第449回:大矢アキオの「北京モーターショー2016」報告(後編)
紅旗のプレミアム・バスにビックリ!
2016.05.13
マッキナ あらモーダ!
2年間で様変わり
(前編からのつづき)
ボクにとって北京ショー訪問は、2014年に続いて2回目である。
前回における一番の思い出は、事前に申請しておいた記者証(プレスパス)を受け取るブースでの大混乱だ。われ先にと窓口に記者やジャーナリストが一斉に詰めかけ、大変な押し合いへしあいになってしまった。あまりにも激しくもまれたため、パビリオンを訪問する前から、自分のスーツに無数の毛玉ができていたのを覚えている。
2年後の今回、同様に引換所に赴いてみると、整列用の柵が設営されていた。しかも、窓口の手際が良いらしく、記者証はあっと言う間に取得できた。
そういえば、会場に近い地下鉄15号線は、降車客を待たずに乗り込んでくる客こそいるものの、駅構内の人の動きは一昨年に比べてかなり円滑になっていた。公共の場所における北京市民のシビリゼーションは、2年間でそれなりに進化したとみえる。
儒教思想あってのMPV需要
さて先週の本エッセイでは、北京モーターショーの模様と、中国におけるクルマの次なるトレンドを占った。それに関連して、トヨタのグローバル広報担当者にも話を聞く機会を得たので紹介しよう。かつて中国で5年の駐在経験があるエキスパートである。
前回記したように、中国では職業ドライバーの賃金が安く容易に雇えることから、ロングホイールベース(LWB)車の需要が高いことについては、彼も認めている。そのうえで、「LWB需要の割合は、少なからず官公庁が占めています」とも証言する。
一人っ子政策廃止で、これからMPV需要が増えるという他社の予想に関しても、トヨタの彼は同意見だ。
「儒教思想の影響で、年配の家族を大切にする国民性があります。核家族化というのも、今のこの国では考えられません」
別メーカーの中国人広報担当者のコメントで補足すれば、中国の家族は、週末におじいちゃん、おばあちゃんも乗せて、100km圏内でレジャーを楽しむことが少なくないという。
かくも特殊な中国市場
ヨーロッパの街に住むボクが中国の大都市を訪れるたび驚くのは、若者人口の多さだ。
ただ、将来的に高齢化社会になるであろうことは、他国の例を見ても疑いない。では、高齢者を尊重する風土も手伝って、福祉車両が売れるのではないか? と思いきや、そう簡単ではないらしい。
ここにも安い人件費が影響しているという。トヨタのスタッフ氏は語る。
「通常の車両と福祉車両の差額で、介助者が3名雇えることもあるのです」。事情は、国によってさまざまである。
彼は、中国の自動車事情を語るうえで、大事な事例をもうひとつ挙げてくれた。
「日本で個人が使う電話は、固定タイプから自動車電話、そして携帯電話と変化してきました。対して中国では、固定電話のプロセスを飛ばしていきなり携帯電話、という人が少なくないのです」
そうした急激な変化は、自動車にもそっくり当てはまるという。
「日本では、50年かけて自動車のトレンドに変遷がありました。『マスターエースサーフ』のようなRV、『マークII』や『クラウン』に代表されるセダン、そしてミニバンというように。いっぽう中国では西暦2000年を迎えたあと爆発的にクルマが普及し、わずか15年で2500万台市場に急成長したのです」
つまり、電話でいうところの“いきなり携帯電話”に近い状態というわけだ。
「そうした急成長市場ゆえ、ボディータイプが幅広く混在しているというのが実情なのです」
なるほど、日本でいう“ブーム”とは違った、複雑なユーザー嗜好(しこう)が存在するのだ。
参考までに、アウディ チャイナのザード・メッツ上席副社長が筆者に教えてくれたところによると、中国におけるアウディ購入者の40~50%は、初めて自動車を手に入れるユーザーという。それだけでも、自動車市場としての中国やそのブランド認識が、独特のものであることがうかがえる。
中国ブランドの隠し玉は……
話は変わって、中国車ウォッチャーであるボクが毎回そそられるのは、合弁ではない中国ブランドのブースである。
中でも個人的に中国のショーで欠かせないと思っているのが、中国第一汽車(一汽)が製造する、長年この国を代表する高級車ブランド紅旗(ホンチー)だ。
文化大革命時代ムード全開のリムジンは昔の話。今日では提携先であるトヨタの「クラウン・マジェスタ」をベースにした普及モデルや、プラグインハイブリッド車、SUVが存在することは、第396回の上海ショー2015リポートで記したとおりだ。
その紅旗ブース、今回も思わぬ隠し玉に衝撃を受けた。ずばり、マイクロバスである。「L6」と名付けられたそれは、いまはまだ参考出品車だが、2017年には発売されるという。
ボディーサイズは、全長7105×全幅2150×全高2675mm。ベース車両と思われる「トヨタ・コースター」のロングボディー(6990×2035×2580mm)より、長く、広く、背が高い。
野心を抱かせるマイクロバス
紅旗L6は、ディーゼルターボエンジンを搭載している。トヨタのコースターが4リッターなのに対し、紅旗L6の排気量は3リッターだ。組み合わされる自動変速機は、コースターの6段に対して紅旗L6は8段。法規に基づくリミッター作動速度は、100km/hである。
歴史をひもとくと、紅旗のマイクロバスは、1980年代にも存在していた。今回のL6は、久々の復活といえる。
車体各部には、他の紅旗モデルと同様に、赤い旗のバッジが配されている。
バンパーまわりのぜいたくなパーツ点数だけからしても、紅旗にふさわしいコストのかけかたをしていると察することができる。
『カーニュース・チャイナ』によると、紅旗L60の主要納入先のひとつは、紅旗セダンと同様に、官公庁であるという。
このマイクロバスに揺られながら、「いつかは“本物の”紅旗リムジンの後席の住人になるぜ」と野心を抱く、中国の小官吏たちが目に浮かぶボクであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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