ヒョンデ・アイオニック5ラウンジAWD(4WD)
心安らかに遠出を 2024.12.21 試乗記 「ヒョンデ・アイオニック5」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。「お客さまからの貴重なフィードバックを反映」したというだけあって、デザインの変更はそこそこながら、機能面では大きな進化を果たしている。ロングドライブの印象をリポートする。改良で延びた航続距離
大きな声では言えないが、試乗車がBEVだと聞くと少しばかり気分がめいる。充電が面倒だと思ってしまうのだ。今は充電スポットの数が増えて便利になったものの、30分のチャージ時間をやり過ごさなくてはならないことに変わりはない。自分がものぐさなだけなら反省しなければならないが、編集者も担当を譲り合っているようだから同じ気持ちなのだろう。
今回の試乗にあたっては、そんな憂いが軽減されていた。ヒョンデ・アイオニック5は改良を受けて一充電走行距離が大幅に延びたのだ。WLTCモードで最大703kmというから、安心して遠出ができる。駆動用バッテリーの容量は84kWhで、これまでの72.6kWhから約15%拡大した。システム最高出力も向上している。
試乗車は最上級グレードの「ラウンジAWD」なので、航続可能距離は616kmに下がる。前後輪を駆動することによる安定性とパワーを手に入れ、快適さと豪華な装備を享受することの代償である。横浜で試乗車を受け取ると、メーターにはバッテリー100%で航続可能距離は509kmと表示された。エコランに徹すれば名古屋まで行って帰ってくることもできそうだが、高速道路ばかりではつまらない。伊豆の下田を目的地に定めた。
エクステリアデザインは今見ても斬新である。カテゴリーとしてはクロスオーバーSUVということになるのだろうが、土臭さはまったく感じられない。リアコンビネーションランプのピクセルモチーフはファミコン世代には懐かしい未来感である。前後バンパーの形状変更で全長が30mm延びているというが、違いはよくわからなかった。
力強いがジェントル
内装にも小変更があり、スマホのワイヤレス充電やシートヒータースイッチなどの位置が変わった。エクステリアもインテリアも基本的にそのままなのは、デザインの完成度に自信があるからだろう。機能面での改良は、ワイヤレスで「Apple CarPlay」「Android Auto」が使えるようになり、ドライブモードが「エコ」「ノーマル」「スポーツ」「スノー」に加えて自分好みに設定できる「マイドライブ」が追加されたことなどだ。
高速道路を走っていると、やはり静かさには感心させられる。モーターやインバーターの音はほとんど聞こえず、ロードノイズや風切音もうまく抑え込んでいる。ステアリングホイールに備わるパドルはもちろんギアシフトではなく、回生のレベルを選択するためのもの。高速巡航ではドライブモードをエコ、回生レベルをゼロにして滑るように走るのが正解だ。
箱根に到着したときはまだ10%ほどしかバッテリーが減っていなかった。ターンパイクでスポーツ走行を楽しむことにする。ドライブモードはスポーツ、回生レベルは最強にセット。アクセルを踏み込んでも、騒音が巻き起こるわけではない。力強さを感じるがあくまでジェントルに加速していく。コーナーでの落ち着いた挙動は、AWDのメリットが生かされているのだろう。ロールは最小限で、汗ひとつかかずスマートに駆け抜けていく印象だ。
さすがにバッテリーの減りが早いが、頂上の大観山展望台に到着してもまだ76%残っていた。これならば、電欠におびえることなく山道を走り回ることができる。目的地の上原美術館に着くと、走行距離は153kmでバッテリー残量は61%で残りの航続可能距離は306km。心安らかに、余裕を持って帰路につくことができる。
300km走っても余裕のバッテリー
かつてBEVの試乗で苦労してきたことを思うと、隔世の感がある。2017年には限定生産のオープンスポーツに乗り、バッテリー残量の表示が不明瞭だったせいで高速道路上でストップする危機に陥った。同じ年、量産型のハッチバック車に2日乗り、5回の充電を強いられたこともある。メーカー主催の試乗会ならば短時間乗ってモーター駆動のメリットだけを味わうことができるから楽しいが、それで実用上の合格点を与えるのは誠実な姿勢ではない。長距離を走ってみると、美点も弱点も見えてくる。
バッテリーを増やせば車両重量が上がり、重くなれば電費が悪くなる。大容量のバッテリーを搭載する巨大なSUVが正しい道だとは思えない。どこに最適解があるのか、各メーカーが試行錯誤を重ねてきた。技術の進歩により、ようやく内燃機関車とも戦える水準にたどり着いたのだと思う。
