レクサスUX 開発者インタビュー
意外性を演出しました 2018.12.28 試乗記 Lexus InternationalExective Vice President
チーフエンジニア
加古 慈(かこ ちか)さん
レクサスブランド初となる、コンパクトクロスオーバーモデル「UX」。その開発に込めた思いを、チーフエンジニアの加古 慈さんと、デザインを取りまとめた三木鉄雄さんに語ってもらった。
見晴らしのよさにこだわった
同じ「X」が付くので三兄弟とよく言われるんですが、私としてはお兄ちゃんたちに負ける気はなくて(笑)。
控えめな笑顔で、そう言い切った。加古 慈さんにとって、UXはレクサスの高級クロスオーバーSUV「RX」「NX」と同じラインのモデルではない。そもそも、SUVとひとくくりにされることに納得がいかないようである。「二律双生」で新しいものを作ろうとしたという、ニューモデルへの思いを聞いた。
――SUVと言っておけば売れる時代ですが、それはイヤなんですか?
クロスオーバーというジャンルにはいろいろなものがありますが、その中で新しいものを作りたかったんです。見た目はSUV然とした力強さがあって、運転するとハッチバックのように運転を楽しめるクルマ。普通に考えれば、車高が高いとロールが大きめになって、キビキビ走るというテイストにはならない。でも、両方とも欲張って、本来相反すると思われるものを両立させたいと思ったんですね。それがレクサスの二律双生です。
――見た目と乗り込んだ時の印象が違いますね。
車高は高いんですが、ドライビングポジションはアップライトな姿勢ではなくてクーペやセダンのよう。そこで「えっ?」という驚きがある。座るとすぐ、SUVっぽくないと感じるわけです。それがいい意味でのギャップ、意外性でしょう。
――背が高いクルマに乗ると視点が高くて運転しやすいと言う女性が多いと聞きますが……。
確かに、女性がクロスオーバーに乗るメリットのひとつは見晴らしのよさ。このクルマは見下ろす感じではないけれど、水平方向の見晴らしのよさや開放感にはこだわりました。右左折の際に顔を動かさなきゃいけないようなクルマだけは絶対イヤだ! と思って、チームのみんなに視界の確保ということは特にお願いしました。具体的にはAピラーを構造的に細くする、そして感覚的にも細く見せる。死角がなくなるようにアウターミラーを配置する。そして、インパネの上面をできるだけ低くして、その上にあるディスプレイのポジションも下げるんです。私のドラポジから見てもディスプレイで前方の視界が妨害されるということがないんですね。
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和紙の触感は想定以上
――その方針をチームのメンバーの間でどうやって共有したんですか?
このクルマのよさは見晴らしのよさであるということを否定する人はいませんよね。思いが共有できれば、どうすべきかをそれぞれのメンバーが考えてくれる。インパネの上面を下げるために、通常はセンタークラスターの前面にあるオーディオのスイッチをコンソールの前方に移しました。アームレストを前方に長く持ってこられれば、私のように前のほうに座るドライバーでもアームレストが後ろ過ぎてヒジがかからないというようなことが起きない。そういうことを成り立たせるためにインテリアのデザイナー、人間工学、スイッチの設計、インパネの設計、それぞれのメンバーが徹底的に検討して作り上げてくれたんです。
――和紙をモチーフにした素材のダッシュボードはとても触り心地がいいですね。加古さんはもともと素材が専門分野だそうですが……。
内装や外装に使われるプラスチックなどを開発する部署にいました。どんな素材を使うとどんな仕上がりになるかはだいたい想定できますが、和紙の触感がここまで繊細に再現できたのは想定以上でした。和紙のようだけど和紙じゃないよね、どうやって作っているんだろう? と思ってもらえたらうれしいですね。
――そこにも意外性がある?
興味を持っていただくのが大事なポイントですから。
――UXにはどういう人に乗ってほしいですか?
狭く限定するわけではありませんが、ミレニアル世代のテックサビーと呼ばれる人たちのことは意識しました。デジタルネイティブで情報収集能力にたけていて、選択眼が自然に備わっている。高級品を買うより家具でも何でも自作するし、自分にとって何が大切かを考えて日々楽しく暮らしている。そういう人たちに選んでもらえるワクワクするようなクルマを作りたいという思いがあるので、クリエイティブ・アーバン・エクスプローラーというコンセプトなんです。
――UXの不思議なCMは、そのコンセプトを表現しているんですか?
あれって、意味がわからないうちに、「何? 何? 何?」といううちに終わるじゃないですか。それがミソです(笑)。みなさんの気に止まれば成功。登場している人たちがそのままターゲットのユーザー像ということではありませんよ。
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みんなの助けで実現できた
――女性視点ということはあまり言われたくないそうですね。
男性のチーフエンジニアに男性ならではの視点がどうかなんて聞きませんよね(笑)。ただ、女性が乗って気に入ってもらえるとは思いますよ。私は「LC」が好きなんですが、私が乗るとかなりシートを上げて前に出すことになり、外から見るとカッコ悪くなってしまうんです。UXは普通にドラポジをとって不自然にはならない。
――ほかにも女性が関わったことで違いが出たところがあるのでは?
