第116回:思えば初代NSXは爆安だった
2018.12.18 カーマニア人間国宝への道新型NSXは人気ない!?
「NSX」がマイナーチェンジを受けた! うおおおおおお!
取りあえず冒頭で元気を出してみたが、NSXに対して、カーマニアの元気は上がっていないように感じられる。
いや、一般ピープルの皆さまはけっこう盛り上がってましたよ! 箱根でNSXに乗ってたら、多くの観光客が注目してくれました。ただ、声をかけてくれた人が一様に口にしたのは「珍しいですね~」という言葉だった。
確かに新型NSXはとっても珍しい。個人的には、広報車以外の新型NSXはまだ一度も見ていない気がする。すでに国内でも400台売れたはずなのに、ここまで猛烈に珍しいとは! どーしてどーして!?
まあ、理由はともあれ、注目してくれるのはありがたいことです。でもやっぱり盛り上がってはいない。私の周囲からは、「すごいな~」「欲しいな~」みたいな前向きな声が、ひとつも聞こえてこないのだ。
『ベストカー』副編のイーボシ君は、元NSXオーナーだ。もちろん初代の方の。
彼に、新型NSXについてどう思うか聞いてみた。
「いや、好きですよ僕は。それは初代と同じ理由で、僕はあんまり目立つスーパーカーは好きじゃないんです。自己主張の弱い、地味なのがいいんです。だから新型NSXも好みです。もちろん買う気はコレッポッチもありませんけど。買えるわけないですし」
そしてこう付け加えた。
「それにしても、なんでこんなに人気ないんでしょうね、新型NSX。僕の周囲で、あれが好きだっていう人、ひとりもいません」
やっぱりですか。
初代NSXは激安の殿堂
新型NSXがカーマニアに人気がない理由はいろいろ考えられるが、最大の共通項は「値段が高い」ということだろう。
いや、NSXの値段は、メカを考えたら決して高くはない。高くはないが、2370万円は、絶対的にはフツーに高い。
思えば初代NSXは安かった。なにしろ最初は800万円(MT)だったんですから!
当時、V8フェラーリは「328」から「348」へモデルチェンジしたばかりだったが、348の定価は、確か1700万円ほどだったと記憶している。しかもその348は、バブル真っ最中ということで、中古価格が2500万円くらいに高騰していた。
そんな時、新型NSXは、まっすぐすら走らない欠陥車の348を尻目に、スーパーカー史上最高の操縦性や、世界初のオールアルミボディーを持ちながら、たったの800万円で登場したのですよ。それは衝撃の安さでした。まさに激安の殿堂! 爆安ですよ!
しかもしかも初代NSXは、バブル崩壊とともに人気が急落し、そのうち中古が400万円くらいから買えるようになりました。
一方フェラーリはというと、93年に私は「348tb」を買いましたけど、1163万2800円でした。348の中古相場はその後大きく下落しましたが、後継モデルの「F355」は、NSXの良き影響もあって品質や性能が飛躍的に向上しており、人気炸裂。私は01年に「F355スパイダー」を買いましたが、1250万8000円でした。
そんな状況で、中古NSXの立ち位置はというと、スバリ「爆安スーパーカー」。400万円くらいで買えて、維持費もあんまりかからないし、なにせ国産車だけになにもかもが猛烈に安心。カーマニアの助け舟的な、頼もしい存在だったのです。
カーマニアの味方
渡辺祐太郎氏は、23歳のトラック運転手(2011年の取材当時)。彼は年収200万円台でフェラーリオーナーになるという、その時点での世界新記録を樹立した男だが(推定)、彼がフェラーリを買う前に乗っていたのは、初代NSXだった。
カーマニアの彼は、もともと「チェイサー」でドリフトをしていたが、フェラーリへの憧れを消すことはできず、一念発起、金のかかるドリフトを引退して貯金に励み、少し蓄えができた時点でいよいよフェラーリを……と思ったが、その時ついビビリが出た。
「やっぱりフェラーリはムリだと思って、NSXを買っちゃったんです」(渡辺氏)
激安ド中古NSX購入の10カ月後、運命の日がやってきた。私主催のツーリングに、彼はNSXで参加したのである。
「大黒PAで待ってたら、スロープを次々フェラーリが降りて来るじゃないですか。ものすごい快音で。あれを見て心の底から『本物はすげえ!』って思いました。やっぱり本物買わなくちゃダメだって。そのためにNSXは売ろう! 1秒でも早く! って決めました」(渡辺氏)
そして彼は、フェラーリのローンを通すために運送会社に就職し、男の96回ローンで、850万円の「F355 F1スパイダー」を購入。晴れてフェラーリオーナーとなったのでした。
このエピソードにおける初代NSXは、なんだかフェラーリの噛ませ犬みたいですが、しかし噛ませ犬も社会には必要な存在。爆安だった初代NSXは、カーマニアにとって、非常に重要な存在だったのです。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。