第66回:道を照らす デザインを変える
燃焼式からLEDに至るヘッドライトの進化
2020.01.16
自動車ヒストリー
夜間のドライブに欠かせない安全装備のヘッドライト。燃焼式のランプから始まったこの装置は、どのような進化を経て今日に至っているのか? クルマの安全性やデザインを変えたエポックメイキングな技術とともに、その歴史を振り返る。
初期は灯油やアセチレンのランプ
2015年のフランクフルトモーターショーでアウディがアピールした技術のひとつに、新しい照明装置がある。出展したコンセプトカーに、オーガニックLEDを採用したのである。1000分の1mm以下の層を積み重ねてつくるため、デザインの自由度が高い。消費電力が小さく、ほとんど発熱しないという特性を持つ。
モーターショーで大々的に発表したのは、自動車にとって照明技術が重要な意義を持っていることの表れだ。アウディはマトリクスLEDヘッドライトやレーザーハイビームなどを立て続けに採用し、技術的な優位性を主張している。エンジンやトランスミッション、サスペンションといった中核技術に比べると地味に見えるが、実は照明技術は、自動車の走行性能や安全性、さらにはデザインにも大きな影響を与えている。
初期の自動車には照明は付属していなかったが、夜間に走行するうえで道を照らす装置が必要となるのは自明だった。最初に採用されたのは、灯油を用いたランプである。より明るいアセチレンランプが取って代わったが、火を使うことには変わりがない。カーバイドと水を反応させてアセチレンを発生させて燃焼させるわけで、安全性の面では不安が残る。点火作業のわずらわしさもあり、電気式ヘッドライトが登場すると、燃焼式のランプは姿を消した。
ただ、電灯をヘッドライトに使用するのは簡単なことではなかった。白熱電球は1879年にトーマス・エジソンによって実用化されていたが、耐久性に乏しかったからだ。当時はダイナモの性能が低く、安定した電流の供給も課題となっていた。電気自動車には比較的早く装着されていたが、ガソリンエンジン車に電気式ヘッドライトが付けられるようになったのは1910年頃である。
白熱電球からハロゲン、HIDへ
1919年には、フランスで自動車用ヘッドライト専用工場のプロジェクチュル・シビエが設立される。一日に100個という量産体制を整え、プジョーやシトロエンに製品を供給した。
白熱電球を使ったヘッドライトは燃焼式に比べて飛躍的に利便性が高まったが、弱点もあった。発光体のタングステンが高熱で昇華し、ガラスの内側に付着して黒ずんでくるのだ。使用しているうちに次第に暗くなり、十分な照度を得られなくなってしまう。
この問題を解決したのが、ハロゲンランプである。フィラメントにタングステンを使うのは同じだが、電球内に不活性ガスの窒素やアルゴンのほかにハロゲンガスを封入している。ガラスに付着したタングステンはハロゲンと化合し、再びフィラメントに戻る。自己再生能力を持つことで長寿命を実現したのだ。フィラメントの温度を高く設定できるので、白熱電球より明るくて白い光を発するのも特長だった。
白熱電球やハロゲンランプとはまったく異なる発光方式を持つのが、ディスチャージヘッドライトである。HID、キセノンランプなどと呼ばれることもある。フィラメントを使わず、電極間の放電を利用して発光する。ネオンや蛍光灯と似た仕組みで、バルブ内にはキセノンガス、水銀、ハロゲン化金属などが封入されている。ハロゲンランプより消費電力が少なく、コンパクトな設計ができるメリットがある。消耗品のフィラメントを使わないので、耐久性も高い。
ただし、点灯時には瞬間的に高電圧が必要で、昇圧のためのユニットを用意しなければならない。ライト本体がコンパクトでも、システム全体としては場所をとってしまうこともある。スイッチを入れてから本来の明るさになるまでに時間がかかり、色温度を安定させるのにも工夫が必要だった。コストも高くなりがちだったが、1991年にBMWが「7シリーズ」に採用したのを皮切りに、高級車を中心に普及が進んでいった。
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規格化に対抗したリトラクタブル
