第530回:スバル車の船積み現場に密着!
クルマはかくして運ばれる
2018.10.18
エディターから一言
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世界有数の自動車大国である日本。今日では世界各地で現地生産を進めているものの、依然として日本国内からは、膨大な数の車両が輸出されている。工場で生産されたクルマはどのようにして海外へと運ばれていくのか? その最前線となる、船積みの現場に密着した。
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国内生産の約半数が輸出用
日本自動車工業会のデータによれば、昨年(2017年)日本で生産された四輪乗用車の総数は834万7836台で、そのうち約半分となる421万8429台が輸出されている。島国である日本からの輸送手段には、当然船舶が使われる。読者の方も、港へと陸送される左ハンドルの国産車を見かけたことがあるはずだ。ただ、工場から出荷されたクルマがどのような過程を経て海外へ運ばれるのか、具体的にイメージできる人はそう多くないだろう。今回、輸出されるスバル車の船積みの様子を見学する機会を得た。
スバルの2017年の国内総生産台数は、70万9643台。そのうちの54万8839台が輸出された。スバルの場合、国内生産の約77%が海外向けとなるわけだ。輸出先の中心となるのはやはり米国で、輸出全体の62%(2017年度実績)にも上る。特に最近は「クロストレック(日本名『XV』)」が好調だという。ニーズの多い米国での現地生産も強化しているが、それでも依然として輸出は多い。
群馬で生まれたスバル車は、輸出に向け、まずは関東近郊の港に運ばれる。仕向け地によって行き先は異なり、川崎、横浜、横須賀、千葉、常陸那珂(ひたちなか)の5拠点のいずれかとなる。ちなみに国内輸送では陸送と海上輸送の両方が使われている。今回見学に訪れたのは、最大の輸出拠点である神奈川・川崎港。すべての北米向け車両がここで荷役されている。
一度の航海で4900台を運搬
川崎港に運ばれたクルマは、そのまま船に積まれるわけではない。いったん輸出拠点となる東扇島物流センターでストックされ、輸出を待つ。ここでは6000台を保管できるスペースがあるというから驚く。ストックされたクルマが再び動き出すのは、船積みの前日となる。車両運搬船が接岸する埠頭(ふとう)の駐車スペースに、積載順に並べなおされるのだ。この作業に必要な時間は、北米航路であれば2~3時間程度、航路によっては6時間以上かかることもある。
今回見学した車両運搬船は、日本郵船の「ヘラクレスリーダー」。サイズは全長×全幅×全高=199.94×32.26×44.98mという大きさで、船内に4900台の乗用車を積載できる能力を備える。これでも自動車運搬船としては標準的なサイズで、さらに大型の船もあるという。外観からはうかがい知ることができない船内は、12階建ての構造となっており、甲板上には船室などの居住エリアや航行を指揮する甲板室を、船底にはエンジンが収まる機関室などを備える。ちなみに、車両を積載するフロアのデッキには秘密があり、なんと天井の高さを変更することが可能。乗用車以外にも、トラックや重機などの大きな乗りものを運ぶこともあるそうだ。日本郵船全体では年間363万台の車両を運んでおり、そのうち1割弱の35万台がスバル車となっている。
荷役される新車は、「ランプ」と呼ばれる大型ゲートから1台ずつ自走で次々に積み込まれる。その光景は、続々とクルマがやってくる休日の商業施設の立体駐車場を思い浮かべれば、イメージしやすいかもしれない。ただこちらのドライバーはプロ中のプロ。滑るようにクルマが船へと飲み込まれていく。荷役を行う彼らは、通称「ギャング」と呼ばれる。なかなかに荒々しい呼び名だが、強盗を指す「ギャング」とは意味が異なる海運用語だ。もともとの語源は、ドイツ語やオランダ語で「行進」や「行列」を意味する言葉だそう。新車で隊列を組んで船へと進む姿は、まさに「ギャング」という訳だ。
隙間なくクルマを詰める匠の業
「ギャング」チームは、監督、ドライバー、誘導員、固縛員などで構成される。一度の荷役に複数のチームが投入され、テキパキと指定されたデッキまでドライバーが新車を運ぶ。デッキ内の車両は右回りで進み、バック駐車で並べていく。こうすることで、降ろす際には前進(左回り=反時計回り)でクルマを出すことができる。これが効率とダメージ回避を考慮した「カウンタークロックワイズ積み付け法」と呼ぶやり方だ。
