BMW M5(FR/7AT)【試乗記】
そのクルマ凶暴につき 2012.05.29 試乗記 BMW M5(FR/7AT)……1534万円
5リッターのV10に代え、4.4リッターV8ターボエンジンを搭載して生まれ変わった「BMW M5」。ド級のパワーとトルクを誇るスーパーサルーンの走りやいかに。
走りの原点回帰
新型「M5」(F10系)には、BMWの深い怨念(おんねん)がこもっている。だから一見クールな紳士だが、いったん牙をむくと、歴代で最も凶暴かもしれない。
というのも、F1がらみの事情があるから。長いモータースポーツ活動史の中で、1980年代からF1に出たり引っ込んだりしていたBMWだが、「大メーカーさん、いらっしゃいな」とFIAに口説かれて、復帰を決めたのが2000年のこと。
もちろんパブリシティー効果も狙ったから、V型10気筒規定だったF1イメージで自慢の超高性能スポーツセダンを輝かせようと、わざわざ大金かけて専用V10を作って迎えた21世紀。なのに、それを積んだ4代目M5(E60系)を発売してすぐの2006年、肝心のF1がルール大変更でV8に制限されてしまった。これじゃ、おだてられたあげくはしごを外された、いわばコケにされたも同然ではないですか。ほぼ同時期にF1に参入し、専用V10搭載の「レクサスLFA」を作ったトヨタも同じこと。
そこで「じゃあV8でビビらせたるわい」とムカっ腹で開発したのが、今度のM5(F10系)ってわけ。だからV10からV8、排気量4999ccから4395ccとダウンしても、最近ずっと「5シリーズ」で熟成してきた自慢のターボを駆使して、507psから560psへと下克上的パワーアップを果たしている。しかもトレンドの先端だけに、最大トルク69.3kgmを、こんなスーパースポーツなのにわずか1500rpmから5750rpm、つまり実質的に実用回転の全域でたたき出すんだからあきれる。
おまけにAT/MT兼用変速機もSMG(シングルクラッチ)から、同じ7段でもデュアルクラッチのDCTドライブロジックへとレベルアップ。細かい装備を少し簡潔に整理し、走りの原点回帰を狙った潔さも新型の特徴だ。
560psはだてじゃない
これ見よがしのエアロもなければ、始動の瞬間ちょっとうなるだけだから、ダークブルーやガンメタなど地味なボディーカラーだったら、普通の5シリーズにしか見えないM5。でも、そこが「『ヒツジの皮をかぶったオオカミ』の皮をかぶったオオカミ」らしいところ。
こんなに肺活量と筋力あり余りのスポーツセダンで普通の市街地を流すと我慢の連続かと思いきや、実はちっともストレスなし。極太タイヤ(前265/35ZR20、後295/30ZR20 ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)だけに、普通の速度での乗り心地はやや悪い。いかにもサスペンションの先で重い物体が踊っている感触もある。でも堅牢(けんろう)なボディーのため不快感はなく、むしろBMWらしい人車一体感がうれしかったりする。
そして、いざオープンロードに躍り出て遠慮なくアクセルを踏んだ瞬間(といっても、すぐ前がつっかえちゃうんだけど)、どんな獲物も骨ごとかみ砕く巨大な肉食獣に変身するのがすごすぎる。それも冷徹きわまるところが怖い。というのも、ノーマル系「550i」のV8ターボがベースだから、スッと踏んでのレスポンスも普通っぽく、気筒ごとのバタフライを備えた先代V10みたいにギャン!とは吼(ほ)えず、あくまで無表情のままやっちまうからだ。それでも560psはだてじゃない。踏みさえすれば、狭い林道のちょっとした直線だけでとんでもない車速に達し、アッと言う間もなく、周囲の木立も花も五色の帯になってしまう。
変身する猛獣
そんな凶暴走行物体とはいえコックピットは平和そのもの。危ないのは、追い越されるクルマがこちらとの圧倒的な速度差を理解してないかもしれない緊張だけで、操作そのものは安楽すぎる。7段DCTドライブロジックには、シフトレバーを前後にフリップするマニュアルモードもあるにはあるが、まったく無意味。広すぎるトルクバンドだけに、どこから踏んでも並外れたパンチもりもりだから、Dレンジに任せっぱなしにし、すべてクルマ自身に判断させるのが最も効率的だし速いし賢明だ。
だが、ここにもドライバーの役割を残してくれてあるのがBMWらしいところ。シフトレバーの根元を囲んで並ぶボタンがそれ。パワーステアリングの重さ、ダンパーの強さ、アクセルレスポンスそれぞれ別個に「コンフォート」「スポーツ」「スポーツ+(プラス)」の3レベルがあり、一つ押すたびにクルマ全体がみるみる逞(たくま)しく変身する(エンジンの項目だけ、低燃費最優先の「エフィシェントモード」があるのは笑えるが、これは世相の産物だろう)。
クラッチミートの鋭さも1から3まで切り替え可能で、1は一般的な半クラッチがうまいので普段用、逆に3はガクンと来ようがおかまいなし、ロスタイム完全ゼロでガチ〜ンとつながる。これらを使い分けるだけで、猛獣を飼いならしたような気分になれるのは本当だ。
これだけそろえば1495万円するのも無理はなかろうが、傲慢(ごうまん)なAMG一派をギャフン!と言わせる最終兵器だと思えば安いかも。でも、やりすぎるとこちらまで社会の敵になってしまうから、くれぐれも心のブレーキを忘れないように。
(文=熊倉重春/写真=郡大二郎)

熊倉 重春
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