ヘッドライトは、長い間丸型であることが常識だった。電球と反射鏡、レンズという3つの部品で構成されるライトは、丸型が最もシンプルでつくりやすかったのだ。すべてを一体化したのが、シールドビームと呼ばれるタイプである。大量生産に向き、互換性を持たせることができる。故障した場合の交換も容易だった。
アメリカでは1940年から規格化され、1983年まで新車への採用が義務付けられていた。日本車やヨーロッパ車も、アメリカ輸出用のモデルには規格に合ったシールドビームを装着しなければならなかったのだ。低価格化には有利だが、デザイン面では制約になってしまう。ヨーロッパでは、1960年頃から角型ヘッドライトが登場している。アメリカでも1970年代に角型シールドビームの規格が定められた。
1984年にアメリカでバルブ交換式を条件に規制が緩められると、さまざまな異型ヘッドライトが現れるようになった。トレンドを決定づけたのは、1995年に発売された「メルセデス・ベンツEクラス」である。楕円(だえん)形を2つ並べたヘッドライトは斬新で、保守的だと思われていたメルセデスが思い切ったデザインを採用したことが驚きを持って迎えられた。
規格を守ったまま新しいヘッドライトの形状を追求する試みもあった。ユニットごと格納式にしたリトラクタブルヘッドライトである。古くは1930年代に採用例があるが、本格的に流行したのは1960年代からだ。ノーズを低くすることができるため、スポーツカーによく装着され、ロータスやフェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェなどに多く採用された。日本では「トヨタ2000GT」で初めて採用され、「トヨタ・セリカ」「ユーノス・ロードスター」「ホンダNSX」などもよく知られている例だ。
現在では、リトラクタブルヘッドライトを装着しているモデルは消滅してしまった。空力的に有利なようでも、格納時以外ではむしろ悪化するという事実があり、開閉機構が重量増につながってしまうのも弱点となる。異型ヘッドライトを使えるようになったことで、デザイン上の役割も小さくなった。何よりも衝突時の安全性に問題があることが泣きどころで、日本では3代目「マツダRX-7」を最後につくられていない。
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デザインの自由度を上げたLED
2007年に世界で初めてLEDヘッドライトを搭載したのは、「レクサスLS600h」である。LEDは発光ダイオードという半導体素子を利用した照明だ。1962年にはすでに開発されていたが、当時は赤色のものしかつくれなかった。困難だった青色LEDの研究には日本人が大きな業績を残しており、2014年に研究者らがノーベル化学賞を受賞している。これによって白色LEDが実現し、ヘッドライトとしての利用が可能になった。
LEDはディスチャージヘッドライトよりさらに消費電力や発熱が少なく、寿命が長い。応答性もよく、スイッチを入れれば瞬時に最大の光量が得られる。性能だけでなく、デザインにとっての利点も大きい。点光源なので配置の自由度が高く、思い通りの造形が可能になった。
ヘッドライトの進化を促したものに、レースの存在がある。夜間のレースでは視界の確保が重要で、ヘッドライトの性能は成績に直接結びつく。1926年にシビエはルマン24時間レースのために淡黄色のフォグランプを開発している。白色よりも視認性が高いとされていたからだ。市販モデルでもフランス車には淡黄色のヘッドライトがよく使われていた。日本では2006年からヘッドライトの色が白のみと定められたので、新車には使用できない。
視認性の向上には、照度を上げる以外の方法もある。照らす方向をコントロールするのだ。ハイビームとロービームの切り替えは、1910年代から存在している。1967年には「シトロエンDS」が量産車として初めてステアリング連動式ヘッドライトを採用した。最近では、GPSとマッピングデータを利用して死角を減らす研究も行われている。ヘッドライトは今も次々に新技術が生まれているホットなフィールドなのだ。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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