メルセデス・ベンツG350d(4WD/9AT)
伝統を捨てず 進化を拒まず 2020.02.20 試乗記 メルセデス・ベンツ伝統のオフローダー「Gクラス」に、直6ディーゼルターボエンジンを搭載した「G350d」が登場。ラインナップのエントリーモデルであり、同時にもっとも“クロカンらしさ”を感じさせるモデルでもあるニューフェイスの出来栄えを確かめた。ディーゼルこそ“G”の本命
2018年4月に本国でフルモデルチェンジ(何度も書かれていることだが、ダイムラー自身はこれをなぜか“改良型”と定義する)された新型Gクラスは、日本では同年6月に「G550」「AMG G63」が発売された。続いて、このG350dが翌2019年4月に追加発表されたことで、ひとまず「出そろった」といえる。
というのも、新しいGクラスに今のところ搭載されるエンジンは、グローバルでも4リッターV8ガソリン直噴ツインターボと3リッター直6ディーゼルターボの2種類だけだからだ。仕向け地によっては「G500」や「G400d」といった日本仕様にはない車名も存在するが、どちらも単なる呼称ちがい、もしくはエンジンチューニングの差でしかない。
生真面目なエンスージアストの多くが、今回の350dをGクラスの本命機種と考えるのは自然なことだ。Gクラスといえばそもそもが軍用車出身で、世界でも指折りの本物オフローダーの一台という評価だったからだ。泥だらけになるクルマなのだから心臓部も実直型であるべきで、V8ツインターボなどというスーパーカーみたいなエンジンは似つかわしくない……という意見は筋が通っている。
実際、新しいGクラスも泥んこ性能に妥協はなく、今回もメルセデス関連でもっとも過酷な山岳テストコースにおける厳しい悪路・耐久基準を満たしているという。資料によると、それはGクラスが生産されるオーストリア・グラーツ近くにある標高1445mのシェークル山にあり、最大勾配60%=約31°、最大傾斜40%=約22°に達する全長5.6kmのコースだそうである。
新しいGクラスはそのコースを単に走破するだけでなく、同コースで2000kmにわたる耐久走行テストもクリア。それに加えて、悪路をさらに4000kmにもわたって走り切る耐久テストもクリアしているのだそうだ。
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継承のための変化
すでに何度も書かれているように、新旧Gクラスの共通部品はドアアウターハンドルとウィンドウウオッシャーノズル、スペアタイヤカバーしかないのに、見た目は笑ってしまうほど新旧ウリふたつである。
ただ、ここでは「部品がほぼすべて変わったのに、見た目が変わらない」ではなく「将来にわたりこの見た目を変えないためには、すべてを変える必要があった」と理解するのが正しい。Gクラスはこのカタチと悪路性能があってのアイコンである。それを捨てるくらいなら、それはもう「GLE」や「GLS」で代替可能なわけで、Gクラスである意味はなくなる。
たとえば、内装ではドアトリム上面のパワーウィンドウや3個ならんだデフロックボタンもお約束である。しかし、それ以上に、ステアリングを胸前に抱えるアップライトなドライビングポジションにフラットなフロントガラス(新型のそれは、実際にはわずかにカーブしているが)、そしてその向こうに目視できるウインカー……という運転環境こそが、Gクラスである。
そのフロントフェンダー上面の特徴的なウインカーは、一説には最新の衝突安全性を両立するために数億円の開発費が投じられたという。また、特有のドラポジを成立させているキモは、ギョッとするほど奥行きの浅いダッシュボードだが、それを現代の設計要件で実現するのに、フル液晶メーターパネルの薄さが貢献していることは想像にかたくない。
このほかにも、過去のGクラスの内外装デザインや使い心地をいかに忠実に再現するか……の努力は涙ぐましいほどだ。衝突安全性のためにフロントオーバーハングは約50mm伸びて、空気抵抗低減のためにフロントウィンドウは従来から1°寝かせているそうだが、まるでそうと見せない意匠は見事。ボンネット高や角度を慎重に吟味してあるのだろう。また、サイドウィンドウ周囲には昔風のゴムシールが見えるが、これも機能的な意味はない従来型に似せるためだけの装飾だ。
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多少の音も振動も許せる
