キュニョーの砲車も前輪駆動

FRは、現代のクルマでも採用されている優れた駆動方式である。エンジンを前に出すことで冷却性が向上し、整備が容易になった。前後輪の重量配分の自由度が高まったことも、設計上で有利に働く。当初はベルトとチェーンによって動力を伝えていたが、ルノーが革新的な機構を開発する。プロペラシャフトの軸回転を利用するもので、大きな駆動力を後輪に伝えるのに適した方式である。ただし、デメリットもあった。車体の真ん中に長いプロペラシャフトを通すので大きなトンネルが必要となり、スペースに制約が生じる。重量増も避けられない。

FRの改良が進められると同時に、より優れた技術を求めて試行錯誤が繰り返されていた。有力候補となったのがFF方式である。FRと同様にエンジンをフロントに置くが、駆動輪が前輪なのでプロペラシャフトが不要だ。早くも1890年代後半に、オーストリアのグレーフ兄弟とシュティフトがド・ディオン・ブートンのエンジンを用いてFF車を試作している。技術的には未熟でさまざまな問題が生じたらしく、1台のみが作られたにすぎない。1907年にはアメリカのクリスティが大排気量のエンジンをクルマ前端に横置きし、前輪に直結するというモンスターマシンを製作している。

自動車の歴史の中で、FFの発想は昔からあった。そもそも1769年に作られた初の蒸気自動車「キュニョーの砲車」も、原理的にはFF車だった。最前端に巨大なボイラーを配し、ラチェットを用いて前1輪を動かしていた。ド・ディオン・ブートンもFFの蒸気自動車を製作している。初期の電気自動車にもFFは多く、フェルディナント・ポルシェ博士の手がけた「ローナーポルシェ」も、インホイールモーターで前輪を駆動していた。

1925年、アメリカのハリー・ミラーはレーシングドライバーのジミー・マーフィーの依頼でFFのレーシングカーを製作した。このマシンはインディ500に出場していきなり2位を獲得し、その後も好成績を残している。実績を買われて乗用車の設計を頼まれて作ったのが、「コードL29」である。5リッターの直列8気筒エンジンを搭載した流麗なスタイルのモデルだったが、駆動力不足という問題を抱えていた。

1898年に製作された「ルノー・タイプA」。フロントのパワープラントから後軸に動力を伝える機構として、プロペラシャフトを採用した初のモデルだった。
1898年に製作された「ルノー・タイプA」。フロントのパワープラントから後軸に動力を伝える機構として、プロペラシャフトを採用した初のモデルだった。拡大
世界初の“自動車”とされるキュニョーの砲車。車名の通り大砲を運ぶ車両として開発されたものだ。フロントの1輪が駆動と操舵の両方を受け持つ設計だったが、操縦性が悪く、テスト走行中に壁に激突。そのまま廃棄されてしまったという。(写真=トヨタ博物館)
世界初の“自動車”とされるキュニョーの砲車。車名の通り大砲を運ぶ車両として開発されたものだ。フロントの1輪が駆動と操舵の両方を受け持つ設計だったが、操縦性が悪く、テスト走行中に壁に激突。そのまま廃棄されてしまったという。(写真=トヨタ博物館)拡大
フェルディナント・ポルシェが設計した電気自動車「ローナーポルシェ」は、ハブモーターで前輪を駆動するFF車だった。
フェルディナント・ポルシェが設計した電気自動車「ローナーポルシェ」は、ハブモーターで前輪を駆動するFF車だった。拡大
アメリカのコードはオーバンやデューセンバーグを買収した実業家エレット・ロバン・コードが興した自動車メーカーである。写真は1937年型「フロントドライブ812」。「L-29」と同じくFFの駆動方式が採用されていた。(写真=トヨタ博物館)
アメリカのコードはオーバンやデューセンバーグを買収した実業家エレット・ロバン・コードが興した自動車メーカーである。写真は1937年型「フロントドライブ812」。「L-29」と同じくFFの駆動方式が採用されていた。(写真=トヨタ博物館)拡大
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