カーガイの魂よ永遠なれ
アメリカの巨星 アイアコッカの偉業を振り返る
2019.07.15
デイリーコラム
2大メーカーで要職を歴任した傑物
2019年7月2日、アメリカ自動車業界に多大なる功績を残した巨星が、またひとり世を去った。リド・アンソニー・アイアコッカという本名よりも、リー・アイアコッカという愛称のほうが広く知られているだろう。かつて「ビッグスリー」と呼ばれたアメリカの自動車メーカーのうち、フォードとクライスラーで要職を務め、いずれも会社を隆盛に導いた実績を持つ。同時にフォード、クライスラーのいずれにおいても袂(たもと)を分かつように会社を去っており、その経営方針には豪腕ゆえに独善主義的な部分もあったことがうかがえる。
アイアコッカ(IACOCCA)というアメリカでは非常に珍しい名前が示すように、彼のルーツはイタリアにある。1924年にイタリアからの移民である父のもとに生まれ、比較的裕福な家庭であったために大学だけでなく大学院まで進み工学を学んだ。そして第2次世界大戦後の1946年、当時世界第2位の規模を誇っていたフォード・モーター・カンパニーへ入社する。
氏のユニークなところは、後年に自動車殿堂入りするほどの功労者でありながら、レーシングドライバーでも、エンジニアリングを極めた開発者でもなかった点だ。大学院で修士号を獲得するほど理系で学びながら、フォード入社後は自らセールス分野を志望して好成績をおさめ、セールス部門の出世街道をまい進。1960年にはフォード部門の総支配人兼副社長となる。
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「フォード・マスタング」がもたらした名声
フォード部門の実質的トップに就いたアイアコッカ氏は、ベビーブーマー世代に向けたスペシャリティークーペ「マスタング」の開発責任者として商品企画や営業面を統括。マスタングはスポーティーなフォルムや性能、低価格、そしてフルチョイスシステムと名付けられた多彩なオプション群も相まって大ベストセラーとなり、彼の名声を高める大きな要因となった。
マスタングの成功を経て、アイアコッカ氏は1965年にフォードだけでなくマーキュリーとリンカーン両部門の副社長に就任。それらの立て直しに成功すると、1970年には40代半ばにしてフォード・モーター・カンパニーの社長に就任した。
社長就任後も、新世代小型車「フィエスタ」を発表するなど意欲的に働くかたわら、イタリアのスポーツカーメーカーであるデ・トマソと協業して「デ・トマソ・パンテーラ」を開発・発売する。ただ、イタリアンデザインのボディーにフォードV8を搭載したパンテーラは、スーパーカーブームの最中にあっても異端の存在で、結局のところフォードに大きな利益をもたらすことはなかった。むしろ、彼のルーツであるイタリアの自動車メーカーへの利益誘導だと指摘する声が出るなど、フォード社内における風向きを変える一因となってしまった。
アイアコッカ氏が社長を務めていた当時のフォード・モーター・カンパニーは、創業者ヘンリー・フォードの孫にあたるフォード2世が会長として君臨していた。2人の関係は最初こそ良好だったものの、やがて不協和音が出始め、それが1970年代後半には修復できないほどの亀裂となっていた。1978年にアイアコッカ氏は32年間勤めたフォードを解雇されてしまう。
ひん死のクライスラーを再生に導く
しかし彼の辣腕(らつわん)ぶりを評価する声は多く、フォード社長を解任された直後の1978年11月にはクライスラーの社長に就任。翌1979年9月には会長の座に就いた。当時、ビッグスリーと呼ばれていたアメリカの3つの自動車メーカーだが、ゼネラルモーターズやフォードに比べてクライスラーの事業規模は小さく、さらに1970年代後半には2度のオイルショックで新車需要が落ち込んでいたこともあり、クライスラーは破綻の危機にあった。
そこでアイアコッカ氏は、会長就任直後にアメリカ政府から15億ドルの債務保証を取り付け、また自身の給与を1ドルに引き下げるなどコスト削減を推進。製品のラインナップも、大排気量エンジン車を中心としたものから転換を図った。これらの施策は1980年代に入ると実を結び始め、1981年には「プリムス・リライアント」や「ダッジ・アリエス」「ダッジ400」といった新世代の小型車が大ヒットとなる。さらに1983年には「ダッジ・キャラバン/プリムス・ボイジャー」を発表。この兄弟車はアメリカ市場にミニバンブームを巻き起こした。そしてこれらの成功により、クライスラーは黒字化された。
破綻の危機にあったクライスラーを復活させたことは、数十万人のアメリカ人の雇用を守ることとなった。リー・アイアコッカ氏は会社再建のために「コスト削減」を掲げつつ、従業員の雇用を守ったうえで立て直しに成功。アメリカ実業界においても英雄と呼ばれることになる。
1980年代に入ってもクライスラーの業績は好調を保ち、アイアコッカ氏は日本の三菱自動車との提携をまとめたり、ジープブランドを持つアメリカン・モーターズを買収し、同ブランドをクライスラーの稼ぎ頭に成長させるなど腕を振るった。
1980年代後半になっても拡大路線は変わらず、イタリアのランボルギーニ社や、さらにはビジネスジェットの製造メーカーをも買収。しかし、行きすぎた拡大路線には社内からも反対の声が大きくなり、1992年に彼はクライスラーを退職することとなった。
その後、1994年にはそれまでの功績がたたえられてアメリカの自動車殿堂入りを果たすが、彼のクルマに向ける情熱は冷めやらず、1999年には電気自動車のメーカーを立ち上げるなどして、自動車製造業に関わり続けた。
自動車大国の歴史を彩るカーガイの一人
自動車メーカーで出世街道をひた走り、フォードとクライスラーという2大メーカーで要職を務めたリー・アイアコッカ氏。その経営哲学は1984年に出版された『アイアコッカ ‐ 我が闘魂の経営』にまとめられている。この自叙伝は世界的なベストセラーになり、日本でもビジネス書として高く評価されている。最終的には追われるような形で会社を去ることになったものの、一人の営業マンが社長まで昇り詰め、さらにライバルメーカーに移籍し業績をV字回復させるというストーリーは、大げさでなく映画のようでもある。
また、アメリカにおける成功した実業家の例にもれず、アイアコッカ氏も慈善事業に積極的だった。クライスラーを経営危機から救った1982年には、当時のロナルド・レーガン大統領からの依頼で、ニューヨークの自由の女神像を修復する基金の代表を務めた。また1983年に妻のメアリーを糖尿病で亡くしたことから、糖尿病克服のための財団を設立、代表を務めるなど精力的に活動した。
アメリカは依然として世界的な自動車大国だが、2度にわたる石油危機や長期的な製造業の衰退、大規模な金融危機と、その歴史は決して安穏としたものではなかった。それでも、自動車産業がこの国のひとつのよりどころであり続けてきたのは、アイアコッカ氏をはじめとした“カーガイ”たちの功績によるところが大きい。彼は著名なレーサーでもエンジニアでもなかったが、未来を見通す先見性や、信念、そして経営者としての絶え間ない努力によって、アメリカ自動車業界を代表する人物となったのだ。
(文=佐橋健太郎/写真=FCA、フォード/編集=堀田剛資)
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佐橋 健太郎
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