ドアアウターハンドルを従来型から流用したセンスは見事だ。今どきスマートキーでなく、武骨なハンドルをギュッと握って硬めのボタンを親指で押すと、外ヒンジのドアが重みのある堅牢さで“ドガシャッ!”と開く。オリジナルGクラスを知る中高年は、この時点で「これは本物のGクラス」と瞬時に刷り込まれる。そうすると、内装にエロチックな最新LED間接照明がこれでもかと仕込まれていても、あらゆるディテールがGクラスにしか思えなくなるのだ。
搭載される直列6気筒ディーゼルは「Sクラス」にも使われる最新型である。ただ、G350dの場合はアイドリングやアイドリングストップからの再始動時の音・振動が、いかにもディーゼルらしい。でも、ヌケがいい音質なので不快ではない。速度が上がるほどにディーゼル音は目立たなくなるが、それは四角四面の車体付近の風切り音が高まるからでもある。4ケタ万円の高級SUVながら、静粛性はSクラスはもちろん「Eクラス」にもゆずるが、Gクラスとはもともと、そういうクルマなのだ。
さらに、その強力なトルクは2.5tの巨体を思いどおりに動かすに十二分だから、少しばかりの騒々しさは好意的に受け流せる。しかも、そのトルクデリバリーには、加速でも減速でも1段ずつ律義にアップシフトとダウンシフトを繰り返して、エンジンのおいしい領域をつなぐ9段ATの効果も如実である。
まあ、その際のシフトショックもけっして軽微とはいえないが、エンジン本体のスムーズさと右足に吸いつくようなリニアな加減速は素晴らしい。とくにエンジンブレーキは、慣れればブレーキペダルをあまり使わずに荷重移動をうまく操れるほど強力だ。そこはエンジンそのものの特性だけでなく、絶対的に小さくない空気抵抗によるところも大きそうだ。
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「堕落した」とはいわせない
新しいGクラスも、独立ラダーフレームにエンジン縦置きのフルタイム4WD、リアのリジッドサスペンションなどでは従来型を踏襲しつつ、フロントセクションだけは大きく変わって……という話はもはや書き尽くされている。とはいえ、今一度おさらいしておくと、新しいGクラスはステアリング機構がラック&ピニオン+電動アシスト(以前はボール循環式+油圧アシスト)に、フロントサスペンションはダブルウイッシュボーン形式(以前はリジッド)に、がらりと宗旨替えしている。
そのうえで、アルミ製のボンネットフードを開けた新しいGクラスで特徴的なのは、ダンパーのトップがエンジンヘッドの真横の高さにあることだ。Gクラスの場合、ダンパーを支持するタワーは床下ラダーフレームから屹立(きつりつ)しているので、これはタワー自体がかなり高いことを意味する。そして、その左右タワーを“コの字”に曲げられた極太鋼管のタワーバーが結んで剛性確保に留意されているのも興味深い。
新しいGクラスでは地上高を確保すべく、ロワアームが可能なかぎり高い位置にマウントされているが、アッパーアームもさらに高い位置に配置することで、たっぷりしたストロークを稼ぎ出す意図が見て取れる。上下のAアームは横から見て“前広がり”に配置されており、バンプするとキャスターがさらに寝るジオメトリーと思われる。
フロントのダブルウイッシュボーン化とラック&ピニオン式ステアリングの採用は、ほぼ同時期にフルモデルチェンジした「ジープ・ラングラー」と「スズキ・ジムニー」がこの部分でも古典構造を守ったのとは好対照で、筋金入りの皆さんの中には「堕落したのでは!?」といいたくなる向きもあろう。ただ、最低地上高、アプローチ/ランプブレークオーバー/デパーチャーの各アングル、最大渡河水深などの悪路走破指標は従来型と同等か、あるいは向上しており、強くツッコミづらいのも事実である。
開発目標はクリアしているものの
今回はさすがに、発売ほやほやのオプション込み約1300万円の高額車で悪路を走り回るのは気が引けた(砂地に静かに分け入って撮影だけはしたけれど)。それでも、国内で合法的に進入できる林道や河川敷、砂浜でGクラスが手こずる場所などほとんどないことは容易に想像できる。メルセデス自身も新しいGクラスのシャシーでは「従来と同等以上のオフロード性能を確保しつつ、オンロードでの俊敏性、ダイナミクス性能、快適性を大きく引き上げる」ことが開発目標だったと明かしている。
前記の静粛性といい、操縦性や乗り心地といい、新しいGクラスは従来型より飛躍的に洗練された部分がたしかに多い。アルミを多用して大幅に軽量化されたという上屋やキャビンはミシリともいわない。それでも、世に出回っている最新の高級SUVの数々に対して、オンロードでの乗用車としての機能や性能が「匹敵している」とはいいがたい。新しいGクラスは高速直進性も悪くないが、絶品とまではいかないのは事実だ。また、アクセルペダルに乗せた足から力を抜いた瞬間、まさにエアブレーキがかかったように減速する所作に、空気抵抗の大きさを実感する。
