第30回:南の島にはラムの一気飲みと英米伊の名車が似合う!? − 『ラム・ダイアリー』
2012.06.27 読んでますカー、観てますカー第30回:南の島にはラムの一気飲みと英米伊の名車が似合う!?『ラム・ダイアリー』
プエルトリコのクルマ事情って?
1960年、プエルトリコにはどんなクルマが走っていたか。日本、あるいはヨーロッパやアメリカならば見当はつくけれど、カリブ海に浮かぶ小さな島国となるとお手上げだ。すぐ近くにあるキューバは、現在でも50年代のアメリカ車が現役で走っている。カストロ政権下で経済封鎖を受けたせいで仕方なくだましだまし使っているわけだ。プエルトリコでも、60年頃ならアメリカ車が幅を利かせていたのだろう。
この映画でも、タクシーは古い「ビュイック」や「シボレー」だ。しかし、活躍するのは「オースチン・ヒーレー100-6」などの派手なクルマである。時代考証的に正しいかどうかは判断できないけれど、映画の雰囲気にはマッチしている。なにしろ、これはハンター・S・トンプソンの小説の映画化なのだ。“ジャーナリズム界のロックスター”と呼ばれた男である。しかも主演はジョニー・デップだ。クルマがショボくては釣り合わない。
ハンター関連の映画といえば、昨年日本で公開された『GONZO』がある。客観報道などというタテマエをかなぐり捨てて取材対象に迫る“ゴンゾー(ならず者)・ジャーナリズム”の旗手だったハンターの生涯を描いたドキュメンタリーで、ナレーターを務めたのがジョニー・デップだった。
ふたりの交友は古く、ハンター原作の『ラスベガスをやっつけろ』でもジョニデが主演している。『ラム・ダイアリー』はハンターが有名になる以前に書いて放置されていたが、ハンター宅でジョニデが手書き原稿を偶然発見して出版を勧めたという曰(いわ)く付きの小説だ。当初から映画化の話があったが、ハンターは実現を待つことなく2005年に自ら死を選んでしまった。
エンジン始動は子供たちの役目
1966年のヘルズ・エンジェルズのレポートで名を上げ、ハンターは花形ジャーナリストになる。しかし、それ以前はたいした仕事もなく、『TIME』誌で雑用係をしたりして食いつないでいた。1960年に彼はプエルトリコの首都サンフアンでスポーツ紙『エル・スポルティーヴォ』の記者として働いた。『ラム・ダイアリー』は、この時の経験を元にして書かれている。主人公のポール・ケンプにはハンター自身が色濃く投影されているわけだ。
ケンプがやってきたのは『サンフアン・スター』という地元紙で、カメラマンのボブ・サーラ(マイケル・リスポリ)と共同生活をしながら仕事を始める。ただ、原稿を書いているシーンは全然出てこなくて、タイトルの通り一日中ラムばかり飲んでいる。『パイレーツ・オブ・カビリアン』でもラムざんまいだったことだし、ジョニデにはこの酒が似合うのかもしれない。
ボブの愛車が「フィアット500」である。動いているのが不思議なくらいのボロで、始動する時はそのへんの子供に小銭をやって押しがけの手伝いをさせる。さらには前席を盗まれてしまうのだが、それでも走らせることができるのがシンプルな作りのクルマのいいところだ。幸い天井が開いているから、アタマを上に出して運転することになる。
ケンプは夜の海で、ゴージャスな美女シュノー(アンバー・ハード)と出会って魅了される。彼女はアメリカ人起業家のサンダーソン(アーロン・エッカート)の婚約者だった。サンダーソンは島を開発してリゾートを建設しようとしており、ケンプに協力するようもちかける。好意的な記事を書くことを要求したのだ。
カリブでオープンカーは快適か
サンダーソンが乗っているのが「オースチン・ヒーレー100-6」だ。6気筒エンジンを積む、いわゆるビッグ・ヒーレーである。カリブ海を背景にした赤いオープンカーは絵になるが、気持ちよくドライブできたかどうかはわからない。真夏に屋根を開けて乗ったことのある人ならばわかると思うが、ほんとうにつらいのだ。プエルトリコの日差しは日本よりも強いだろうから、SPF50の日焼け止めクリームが必須だろう。
サンダーソンは何台ものクルマを所有していて、太っ腹なことにケンプに「シボレー・コルベット」を渡して自由に使っていいと言う。いいクルマを乗り回し、ラムを浴びるように飲み、かたわらには美女がいる。享楽的な南の島の生活は、批判精神を麻痺(まひ)させるのに大いに貢献する。果たしてケンプは記者としての矜持(きょうじ)を貫けるのか、というのが物語の要である。
現実のハンターは、酒浸りだっただけでなく、ドラッグにも溺れていた。魅力的な人物だが、いろいろ問題が多かったことも確かだ。反戦を貫き、権力への嫌悪を隠さなかったのはいいとして、目的のために書きぶりに手を加えるようなこともあったらしい。そういう意味では、数々の捏造(ねつぞう)を指摘される“ジャーナリスト”が自分がハンターの後継者であるかのようにふるまっていたのは理にかなっている。もちろん、ハンターは自分の利益のために事実を曲げたことはないのだが。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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