メルセデス・ベンツEQC400 4MATIC(4WD)
電気で走るメルセデス 2019.12.26 試乗記 エンジン車にそん色のない機能性と、電動4WDならではの新しいドライブフィール……。メルセデス・ベンツがリリースしたブランド初の電気自動車(EV)「EQC」には、“エコ”以外の点でも積極的に選ばれるに足る、高い商品力が備わっていた。クルマの基礎は「GLC」と共用
メルセデスは同社初の量産市販のEVに、ご覧のとおり、ミドルクラスSUVのパッケージを選んだ。知っている人も多いように、このクルマは世界的な売れ筋メルセデスである「GLC」と車体と生産ラインを共有する。
欧州メーカーの間では最近、EVをゼロから専用新開発したり、そのために専用生産ラインどころか専用工場まで新設したり……という豪気なハナシも多い。そこには域内のクルマを強引にEVへと移行させようとしているEU当局の影響も大なのだが、それがうまくいくかは、最終的に「売れるかどうか」である。行政や供給側がいかに笛を吹こうとも、市場が踊ってくれなければ普及させることはできないし、そこに投資しすぎた企業の経営は行き詰まってしまうだろう。
その意味では、メルセデスのEV戦略はとても現実的に見える。ただでさえ新規開発コストのかかるEVゆえに、既存のエンジン車と共有できる部分は共用する……という態度は、金銭的にも、またクルマとしての完成度を担保する意味でも、リスク管理のやりかたとしては悪くないように思える。
EVにかぎらず、日本メーカーがまったくの新技術商品を手がけるときには「なにがなんでも、まずはセダンから」とこだわるケースも少なくない。その理由をきくと「セダンは自動車の基本形。セダンで通用する技術なら、ほかの車体形式にもすぐ応用できる」と説明される。しかし、このご時世に、わざわざセダンを選ぶ時点で「しょせん売る気がないのでは!?」と思ってしまうのも事実である。それに、背が高く室内が広いSUVのほうがハードウエアの汎用性が高く、EVにかぎらず新技術も仕込みやすい。
もはや航続距離にストレスは感じない
実際、EQCの空間的な使い勝手が、GLCからほとんど犠牲になっていない点は感心する。80kWhというEQCのリチウムイオン電池は「日産リーフe+」のそれ(62kWh)より大きい。ただ、その電池がリーフより余裕のあるフロアに薄く広く敷き詰められることもあって、体感的な居住性ではGLCと選ぶところがない。荷室容量はGLCより50リッターほど小さいが、明確な差はそれだけだ。
インテリアはEQC専用デザインで、ダッシュボードがジャージー風の新素材に包まれるのも新しいが、立派なセンターコンソールに囲まれる運転環境はGLCに酷似する。GLCでは縦置き変速機やプロペラシャフトがおさまるセンタートンネル空間も、EQCで細かいユニットを詰め込むのに重宝したようだ。
EQCがうたう航続距離は400km。それは最新のWLTCモードでの数値であり、しかも今回の取材時期が強力な冷暖房を要しない11月初旬だったからか、少なくとも350km以上は軽い……というリアルな実感があった。
それにしても「航続400kmとなると電池ストレスも一気に低減する」というのが、いつわらざる本音である。たとえば東京を基点とすると、箱根なら現地であちこち走り回ってそのまま帰って来られるし、草津、那須、清里なども射程圏内に入る。350~400kmとは、一般的な“日帰りドライブ観光”を無充電でこなせる距離なのだ。自宅できちんと満充電できる環境なら、普通の使いかたで急速充電が必要となるケースはほとんどないと思われる。
ただ、ここまでくると、現代ニッポンにおける急速充電インフラのレベルが逆にストレスになるかもしれない。いま国内で普及しているのは50kW級の急速充電器(EQC自体も現状はそれ以上の高出力充電器には未対応)である。個別の充電器性能やバッテリー残量によって変わるが、今回は3度ほどやってみた急速充電で増やせた航続距離は、50~60kmほどだろうか。航続200kmならそれでもありがたいが、400kmに対しての50kmは「30分も待たせてこれだけかよ!?」と、あらぬ(?)イライラも発生しかねない。現在の急速充電インフラの費用対効果ならぬ精神的な“時間対効果”は、EQCにはちょっと物足りないのだ。初代リーフの発売から約10年、隔世の感である……。
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大事にしたのは「違和感のなさ」
EQCは“エンジン車から乗り換えても違和感がないEV”が最大のテーマだったそうで、それは前記のパッケージレイアウトだけでなく、乗り味にもあらわれている。
メルセデスによると、通常のDレンジで内燃機関のエンジンブレーキと同等の減速感を表現したというが、実際はそれよりも小気味よい。個人的には、走行モードを少し加速が穏やかになるエコモードに入れると、エンジン車の感覚が染みついた身体にちょうどよかった。
こうしたパワートレインのキャラクターを、制御でいかように設定できるのもEVの利点である。EQCでもパドル操作によって“エンブレ”の利き具合を4段階から選ぶことが可能で、回生なしの「D-」ではわずかな下り勾配でもどんどん加速していく(笑)ほど抵抗が小さい。逆に、エンブレ最強の「D++」であろうと、一部メーカーが提唱するワンペダルドライブまで踏み込まないのも、「違和感なし」の開発テーマに沿った意図的なものだという。
EQCの走り味は「パワフル、静か、乗り心地よし」である。主に加速特性が変わる走行モードでエコ、コンフォート、スポーツのどれを選んでも、最大加速では身体がのけぞる。それなのに静粛性はトップレベルといってよく、EVで目立ちがちなロードノイズに類するものも印象的なほど小さい。
乗り心地も重厚でソフトタッチ。80~100km/hで高速目地段差を乗り越えるときのしなやかさや剛性感は素晴らしい。それでいながら、パワーステアリングやパワートレインの巧妙な制御により、身のこなしは軽快で、実際以上にクルマを軽く小さく感じる瞬間がある。
