ダイハツ・タント 開発者インタビュー
高いレベルの戦いです 2019.06.11 試乗記 ダイハツ工業車両開発本部 製品企画部
エグゼクティブチーフエンジニア
南出洋志(みなみで ひろし)さん
ダイハツが掲げる新しいクルマづくり「DNGA」。そのもとに開発された新型「タント」は、まさに次世代商品群の旗手となるモデルだ。このクルマに注がれた新技術の数々と、将来を見据えたダイハツの技術戦略について、DNGAを統括するエンジニアに話を聞いた。
売れ筋モデルでDNGAを初採用
4代目となるタントは、いうまでもなくダイハツの基幹車種である。売れ筋がハイトワゴンからスーパーハイトワゴンに移行し、ライバルの「ホンダN-BOX」や「スズキ・スペーシア」と激しい販売競争を戦わなければならない。これから激戦区に臨む意気込みを聞いた。
――新プラットフォームをまずタントで採用したのは、それだけダイハツにとって重要なモデルだからでしょうか?
ダイハツの軽自動車は、「ミラ イース」「ムーヴ」そしてタントが3本柱です。この3台は需要が多いので、まずタントでDNGAを使った新しいクルマづくりをすることになりました。
――DNGAという言葉はかなり前から使っていましたが、今回が本格的な適用ということですか?
3年ほど前からですね。トヨタの完全子会社になったときの会見で、当時の三井正則社長が使いました。豊田章男社長から「TNGAじゃなくてDNGAだね」と耳打ちされたんです(笑)。まあ、最初は言葉だけだったんですが、ちょうど新世代の技術開発を進めていたタイミングでした。
――トヨタのエンジニアにTNGAについて聞くと、「クルマづくりの構造改革」とか「もっといいクルマづくりのフィロソフィー」とか、いろいろな答えが返ってきます。DNGAはどうなんでしょう?
これもなかなか難しくて……。2025年に向けた中長期経営シナリオ「D-Challenge 2025」の中で、“モノづくり”と“コトづくり”をしっかりやると決めたんです。そうやって、ダイハツブランドを高めていく。コトづくりというのは、「らくぴた送迎」の提供をはじめとした介護支援や、バドミントンなどのスポーツや文化の活動です。モノづくりに関する考え方がDNGAですね。
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HVやEVもしっかりと勉強
――TNGAと同じように、DNGAもプラットフォームのことではない?
プラットフォームだけじゃなく、開発も製造も調達も含めています。事業構造と戦略も入りますね。ダイハツは軽自動車が原点ですから、軽を起点にしてAセグメント、Bセグメントのモデルまでつくっていくことになります。中でも軽は条件が最も厳しいですから、ここをクリアすればAセグBセグでも戦えるわけです。「最小単位を極める」ということを言っていて、1mm、1g、1円、1秒にこだわる。小は大を兼ねるという考えです。
――「Light you up」というスローガンもありますね。
日本が先行していますが、ダイハツグループ全体のグローバルなスローガンです。モノづくりとコトづくりが合わさって、ライトユーアップということになります。
――次世代プラットフォームということは、ハイブリッド化や電気自動車化にも対応することを考えているんでしょうか?
具体的にいつになるかはわかりませんが、そういう技術に対応していかなければならないのは確かです。この先も規制がどうなるのか、税金優遇が変わるのかなど、不確定な要素がたくさんあります。いざという時にモーターが積めないということでは致命的ですからね。まずはコンベンショナルなエンジンの技術を磨き、電動化についてもしっかりと勉強していきます。
17年ぶりにすべてを一新
――エンジンも新しくなったんですね。
ボルトとキャップ以外は全部変わりました。ただ、型式名は同じなんですよ。ボアストロークとボア間ピッチが一緒なので、名前は変えられない。見た目でも区別はつきにくいんですが、中身は別物です。シリンダーもピストンも全部違います。エンジン単体では14年ぶり、プラットフォームも含めると17年ぶりの変更ですね。
――エンジンとプラットフォームを同時に一新するというのは、リスクもあるような……。
これから先を見据えると、今やらなければならなかったんです。走りと燃費のどちらもよくするには、全部変えるしかありません。他社さんは新しいデバイスを使って性能を上げていますが、われわれは燃焼そのものをよくすることを目指しました。燃焼室の表面積を少なくするために半球形に近づけたり、ピストンの凹凸をなくしてツルツルにしたり。1本のプラグを2回発火させて燃焼を速くする技術も使いました。
――トランスミッションも新しくなっていますね。
ベルトとプーリーでの変速に、遊星ギアでの変速を組み合わせています。変速比の幅を広げて燃費と動力性能を両方アップさせることを目指しました。40km/hや50km/hといった中高速域まではベルトとプーリーのみで、それ以上になると遊星ギアも使うようになります。
――かつてはコンマいくつで燃費を競っていましたが、やはり燃費は大切ですか?
あれは初代ミラ イースでダイハツが仕掛けたんです。「ハイブリッド並みの燃費をハイブリッドの半分の価格で」とアピールしたら、ライバルが激しく反応して競争になりました。チキンレースと言われましたよ(笑)。それが続いて、あるところでお客さまも飽き飽きしてしまったんです。カタログ値が30km/リッターを超えて、実用燃費でも20km/リッターを記録していましたから、もう十分ということだったんでしょう。2代目ミラ イースでは燃費の看板をおろして走りのよさを前面に出すと、それが受け入れられました。
高齢化で安全・安心が重要に
――今はむしろ安全装備に関心が向いているようですね。
2代目ミラ イースでは走りとともに安全・安心を掲げました。ステレオカメラを使った世界最小のシステムで衝突回避ができるということが旗印になったんです。スマートアシストを搭載したクルマは、合計200万台を超えました。高齢化社会で、安全・安心への期待がふくらんでいることを肌で感じます。
――タントは子育てファミリー層や高齢者のユーザーが多いと聞きます。
特に地方で多くお買い上げいただいています。公共交通機関が間引かれている地域が増えました。電車がなくなり、バスが1日に2回か3回しか通らない場所もあります。移動を守るということを考えると、軽が果たしている役割は大きいと思いますよ。地方に行くほど高齢者の方が多くなりますから、安心して乗ってほしいですね。
――アダプティブクルーズコントロール(ACC)が付きましたが、需要が多いんでしょうか?
もちろん、軽でも長距離を走る時にはACCはありがたい装備ですからね。加えて、将来の自動運転を目指す過程で、こういう技術を手の内化することは大切です。遅れてしまうと、その先はありません。
――自動パーキングもありますし、いろいろな技術が詰まった新型タントはダイハツの今後にとって重要なモデルですね。
私がいる第1企画は、国内の軽と小型車を担当しており、3本柱のほかに「ムーヴ キャンバス」とか小型車の「ブーン」「トール」などもあります。チーフエンジニアが3人いまして、私は全体を見る統括責任者ですね。それぞれのモデルが食い合わないようにしつつ、統一したブランドイメージをつくる必要があります。バラバラだと味が変わって狙いがブレますから。DNGAを使った最初のモデルとして、タントはいい仕上がりになりました。他社さんのクルマも強敵ですから、高いレベルの戦いですね。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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