かもしれませんね。男性のエンジニアに「僕だったらそこにはコストかけないな」と言われました(笑)。何にプライオリティーを置くかはチーフエンジニアによって違います。女性だからなのかどうかは自分ではわかりませんが、プライオリティーを置いたところがほかのクルマとは違うのであれば、それが私のやった印ということなのかな。
――クルマ作りの現場は圧倒的に男が多いんじゃないですか?
チーフエンジニアはまだ私だけですからね。社内の試乗会などで何十人も集まった時に、女性は私1人だったりすることがよくあります。エンジニアリングを勉強する女性が少ない上に、自動車会社で働くイメージがないんです。増えてくれるとうれしいんですけど。
――女性の働き場所としてトヨタはどうですか?
「トヨタでそのポジションは苦労するでしょ?」とよく聞かれるんですが、むしろ珍しがられて覚えてもらえます。トヨタには志が共有できれば助けてくれる風土があるので、本当にみんなに助けてもらってこのクルマができたと思っていますよ。女性ということよりも材料のエンジニアがチーフエンジニアをやっているということのほうがよっぽどタフ。普通はシャシー設計、ボディー設計、エンジン開発のエンジニアですから。
――でも、どの分野の専門家でもクルマのすべてをわかるわけではないから条件は同じですよね?
そうなんです。だから私も広く浅く理解できるように勉強するんですが、その上でわからないことはわからないと言う。みんながアイデアを出してくれますから、それを信頼すればいい。意地を張らずにわからないと言ったほうがうまくいきますよ(笑)。
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キーワードはセキュア
そんなUXのデザインはどのようにして生まれたのか。プロダクトチーフデザイナーの三木鉄雄さんに聞いた。
――高く見えるようにしろ、でも車高とヒップポイントを低くしろと、厳しい要求があったようですね。
加古が一方的に言ったわけじゃないから、覚悟してやりました(笑)。難しかったのは確かで、UXは「トヨタC-HR」よりも重心が低くなっていますから。ボディーを分厚く見せて中にいたらスペースを感じられるように工夫しました。
――最初はどういう方向性でデザインが始まったんですか?
このサイズ、このカテゴリーで最後発ですし、NXというクルマがありますからどういう違いを持たせるかというのが悩みどころでした。SUVが持っている力強さと走りのよさをどうやって融合させるか。“セキュア”というキーワードを見つけて、これだったら新しいものができるんじゃないかと思いましたね。SUVの持っている見晴らしのよさ、安心感、守られ感を走りのアジャイルというところとしっかり結び付ければいい。
――チーフエンジニアは新しいジャンルということを強調していました。
レクサスブランドとして出す意義、NXとの違いをどう表現するかなど、課題がたくさんありました。議論する中で、極端なものを突き詰めてかけ合わせたほうが面白いものができるんじゃないかという話になったんです。今までと違うチャレンジをしなければ、本当に新しいものは生まれないんじゃないか、と。
――具体的にはどういうところでしょう?
例えば、軽装甲車とレーシングカーです。軽装甲車というのは軍用のクルマで、どこの断面も六角形になっている。強い構造で、ぶつかっても壊れない。それとレーシングカーのアジャイルという面をかけ合わせるんです。UXのボディーは六角形的にできていて強さを見せ、凝縮した鉄のカタマリ感もある。そこにレーシングカーのリアスポイラーの要素を入れるんですね。
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“畑違いの仲間”が味方に
――言葉ではわかりますが、実際に形にするのは大変なのでは?
空力の実験や設計のメンバーと一緒にやっていて、彼らが味方になってくれたんです。リアスポイラーの形状で端のほうを上げると操縦安定性に効くんじゃないかと。デザイン的にも性能的にもやったほうがいいということになり、背中を押してもらえました。ホイールアーチをWRCのマシンのように前が丸くて後ろがストンと落ちる形状にしたのも、空気をいなしてうまく流すことにつながっています。
――クリエイティブ・アーバン・エクスプローラーということで、あまりいかつい感じにはしなかったんですね。
アーバンで、泥まみれではない。見た目の部分でSUVの要素が入っているとカッコいいし、ぶつかっても大丈夫という見え方であれば安心感があります。
――内装も同じテーマだったんですか?
セキュアということで、見晴らしをよくすることにはこだわりました。ヒップポイントは低いんですが、ダッシュボードの位置を下げることで見晴らしはよくなっています。中と外を連続して見せる工夫もしていますよ。ダッシュボードの最上部がボンネットフードと連なっているような見え方にしました。キャラクターラインとつなげて抜けのよさを見せるんです。三角窓もありますから、見晴らしがよくなります。
――女性のチーフエンジニアということで意識したことはありますか?
いや、特にないですね。たまたま女性だったというだけで。素材が専門ということのほうが珍しいですよ。やっぱり素材のマッチングについては厳しく言われました。質感の異なるシボなんかが混在しているのはダメですよね。しっかりと整理してシンプルにというのは強く言われました。もちろん僕らも同じ考えです。だから、いくら要求が厳しくても「もちろんやりますよ、当たり前じゃないですか!」って返していました(笑)。
(文=鈴木真人/写真=webCG/編集=関 顕也)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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