第578回:イタリアで人気沸騰の「チープ・カシオ」
愛用してみると「スズキ・ジムニー」が透けて見えた!
2018.11.02
マッキナ あらモーダ!
ファーストレディーがカシオ?
2018年10月28日、ブラジルでは大統領選挙の決戦投票が行われ、ジャイル・ボルソナーロ下院議員が大勝した。日欧とも主要メディアは、彼が極右で以前から過激な発言で議論を巻き起こしてきたことに焦点を当てていた。
いっぽうボクが注目したのは、夫とともに当選を祝うミシェーリ夫人だ。左腕に巻いているのは、どうやらカシオ製スタンダードウオッチの大型液晶モデルである。同社の日本語サイトでメーカー希望小売価格を確認すると「3000円+税」とある。
かつてラルフ・ローレンがタキシードにジーンズを合わせたことは、衝撃を巻き起こした。
ボルソナーロ夫人に続いて、これからもセレブリティーといわれる人々が、カシオのデジタルを着用し始めたら面白いことになるのではと思っている。
拡大 |
内なる葛藤の末に
カシオのスタンダードウオッチ、愛称チプカシ(チープ・カシオ)については本連載の第549回で、近年イタリアで人気を博していることとともに考察を記した。
モノは試し。後日東京に赴いたとき、ボクも購入してみることにした。書いていると、読者諸兄からの「ウブロ買うんじゃあるまいし、とっとと買えよ」という声も聞こえてくる。だが購入に至るまでには、自らの中で葛藤があった。
ひとつは東京で働いていた1990年代の経験だ。周囲には機械式時計愛好者が少なからずいて、「リストウオッチ選びは男のたしなみ」「タイムピースにこだわることは、時間を大切にすること」といった議論が頻繁に行われていた。そうした諸先輩方の視点からすれば、カシオのスタンダードウオッチは、冗談でしかないだろう。
それに腕時計の世界には、クルマのそれと同じくらい豊かなヒストリーがあることも、仕事を通じて学習した。
だが気がつけば、そうしたウンチクを述べていた方々は、もはや第一線からは引退という年頃となった。
また筆者の主観と断ったうえで記せば、日本やヨーロッパにおいて高級車に乗ったり、高級時計を着用したりする人で、なおかつスタイリッシュな人に遭遇する機会は極めて限られている。似合っているのは、イタリアでも一部の実業家かサッカー選手くらいである。
高齢の人などによく見られる「一流ブランドなのに、ベゼル径が時代おくれ」というのも、以前から気になっていた。“昔がんばって買ったので、なかなか手放せない感”が漂っていて痛い。
それに対して、イタリアで今や若者といえばカシオだ。前述の回でも記したが、今や有名なファッションフェアにおいても、愛用しているインフルエンサーが見られる。
そのようなことから、筆者もようやくカシオ製スタンダードウオッチを試す決意を固めるに至ったのである。
「デカ時計」の苦労は何だった?
ということで、早速東京の店を巡る。大きな店ならどこにでも売っていると高をくくっていたが、意外に難しかった。1店目の有名家電量販店は全滅。2店目の人気総合ディスカウントストアは同じカシオでもアナログのみ。ようやく別の有名家電量販店で発見した。
ボクが選んだ「A158WA-1JFメンズデジタル」は、メーカー希望小売価格3900円+税だが、実売価格は税込み1090円。残っていたポイントを使って、実際には1050円で買えた。
会計を済ませると「サイズ調整しますので、こちらへ」と店員さんが店の一角に誘う。一瞬ボクは「コマ詰め方式のバンドだったのか?」と錯覚したが、普通のスライド式中留(留め具)である。それでも店員さんがボクの腕に巻きつけて調整をしてくれたのには驚いた。さすがおもてなしの国である。
そのカシオ、イタリアに戻ってからあらためて周囲を見回すと、想像以上に愛用者が多い。「ユニクロかぶり」ならぬ「カシオかぶり」が起きるであろうことにやや困惑し、「いつか使えばいいや」としまっておいたのだが、先日いよいよ出番が来た。
というのも、治安が良くない街区と隣り合ったエリアで取材することになったのである。もともとボクはそんな強盗に狙われるような時計は所有していないが、用心に越したことはない。「スマートフォンの時計で代用」という手も考えたが、それ自体をカバンから取り出すことさえ避けたい場面だって考えうる。というわけで、半ば必要にかられた状態での使用開始であった。
ところが装着してみると、どうだ。まるで着けていないような感覚である。ステンレス製バンドのおかげで本体重量は46g。いずれもボクが持っている42mmアルミニウムケース×スポーツバンドの「アップルウオッチ シリーズ2」(62g)より軽く、オートマチックの時計(107g)からすると半分以下である (重量はカシオ以外いずれも実測)。