翌日に横浜みなとみらいで撮影を行い、累計300kmを走ってバッテリーは32%残っていた。150kW出力の急速充電器を見つけたので30分チャージすると、76%まで回復。かつては20~30kW程度のものが多かったが、最近はこうした大出力の充電スタンドが増えてきた。インフラの整備が進んだおかげで、BEV普及の環境は徐々に整いつつある。
アイオニック5は、現時点でのちょうどいい落としどころを見つけたのではないか。価格が安いとはいえないし日本の交通事情には車体が大きすぎるように思えるが、条件さえ合えば有力な選択肢になる。もちろん、非の打ちどころがない、というわけではない。ローンチ直後の2022年3月に試乗したときに感じた不満点が、そのまま残っていたのだ。
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惜しまれるコラボ不発
航続距離が延びたのが最大の改良点で、ほかには機能面で大きな変化がない。前回の試乗で一番気になったのは乗り心地で、重いバッテリーを積んでいることを生かせていないように感じた。もっとしっとりとした上質な感触をつくり出せるはずだと思ったのだ。残念ながら足まわりには手が入れられていないようで、バタつきは解消されていない。ACCの動作が荒っぽいのも変わっておらず、高級感をスポイルしている。
改善すべき点は残っていると思うが、アイオニック5がこのジャンルで競争力を持ったモデルであることは間違いない。日本に再上陸したヒョンデが満を持して投入したわけで、魅力的なポイントがいくつもある。しかし、今のところ売れ行き好調とはいえないようだ。今どき韓国車だから乗りたくないなどという愚かな考えを持つ人は少ないと信じたいが、苦戦を強いられている。
ヒョンデのマーケティング戦略にも改善すべきところがあるだろう。前回の試乗記でアイオニック5が映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』とのコラボ映像を製作していることを紹介したが、評判にはならなかった。2024年6月に高性能モデルの「アイオニック5 N」が発売された際には『攻殻機動隊』とのコラボアニメが公開されていたのに、これも広く知られてはいない。もったいないことである。
先日京都を訪れたときに見慣れないタクシーが走っていると思ったら、アイオニック5だった。MKタクシーでは100台ほどを運用しているそうである。タクシーの電動化を進めているMKのお眼鏡にかなったということだ。芸妓(げいこ)さんや舞妓(まいこ)さんからも、まげが天井に当たらないのがいい、と好評なのだという。千年の都は、進取の気風に富む土地柄でもあるのだ。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝/車両協力=ヒョンデ モビリティ ジャパン)
テスト車のデータ
ヒョンデ・アイオニック5ラウンジAWD
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4655×1890×1645mm
ホイールベース:3000mm
車重:2170kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
フロントモーター最高出力:100PS(74kW)/2800-6200rpm
フロントモーター最大トルク:255N・m(26.0kgf・m)/0-2600rpm
リアモーター最高出力:224PS(165kW)/4600-9200rpm
リアモーター最大トルク:350N・m(35.6kgf・m)/0-4400rpm
システム最高出力:325PS(239kW)
システム最大トルク:605N・m(61.7kgf・m)
タイヤ:(前)255/45R20 105W XL/(後)255/45R20 105W XL(ミシュラン・パイロットスポーツEV)
一充電走行距離:616km(WLTCモード)
交流電力量消費率:148Wh/km(WLTCモード)
価格:613万8000円/テスト車=613万8000円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:1862km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:381.4km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:5.3km/kWh(車載電費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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