ただ、それはあくまで限界のかなり手前の領域にかぎられる。旋回速度が上がったり、凹凸が連続するような路面を走ったりすると、いきなり足もとがドシバタと暴れるクセがあるのは事実。このサイズで2.5tという車重はエンジン車ではちょっとない領域であり、現在のタイヤ技術ではまだ過酷な面があるのだろう。
電動四駆の新しいドライブフィール
EQCが前後2モーターによる4WDなのは「SUVだから」という商品イメージのためでもあるはずだ。しかし、webCGでもリポートしている日産の「EV四輪制御技術」の取材で日産の若きEV技術者にうかがったところでは、今後のEVはジャンルを問わず4WDが基本形になっていくらしい。
電動モーターはそれこそ個々のタイヤに内蔵できるほどの小型化が可能であり、「原動機は1台に1個」というのは複雑でかさばる内燃機関時代の凝り固まった常識でしかない。4本あるタイヤを1本でも空転させておくことは、加速(駆動制御)と減速(回生制御)のどちらから見ても、おおいなるムダだという。
ディスプレイの駆動表示を見るかぎり、EQCは市街地での発進や巡航ではFF、そこからアクセルペダルを半分以上踏み込んだときには4WD……というのが基本のようだ。ただ、それもあくまで単純な発進や減速における話で、一定以上の車速となってステアリングを切るような機動状態に入ると、ほぼ前後トルク配分は自在に大きく変化させているようだ。
そもそも、ここでのFFや4WD、トルク配分という単語自体も、クルマの一等地にエンジンがどんと鎮座して、それに直結する主駆動輪があって、四輪駆動ではそこから枝分かれした副駆動輪も回して……という旧来の常識にとらわれた表現である。
実際のEQCの走りも、アクセルペダルを積極的に踏んでいくと、いつしかリアタイヤが張り出しながら蹴っている。これは旧来の表現でいうとFRっぽい動きなのだが、いついかなるときも滑らかに進行していく有機的な回頭性は、そもそもFFベースだのFRベースだのという概念とはちょっとちがう。
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このクルマなら“商品力”で勝負できる
走行モードをスポーツモードにして、右足を積極的に踏み込んでいくと、さすがは高性能EV、すさまじくリニアで強力なピックアップ感を味わえる。この期におよぶと、いよいよ床下バッテリーの低重心が生きて、4輪が路面にべったりと張りつく。
絶妙な前後駆動制御によるEQCのヨーコントロールはあくまで滑らかで、いつでも最後はシレッと絵に描いたようなニュートラル姿勢におさまる。そこにアンダーからオーバー(あるいはオーバーからアンダー)に転じる“乗り越え感”がこれっぽっちもないことは、いかに優秀な内燃機関4WDにも存在しない、EVならではの美点だろう。
最新のアダプティブクルーズコントロール(ACC)やレーンキープアシストによる“半自動運転”機能は、もちろんEQCにも備わる。クラッチもアイドルストップも存在しないEQCは、周囲の交通の流れが止まればピタリと停止して、周囲が再び動き出せば無音・無振動のままスルリと再発進する。滑らかな加減速はステアリング制御にも好影響で、車線維持マナーは同じ車体のGLCよりも明らかにうまい気がする。EQCでは、自動運転とEVの親和性をあらためて実感した。
この1000万円超の高級EVの購入に実際に踏み切れるユーザーは、充電設備つきのガレージをもち、クルマを複数台所有する(あるいはイザというときには自家用車以外の移動手段がある)富裕層……というのが現実と思われる。そこで想定される用途ならEQCの性能でなんら不足も違和感もなく、普段は航続距離にもまったく無意識でいられるだろう。セレブなお使いグルマに徹するなら、ガソリンスタンドにいく必要もない。それでいて、ちょっとムチを入れればEVならではの新鮮な走行感覚も味わえるし、“メルセデスのEV”という記号性も安心かつ自慢できる要因だ。カタログモデルの正式上陸は2020年春というEQCだが、リアルで分かりやすい商品性はさすがである。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツEQC400 4MATIC
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4770×1925×1625mm
ホイールベース:2875mm
車重:2500kg
駆動方式:4WD
モーター:交流誘導電動機
フロントモーター最高出力:--PS(--kW)/--rpm
フロントモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)/--rpm
リアモーター最高出力:--PS(--kW)/--rpm
リアモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)/--rpm
システム最高出力:408PS(300kW)/4160rpm
システム最大トルク:765N・m(78.0kgf・m)/0-3560rpm
タイヤ:(前)235/50R20 104Y XL/(後)255/45R20 105Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 SUV)
一充電最大走行可能距離:400km(WLTCモード)
交流電力量消費率:245Wh/km(約4.1km/kWh、WLTCモード)※
価格:1080万円/テスト車=1093万円
オプション装備:スペシャルメタリックペイント<ダイヤモンドホワイト>(13万円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1319km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:338.6km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:4.4km/kWh(車載電費計)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。