第544回:「Nシリーズ」の生産拠点を取材
ホンダの生産技術の最前線に迫る
2018.12.29
エディターから一言
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好調な販売を記録するホンダの軽自動車「Nシリーズ」。その生産を担うのが、三重県の鈴鹿製作所だ。1960年に誕生したホンダ3番目の国内工場は、「軽自動車とコンパクトカーの生産拠点」というだけにとどまらない、世界的にも重要な役割を担っていた。
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きっかけはリーマンショック
ホンダの大ヒット軽自動車、Nシリーズの生まれ故郷である鈴鹿製作所の見学会が実施された。鈴鹿サーキットで有名な三重県鈴鹿市にあるホンダ車の生産拠点である。その歴史は1960年に始まり、ホンダ国内3番目の工場として設立。当初はスーパーカブの量産工場であったが、1967年より四輪車の生産も開始。「TN360」や初代「シビック」など、さまざまなホンダ車を世に送り出してきた。2004年から生産終了まで、初代「NSX」と「S2000」の製造を担当した工場でもある。現在は、「フィット」と「シャトル」の小型登録車、軽自動車のNシリーズの生産を担っており、ホンダスモールカーの故郷といえる場所となっている。
鈴鹿製作所が小型車に特化したクルマづくりを行うようになったのは、2011年に立ち上げられた「SKIプロジェクト」に始まる。これは鈴鹿・軽・イノベーション(革新)の頭文字を取ったもので、ひと言で言えば「鈴鹿製作所をホンダの軽自動車会社にしよう」という取り組みである。設計、購買、生産、営業というクルマづくりに必要な設備と人材を鈴鹿製作所に集約することで、迅速な開発と低コストのクルマづくりを目指したのである。この取り組みで生まれたのが、ホンダの新世代軽自動車、Nシリーズというわけだ。
取り組みのきっかけは、2008年のリーマンショック。当時、日本のメーカーは長引く不況で製品の消費地を海外に依存するようになっていた。しかし、リーマンショックは震源地の米国のみならず、世界的な大不況へと発展。物が売れない時代が到来した。このままでは国内生産を維持することが難しくなると考えたホンダは、鈴鹿製作所を軽自動車に特化させる道を選んだのである。
生産工程の端々に見られる改善のポイント
もちろん、いきなり“SKI体制”に全面刷新となったわけではない。2011年発売の初代「N-BOX」、2013年発売の「N-WGN」と段階を踏んで進められ、2014年発売の「N-BOXスラッシュ」から本格的に、オール鈴鹿体制となった。そして新型N-BOXから始まった第2世代は、第1世代で完成された「メイド・イン・鈴鹿」体制に加え、生産の効率化を高めるべく工場の進化にも取り組んだ。今回の工場見学のハイライトは、新世代NシリーズのN-BOXと「N-VAN」のために導入された新製造ラインだ。
新生産ラインのコンセプトは、「シンプルなプロセス」「コンパクトな設備」「人に優しい工程」の3点だ。溶接工場では、ボディー各部をつなぎ合わせてモノコックボディーを作り上げ、そこに外装パネルを組み付けたホワイトボディーまでを仕上げる。この後に塗装を施すわけだ。危険な溶接作業や外装パネルの装着は、ほぼ自動化されており、ロボットアームが器用な動きを見せ、てきぱきと作業を進めていく。生産効率を意識した設計とラインの組み合わせにより、工程のプロセスと新車種対応時の工場投資を約半分にまで圧縮したというから驚く。
ただ、自動化による人員削減は2~3割程度と、思ったほど多くない。実は、ここも高品質な軽自動車づくりのポイントで、メンテナンスや調整など、フレキシブルな対応が必要な部分には、従来同様しっかりと鈴鹿製作所の職人たちが生かされているというわけだ。さらに新技術導入にも積極的で、例えば溶接にレーザーブレージングを取り入れることで、N-BOXとN-VANでは、ホンダ車初の“モヒカンレスルーフ”(モールレスのルーフ)を実現している。ツルンとしたルーフは、“新世代N”の証しというわけだ。
幅広いラインナップの混流生産を目指す
次の工程を請け負う組立工場でも、さまざまな改善が図られていた。ポイントは、徹底した共有化だ。第2世代Nシリーズでは、メインの製造ラインにおけるプロセスをすべて共有化することで、ラインプロセスを短縮し、生産効率を高めている。現状でこの新しいプロセスを適用しているのはN-BOXとN-VANのみだが、この2車種だけでも両車の構造が異なる部分や部品は多い。そこで以前からある大型モジュールを組み立てる「サブライン」に加え、そのサブラインをサポートするフレキシブルな対応が可能な「サブサブライン」を増設。車種別に細かな仕様の違いがある箇所をサブサブラインに抜き出すことで、メインラインを短縮化させたのである。これなら、今後登場する他の第2世代モデルにも、同様のラインでスムーズに対応できるというわけだ。
細やかな作業が多い組立工程では、まだ圧倒的に人が主役だ。このため、スタッフが快適に作業を進められるよう、工場にはいくつもの改善が盛り込まれている。例えば、無理な姿勢で作業をさせないための、高さ調整可能な作業台の導入などもその一例だ。また新システムとして、ひとつのモジュールに使う部品のみをひとつの台車にそろえて運び、製造ラインに届ける部品供給システムも導入された。これだと作業者は、部品を選び取る必要がなく、作業の段階も一目で確認でき、作業時間の短縮や疲労低減の効果がある。
ホンダの“ものづくり”を支える重要拠点
SKIが積極的に製造ラインの大幅改善や新技術導入を行うのは、何もNシリーズのためだけではない。SKIにより小回りが利く体制を生かし、生産現場におけるノウハウや生産技術の基礎開発も担っているのだ。鈴鹿製作所をリアルな実験の場と見立て、ここで成果を上げたものが世界中の工場に水平展開されるのである。“小型車専門”“内需メイン”となった鈴鹿製作所だが、その役割はホンダによるものづくりの要ともなっている。
ただ忘れてはならないのは、その中心を担うのが“人”であることだ。自動化を進める一方で、ホンダのものづくりを守る人材育成も続けられている。このため、将来的には(技術的には可能であろう)完全自動化をゴールとはしないという。
またNシリーズの開発を統括する白戸清成氏は、鈴鹿製作所にすべてを集約した最大のメリットについて「皆が机を並べる」ようになったことだと述べた。クリアしたい目標や課題について、より密にコミュニケーションをとることで相互協力が強くなり、これまで以上の力を発揮できるようになる。まさに『下町ロケット』の世界だ。
ホンダの軽自動車は、正直、安くはない。それでもスズキやダイハツのクルマを差し置いて、新型N-BOXは発売より15カ月連続で販売台数ナンバーワン(2018年11月時点)、初代を含めると3年連続で軽自動車の年間販売トップに輝いている。これこそ「メイド・イン・鈴鹿」の成果なのだ。現在も、第2世代Nシリーズの新型車の開発が鈴鹿製作所で進められている。これはNを超えるNを生み出す戦いであるとともに、日本のものづくりを守る戦いでもあるといえるだろう。
(文=大音安弘/写真=本田技研工業/編集=堀田剛資)

大音 安弘
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