3年ほど前にようやく収束したものの、デカ時計ブームの頃の窮屈な装着感は何だったのか、笑いがこみ上げてくる。
「磁気」に対する寛容さにも気づいた。今日、世の中には磁気のあるものがあふれている。スマートフォンのスピーカーしかり、カバンひとつとっても留め具にマグネットを使用しているものが多い。そうした状況下で、機械式時計を磁気から遠ざけて扱うのは、もはや不可能に近い。
カシオの説明書には磁気に関して「時計機能には影響はありません」と記されている。不要なとき、マグネットの付いたカバンにも気楽に放り込める。
デザインに関して言えば、その原型となった1980年代を実際に生きてしまったボクゆえ、購入前は「何を今更感」があった。ところが、ベゼルを眺めれば、その中に用いられた色である濃紺は、飽きがきづらく、かつ上品な色彩が選択されていることがわかる。
八角形のケースも隅に突起がないので、袖に引っかからない。時刻を確認したいとき、すぐにめくれる。
アップルウオッチと比較する
次に、これまでイタリアで、ボクの使用頻度が最も高い時計であったアップルウオッチ シリーズ2と機能面を比較してみる。
カシオはメールやSMSが確認できない。加えて、自動で時差や冬時間/夏時間を調整してくれない。「シリーズ1」からのアップルウオッチ使用者であるボクとしては、そうした作業がえらく面倒に感じてしまう。
いっぽう、アップルウオッチ2には痛い目にも遭った。目玉機能であるモバイルSuicaである。東京で登録済みクレジットカードからチャージしようとしたところ、何度試してもエラーが続出。仕方がないので、気持ち的には100年ぶりに紙の切符を買った。
ところが同日夕方、たび重なるエラーでチャージされなかったはずの、計1万8000円が突然チャージされた。溝に金を捨てたわけではないからいいのだが、まさに東京を離れる前日だったので、次回の来日までSuicaに“預金”することになってしまった。以前にもそれに似た経験をしていた。
カシオなら異常にケーブルが長いUSB充電器を持ち歩く必要もないし、バッテリー残量で気をもむこともない。なにしろカシオのスペック上の電池寿命は7年である。
さらにヨーロッパではいまだに電子マネー機能が使える場所は極めて限られているから、カシオでもさして不便ではないことに気づいた。
カシオを持つようになって、今までの時計にまつわる不便さがすべて解消されたのは痛快であったとともに、近年のヨーロッパにおける人気の理由がより理解できた。
人生を楽にする最強の組み合わせ?
話を変えよう。近ごろボクが欧州の人たちと話をしていると、頻繁に話題にのぼるクルマといえば新型「スズキ・ジムニー」である。ヨーロッパでは2018年10月のパリモーターショーで初披露された。
先日会ったイタリア人自動車ジャーナリストで、「トヨタ・ランドクルーザー」(BJ40型)をこよなく愛するジョルジョ・スポルヴェリーニ氏も、今一番気になるクルマは新型ジムニーで、最高にクールだと話す。
そこで思い出したのは、生前モンテカルロに住んでいた自動車評論家ポール・フレールが、日本の自動車誌『カーグラフィック』に記した話だ。彼の知人がドイツ系最新ハイテクプレミアムカーを購入したものの、故障連発でサービス工場入りを毎週のように繰り返した。愛想を尽かした知人は、最後には「これならダチア(筆者注:ルノー・グループのサブブランド。当初コストコンシャスを売りにした)のほうがよかった」と漏らしたという。
さらにジムニーは新車状態もいいが、歴代モデルと同様に泥が付着し、どこかへこんでいたほうがよりサマになる気がする。
磁気を恐れ、打ち傷にビビりながら機械式時計を使うより、カシオのほうがはるかに気楽なのと同様に、ジムニーに乗れば縦列駐車中にバンパーをこすられても、スーパーで隣のクルマにドアをぶつけられても、悔しい思いをしなくていいだろう。
20世紀に服装の簡素化が進んだ最大の理由は、貴族に代表される特権階級の縮小である。だが、もうひとつ自動車の普及に伴う「運転しやすさ」の追求があった。
ジムニーのデザイナーがカシオのスタンダードウオッチを意識したかは定かではない。だが21世紀に、カシオのように小さくベーシックなアイテムやそれに伴うライフスタイルが、前世紀の遺産である自動車のデザインや存在に影響を及ぼしたら痛快である。
カシオ+ジムニーで人生が最高に楽になりそうだ。そう思ってイタリアにおける新型の価格表を見たら「税込み2万2500ユーロから」とある。日本円換算で約288万円。日本国内におけるベースモデルの価格145万8000円からすると、かなりの“高級車”である。
この値段だと、隣のクルマにドアをぶつけられたら少なくとも1カ月は意気消沈する、人間の小さい自分が想像できる。