試乗車はオプションの電子制御可変ダンパーが備わっており、「コンフォート」と「スポーツ」の2つのモードがある。硬いスポーツモードのほうがゴツゴツした突き上げは気になるものの、どんな路面でも明らかに乗りやすく安心感が高まるのは、それだけGクラスが高重心だからだろうか。逆にコンフォートでも柔らかくなりすぎることなく、それなりに安定感はある。ただ、どちらのモードでも連続した凹凸に蹴り上げられると、どうしてもバネ下がドシバタ暴れてしまい、進路も乱されがちになるのはリアリジッドサスの宿命だろう。
改善された燃費と進化したADAS
こうした細かい不都合は、パッケージオプションの「AMGライン」を装着した試乗車特有の問題かもしれない。同オプションに含まれる20インチの50偏平タイヤは、このクルマには過剰といわざるをえない。標準の60偏平18インチならタイヤが厚く、トレッドもナローになる。路面不整にもいい意味で鈍くなり、乗り心地も好転するだろう。
もっとも、こういう乗り味は本格オフローダーならではの個性でもあり、オンロードではいわば「珍味」と捉えるべきである。Gクラスでは、独特のクセもポジティブに味わうのが正しい作法というものだ。
いっぽうで、20インチでも進化の跡が明確にうかがえるのが、ステアリングの正確性である。ターンインからリアを軸にフロントが絶妙にロールして、外輪にいい具合に荷重移動する。加速態勢でのステアリング復元力も自然で現代的だ。もともと優秀な車両感覚に正確なライントレース性が加わって、新しいGクラスはクルマとの一体感もはっきりと高まった。
高速や山坂道を荒っぽく走り回った今回の総合燃費は8.5km/リッターにとどまったが、アダプティブクルーズコントロール(ACC)を作動させた上品な高速巡航だけなら、12km/リッター前後はさほど苦もなく記録できそうな予感はした。この数字は絶対的には大したことないが、この巨体、この重量、このスタイリングを考えればお世辞ぬきに優秀といっていい。「史上もっとも低燃費なGクラス」というG350dの宣伝文句もダテではない。
新しいG350dは先進安全運転支援システム(ADAS)もさすがに充実しており、ACCとレーンキープアシストをフル作動させた半自動運転は快適至極というほかない。周囲を文字どおりの“上から目線”で見晴らして、空気抵抗にあらがうアクセル操作からも解放される。それにしても、こうした場合の新しいGクラスが、最低限の修正舵で、車線中央を上手にキープして走ることには感心した。このように、最新ADASとの親和性もまた、フロントダブルウイッシュボーンとラック&ピニオンの採用に踏み切った大きな理由なのだろう。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツG350d
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4660×1985×1975mm
ホイールベース:2890mm
車重:2500kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:286PS(210kW)/3400-4600rpm
最大トルク:600N・m(61.2kgf・m)/1200-3200rpm
タイヤ:(前)275/50R20 113V M+S/(後)275/50R20 113V M+S(ピレリ・スコーピオンゼロ オールシーズン)
燃費:9.9km/リッター(WLTCモード)
価格:1192万円/テスト車=1276万6000円
オプション装備:シャシー<アダプティブダンピングシステム>(15万3000円)/ラグジュアリーパッケージ(30万6000円)/AMGライン(38万7000円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1915km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:557.6km
使用燃料:67.6リッター(軽油)
参考燃費:8.2km/リッター(満タン法)/8.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。