう思いながらも私の脳内には、ある欲望が芽生えていた。
「もう一度サンタナが欲しい……」
サンタナのエンジンルームは、ラジエーターが左隅に寄せられ、右側は5気筒エンジンがギリギリまで突き出していた。この「ムリヤリ積みました」感がカーマニアの心を打ったのである。
さっそく中古車サイトを検索したが、1台も流通していなかった。やっぱり。うおおおおお、さらば5気筒!
(文=清水草一/写真=清水草一、アウディAG、日産自動車/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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