かくして「自動車界のカシオ=ジムニー」を考えることは断念した筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第970回:クルマの背中に浮かぶ文字たち――空いた字間が語るもの 2026.7.16 アナタは自動車のボディー背面に施されたメーカー/ブランドのロゴについて考えたことがあるだろうか? 字間を詰めたり、広げたり、時代によって変わるそのトレンドと、その背景にあるメーカーの思惑を、自動車史にも精通する大矢アキオが語る。
-
第969回:裏地に『大脱走』! ピッティ・イマージネ・ウオモと自動車模様 2026.7.9 イタリアで開催された世界屈指の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」を、現地在住の大矢アキオが取材。自動車にまつわるアパレルの最新トレンドを探り、新興ブランドのひたむきさと、老舗の刻んできた年輪に触れた。
-
第968回:初代「ルノー・トゥインゴ」は「フィアット500」と同じ旋風を起こせるか? 2026.7.2 リバイバルデザインの新型「ルノー・トゥインゴ」がデビューしてはや3カ月。このクルマの登場により、オリジナルにあたる初代がネオヒストリックとして脚光を浴びることはあるのか? 「フィアット500」の例を振り返りつつ、欧州在住の大矢アキオが考察する。
-
第967回:初代「トヨタ・クラウン」や“ヨタハチ”が「ミッレミリア」を走った! 2026.6.25 イタリアの歴史あるヒストリックカーラリー「ミッレミリア」に、日本のクルマが初めて参加! 石畳の道を行く初代「トヨペット・クラウン」に「トヨタ・スポーツ800」「2000GT」「スープラ」の姿を、現地在住の大矢アキオがリポートする。
-
第966回:フェラーリ・ルーチェ 地元イタリアで一般人はこう見た&大矢的こころ 2026.6.18 その斬新すぎるデザインで物議を醸している、フェラーリ初の量産電気自動車「ルーチェ」。このクルマは、おひざ元のイタリアではどのように受け止められているのか? かの地において自動車史と自動車文化をつぶさに見てきた大矢アキオがリポートする。
-
NEW
ホンダCB750ホーネット(6MT)【レビュー】
2026.7.18試乗記ホンダのスポーツネイキッド「CB750ホーネット」が、話題の「E-Clutch」を獲得。ライディングの幅を広げる自動クラッチシステムは、パンチの利いた2気筒のストリートファイターにどんな走りをもたらすのか? その仕上がりを確かめた。 -
NEW
人気沸騰「ランクル“FJ”」を手にするもうひとつの方法
2026.7.17サブスク「KINTO」で「ランドクルーザー“FJ”」に乗る<AD>2026年5月に発売されるやオーダーが集中し、受注停止となってしまった「ランドクルーザー“FJ”」。しかし、あきらめるのはまだ早い。“FJ”とのカーライフを実現できる、トヨタの新車サブスクリプションサービス「KINTO」という手段があるのだ。 -
新型「アルピーヌA110」はどんなクルマに? グッドウッドを駆けたテストカーから読み解く
2026.7.17デイリーコラムアルピーヌが次期型「A110」を示唆する「A110フューチャー」を初公開。グッドウッドで走る姿を披露した。そこから分かる未来のA110の姿とは? 電動化がアナウンスされているが、エンジン車の設定はあるのか? 公式発表とテストカーの姿から深掘りする。 -
ベントレー・ベンテイガ スピード(4WD/8AT)【試乗記】
2026.7.17試乗記「ベントレー・ベンテイガ」に最上級グレードの「スピード」が登場。ブランドの在り方をストレートに伝える名称のトップパフォーマンスモデルだが、従来型との最大の違いはその心臓部にV8エンジンが積まれていることだ。およそ不満のあろうはずもないが、最新モデルの仕上がりをリポートする。 -
写真で解説する新型「日産エルグランド」
2026.7.16画像・写真新型「日産エルグランド」は、日本伝統の美をデザインに生かしながら、同社独自の最新技術を組み合わせて“走りのよさ”も徹底追求したという意欲作。その見どころを写真とともに解説する。 -
第970回:クルマの背中に浮かぶ文字たち――空いた字間が語るもの
2026.7.16マッキナ あらモーダ!アナタは自動車のボディー背面に施されたメーカー/ブランドのロゴについて考えたことがあるだろうか? 字間を詰めたり、広げたり、時代によって変わるそのトレンドと、その背景にあるメーカーの思惑を、自動車史にも精通する大矢アキオが語る。









