第14回:ゴルフという水準器
ドイツが生んだ実用車のベンチマーク
2017.12.28
自動車ヒストリー
1974年の誕生以来、40年以上にわたり実用車のベンチマークであり続ける「フォルクスワーゲン・ゴルフ」。デビュー当時の衝撃や、世界の自動車産業に与えた影響を振り返るとともに、今なお“自動車の水準器”とされている理由を探った。
“ビートル”を継ぐことの難しさ
成功したプロジェクトの後を継ぐのは、どんな場合でも難しい。視聴率の高かったドラマの枠で新しい番組を作れば、確実に比較される。サッカーチームの新しい10番は、必ず批判を受けるものだ。いくらいいものを作っても、なかなか受け入れてもらえないのが常である。
“ビートル”こと「フォルクスワーゲン・タイプI」の後継車づくりが難航したのは当然だろう。ドイツでは文字通り国民車であり、最終的には世界累計生産台数が2000万台を超えるベストセラーカーになった。その後釜となるモデルを作るのだから、とてつもないプレッシャーだったに違いない。
ビートルは全世界で人気を得ていたとはいえ、プロトタイプにまでさかのぼれば、設計されたのは第2次大戦前のことだ。ヒトラーが国民車構想を発表したのは1933年で、フェルディナント・ポルシェ博士が「VW3」を完成させたのは1936年である。しかし、「毎週5マルク払い込めば誰でもクルマを受け取れる」というヒトラーの約束は反故(ほご)にされてしまい、国民車として製造されることはなかった。乗用車生産を再開させたのは、戦後に進駐したイギリス軍のアイヴァン・ハースト少佐である。当時は安価で性能が高いことが評価されたが、1970年代にはさすがにすべてが古臭くなっていた。
フォルクスワーゲンも手をこまねいていたわけではなく、新たなモデルの開発に取り組んでいた。1968年には空冷水平対向エンジンをそのまま使った「411/412」を発売したが、販売は伸びなかった。1970年にはNSUが開発した水冷フロントエンジンの「K70」をフォルクスワーゲンブランドで出したものの、これも不発だった。
原稿を書き直すほどの衝撃
1974年に登場したゴルフは、水冷の直列4気筒エンジンを横置きにして前輪を駆動するハッチバック車で、形は四角張っていた。ビートルとの類似点を探すのは困難で、ほとんど対極にあると言ってもいいかもしれない。しかし、合理性と実用性という面から見れば、これが新時代のビートルにふさわしいクルマだったのだ。またたく間に世界中でヒットし、他メーカーはゴルフを手本にして新型車の開発を進めるようになった。
簡素ながらも端正な力強さを持つデザインは、ジョルジェット・ジウジアーロの手によるものだ。コンパクトなボディーでも室内スペースは十分にとられていて、優れたパッケージングが広く支持された。モデルチェンジを重ねて、今ではずいぶんボディーが大きくなったが、初代ゴルフはとてもコンパクトで、現在の「ポロ」よりも小さかった。
「ぼくは人生であんなにすごいクルマを経験したことはそれまでなかったし、おそらく、もう将来もないんじゃないかと思う」 徳大寺有恒氏は、著書『ぼくの日本自動車史』の中でゴルフとの出会いについてそう書いている。そのころ徳大寺氏は『間違いだらけの自動車選び』の原稿を書き上げたばかりだったが、ゴルフに衝撃を受けてすべて書き直したという。自動車を評価する基準が変わってしまったのだ。
ブレーキがよく利き、ハンドリングが良好で、燃費がいい。そういった基本性能が当時の国産車とはまるで違っていたと氏は書いている。『間違いだらけ~』はベストセラーになり、日本のクルマ好きに大きな影響を与えた。ゴルフは徳大寺氏を通じて日本人の自動車観を一変させた。
1980年に発売された5代目「マツダ・ファミリア」は、大ヒットして初代カー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。出来が良かったからなのはもちろんだが、明らかにゴルフの影響が認められるモデルだった。FFのコンパクトなハッチバックは、世界中に広がっていった。
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Cセグメントを代表するモデルに
ゴルフは乗用車のカテゴリーではCセグメントに属しているが、時に“ゴルフクラス”という用語も使われる。「味の素」のように、ジャンル全体を表す言葉ともなっているのだ。販売競争の激しいクラスで、欧州車では「メルセデス・ベンツAクラス」「ルノー・メガーヌ」「BMW 1シリーズ」「プジョー308」など多士済々である。国産では「トヨタ・オーリス」「マツダ・アクセラ」「スバル・インプレッサ」などが当てはまる。
それらのモデルの新型が発表されると、プレス資料にはゴルフと比較してどうかという形で性能が表現されていることがよくある。多くのモデルがあるにもかかわらず、比較の対象となるのは常にゴルフなのだ。自動車雑誌のインプレッション記事でも、新車を評価するのにやはりゴルフが引用される。どちらでも、ゴルフが水準器の役割を果たしているのだ。
初代モデルの発売から40年を経ようとする今、ゴルフはモデルチェンジを繰り返して7代目となっている。基本的な成り立ちは変わらないが、ボディーは大きくなり、装備品は豪華になった。「GTI」と名付けられたスポーツモデルもあり、ゴルフファミリーにはカブリオレやステーションワゴンも加わった。
すべてが拡大しているようだが、エンジンだけは小さくなった。初代のベーシックモデルは1.5リッターのガソリンエンジンを搭載していたが、現行モデルには1.2リッターターボエンジンを採用したものもある。技術の進歩がダウンサイジングを可能にしたのだ。
電気自動車のゴルフも登場
7代目ゴルフは今までにも増して評判がよく、“傑作”と目されているようだ。自動車雑誌等のインプレッション記事を読むと、褒めている項目はどれも同じだ。加速がスムーズでハンドリングがシャープ、ボディーがしっかりしていて乗り心地がいい。スペースが広く、低燃費である。
どれも、自動車の根幹をなす基本性能に関することばかりだ。新世代のターボや気筒休止システムといった新技術が取り入れられているものの、ゴルフの信頼感を支えているのは何よりもベーシックな部分なのだ。
フォルクスワーゲンは電気自動車(EV)の開発に注力する方針を固め、2025年に年間100万台のEVを販売し、VWグループ全体で80車種の電動化車両(そのうち50車種は完全なEV)を市場に導入すると発表した。その構想の旗手となるのが、2017年に登場したピュアEV「e-ゴルフ」である。本格的なEVは専用プラットフォーム「MEB」を用いたモデルを待たなければならないが、まずはやはりゴルフに新技術をと考えたのだろう。
ビートルは製造開始から約30年でゴルフに取って代わられたが、ゴルフはそれ以上の年月を経てもまだまだ生命力を失っていない。モデルチェンジのたびにゴルフを上回る新しいゴルフが生まれるので、いつまでも自動車の水準器であり続けているのだ。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。