第287回:宝石を盗んで西海岸のハイウェイを駆け抜けろ!
『クライム101』
2026.02.12
読んでますカー、観てますカー
エレガントな泥棒稼業
ドン・ウィンズロウ原作か……。『クライム101』が紹介できる映画なのかどうか、不安な気持ちを抱えて試写会場に向かった。なにしろ、この作家の小説はえげつない暴力描写が多いのだ。“犯罪小説の巨匠”の異名を持ち、登場人物は悪人だらけである。麻薬密売を扱うことが多く、組織間の激烈な抗争が描かれる。残虐な殺人や拷問は日常の風景だ。言葉でつづられるのはまだしも、映像で凄惨(せいさん)なバイオレンスシーンをリアルに見せられるのは心臓に悪い。
ウィンズロウ原作の映画は、この連載で取り上げたことがある。2013年の『野蛮なやつら』だ。やはり麻薬犯罪がテーマで、いきなりチェーンソーで首を切る場面から始まった。今回はどんな惨劇を見せられるのかと構えていると、柔らかな光を背景にしたイメージ映像が始まった。「深く息を吸って、心の深いところを意識しながら……」と不可解なナレーションが流れる。逆さになった夜の都市が映し出され、すべるように横への移動が始まる。なんとも優美でスマートなオープニングなのだ。
同じ犯罪ではあるが、この作品では宝石泥棒がテーマになっている。麻薬密売に比べれば、はるかにエレガントな稼業だ。主人公のデーヴィスは、高価な宝石だけを狙う。人を殺したり傷つけたりすることはない。事前にターゲットの情報を集め、綿密な計画を立てる。短時間で仕事を終え、わずかな痕跡も残さない。組織が関係しない一匹おおかみだからこそ、完全犯罪を成し遂げることができる。
警察は困り果てる。手がかりがまったくないのだ。顔を見たものもいないし、盗まれた宝石が闇市場で取引された様子もない。刑事のルーだけが、一連の宝石盗難事件に法則があることに気づいていた。犯行現場がいずれもハイウェイ101号線上なのだ。殺人も傷害もなく、証拠を残さないところも一致している。デーヴィスが守っているルールを見破ったのだ。
『華麗なる賭け』へのオマージュ
ハイウェイ101は、アメリカ西海岸を南北に走る高速道路だ。カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を縦断し、全長は2500km近い。そんな広範囲で宝石を盗んでいるわけではなく、ロス・アンジェルス近辺で犯行が行われる。タイトルのCrime101は、小説の日本語訳では「犯罪心得一の一」とされている。Route101との掛け言葉になっているようだが、ネイティブの言語感覚はよくわからない。
原作小説にはスティーブ・マックィーンへの献辞がある。映画でもこの大スターへの目配せが随所に見られ、彼の作品への敬意が感じられる。会話の中に出てくるのが『華麗なる賭け』だ。ルーが一番好きな作品だと語る。イケメンの富豪が趣味で銀行から金を盗み、人が死ぬことはないし、証拠を残さない。彼を追う警察官は、美人保険ブローカーと組んで真相に迫ろうとする。『クライム101』でも保険会社の女性シャロンが登場していて、『華麗なる賭け』の構造を利用してオマージュをささげているのは明らかだ。
デーヴィスはクリス・ヘムズワース、ルーはマーク・ラファロ、シャロンはハル・ベリーが演じる。この豪華な顔ぶれが迫真の頭脳戦を繰り広げるのだから面白くないはずがない。監督のバート・レイトンは、ドキュメンタリー出身。『アメリカン・アニマルズ』で実際に起きたヴィンテージ本の盗難事件を取り上げ、フィクションの進行の間に犯人のインタビュー映像をはさむというアクロバティックな手法で高く評価された。この作品で主演していたバリー・コーガンが、『クライム101』では凶暴な悪役で顔を見せる。心のない人間を演じる彼は絶品だ。
乱暴な運転はキャラ造形
スティーブ・マックィーンを意識しているのだから、もちろん魅力的なクルマがたくさん登場する。カーチェイスシーンも見どころだ。デーヴィスは「ダッジ・チャレンジャー」で犯行現場から素早く逃走する。運転はいささか乱暴だ。クリス・ヘムズワースは『ラッシュ/プライドと友情』でもワイルドなドライビングを披露していたが、あれはサーキットでのバトルだった。公道でのスピード出し過ぎは事故を招いてしまう。
スタントコーディネーターは、『ベイビー・ドライバー』や『フォードvsフェラーリ』で斬新なカーチェイスを演出したジェレミー・フライ。あえて洗練されていない運転をさせたのだという。デーヴィスのキャラ造形の一環なのだ。原作ではキザだったが、映画では不器用で武骨な男。女性に対して臆病な一面を見せる。観客が共感しやすいのはこちらだろう。
シャロンが「Life’s too short to drive boring cars, right?(人生は短い、ダサいクルマに乗るな)」というエルヴィス・プレスリーの言葉を引用する場面があった。彼女は「メルセデス・ベンツGLA」に乗っている。ルーの愛車はボロいフォードのセダン。原作では「ホンダ・シビック」だった。くたびれた刑事の代表ともいえる刑事コロンボの「プジョー403」を意識しているのではないか。彼はクルマに興味がないように見えるが、本当はエンスージアストであることがラストでわかる。『グラン・トリノ』を思わせる展開に胸が熱くなった。
ドン・ウィンズロウも残虐なストーリーばかりを生み出すわけではない。思えば、デビュー作の『ストリート・キッズ』は爽やかな青春小説としても読める作品だった。老境に入り、暴力と血から離れて心温まるストーリーを紡ぎたくなったのだろうか。甘かった。『犯罪心得一の一』が含まれる中編小説集『壊れた世界の者たちよ』の表題作を読んだら、全身の骨という骨をすべて折り、バーナーで焼き殺す描写が……。彼は2024年の『終の市』で小説家引退を表明しており、言論活動にフィールドを移している。今そこにあるアメリカの政治の闇に立ち向かうらしい。健闘を祈る。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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