意外だったのが、船内まで運ぶドライバーと駐車を行うドライバーが異なること。船内まで運搬するのが「横持ドライバー」、駐車担当は「本付ドライバー」と呼ばれる。本付ドライバーは誘導員の指示に従い、左右の車両間隔はドアツードアで10cm、前後車両の間隔はバンパーツーバンパーで30cmまで詰めていく。切り返しなどは最小限。吸い込まれるように、誘導されたスペースに収めていく。まさに職人芸だ。この際、最も重要な役割を果たすのが誘導員で、彼らは本付けドライバーの経験者。車両をピタリと駐車する能力を持つからこそ、正しい誘導ができるという訳だ。ただ海上を進む船だけに、これだけ車間を詰めてしまうと揺れなどにより車両同士が接触しないか不安になる。しかし、ラッシャー(固縛員)が前後のけん引フックとデッキを専用ベルトでしっかりと固定するため、そうした心配はないそうだ。最後にフォアマン(確認役)が積載のチェックを行い、船積みが終了となる。そうした作業を眺めていると、瞬く間にデッキが車両で埋め尽くされていく。搬入から本付け完了までは、およそ4分弱。まさにプロの仕事だ。
地下駐車場を連想させる船内は、窓がないため結構暑い。それもそのはずで、デッキ内は換気用の送風があるのみ。秋でもこのありさまなのだから、夏場は相当な暑さとなるはずだ。そして冬場の寒さもかなりのものだろう。そんな厳しい環境下でテキパキと仕事をこなす彼らに、ギャングとしての誇りを感じた。
船の乗員がクルマに触れるのは厳禁
見学することができなかった船側の動きにも触れておきたい。スバル側から運搬する車両の依頼を受けると、積み下ろしの順番に合わせて「ストウェージプランナー」と呼ばれる担当者が積載する場所を決めていく。まずは積載するデッキ位置を決定する「マンションプラン」を立て、次にデッキ内での1台ずつの位置を決める「メダカプラン」が組まれる。すべての車両の積載位置は厳密に決められているのだ。もし私が「4900台の配置を決めろ」なんて言われたら、気が遠くなる。これも効率よくスムーズな荷役を行うための重要な下準備なのだ。
もちろん、積載時の船もただ停泊しているわけではない。バラスト水を調整し、水平を保っているのだ。これも「ギャング」たちが仕事を円滑に進めるための配慮である。また船の接岸には、港によって決められた時間ごとの岸壁使用料が発生するため、船は荷役の作業時のみ接岸する。テキパキとした仕事は、コスト削減という重要な役割も持っている。
ちなみに、車両運搬船「ヘラクレスリーダー」は、これほどの大型船だが乗組員はたった22人。乗組員すべてが船を操る人たちであり、航行中、荷物には指一本触れないという。このため、デッキ内は通路と車載エリアが明確にフェンスで区切られている。誤って荷物である新車を傷付けないためだ。
また長期間の輸送のため、航路は天候に左右されることもある。したがって、輸送船の着岸と荷役スケジュールの調整には、臨機応変の対応が求められる。陸海にいる輸送のプロたちの働きによって、無事、新車は待ち望む購入者の手元に届くことになる。川崎港を出発した車両運搬船は、西岸向けなら約18日、東岸向けなら約32日で米国に到着。ボストン、ディヴィスヴェル、ボルチモア、ブランズウィックの各港で、現地の「ギャング」たちが荷役を行う。スバル車は、群馬の工場出荷から米国ユーザーの手元にまで届くまでおよそ1~2カ月の旅となる。
輸入車たちも、このような行程を経て、日本へとやってくる。船で旅することが少なくなった今、海運の世界は以前よりも遠い存在といえる。そのシステムの管理や船の航行などには最先端の技術が用いられているが、クルマの荷役や航行の要は、やはり人の力によって行われていることを知った。世界で最も多彩なクルマを選べる環境と、日本経済を支える自動車産業の一端を、彼らが支えていることを忘れてはならない。
(文=大音安弘/写真=スバル、商船三井、日本郵船/編集=堀田剛資)
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大音 安弘
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