第645回:本当の人気車はドロボーが知っている!? 最新イタリア盗難車ランキング
2020.03.06 マッキナ あらモーダ!34年前の“盗難車”発見される
2020年2月28日、イタリア主要メディアによって仰天するニュースが伝えられた。34年前に盗まれた原動機付き自転車が発見されたというのだ。
南部プーリア州で、無免許・ヘルメット非着用かつ制限速度を上回って走行していた若者を警察官が調べたところ、乗っていた原付き自転車が、1986年12月に北部リグーリア州で盗難に遭ったものであることが車台番号から判明したという。
原付き自転車は、スクーターのベスパと同じピアッジオが製造していた「チャオ」。1968年の発表から約40年間で350万台が生産されるヒット作となった。
運転していた若者は28歳で、彼がどのように入手したかまでは報じられていない。
これは原付き自転車の話だが、イタリアに住んでいると、事件のチャオのような運命をたどるのではないかと思われる四輪車にたびたび遭遇する。
もちろん持ち主が処分に困って放置した車両もあるだろうが、どこか犯罪の香りが漂う場所に置かれているものも散見できるからだ。
そうかと思えば、数カ月も同じ場所に駐車していて、クルマの下に草が生え放題になっていたにもかかわらず、ある日突然姿を消したりするから判断に困る。
イタリア内務省の資料および国際盗難報告書によると、この国における自動車の盗難件数は2017年まで減少傾向にあったが、翌2018年からは再び増加に転じている。
2019年には10万5000台が盗難被害に遭った。統計年は異なるが、日本の警察庁が発表した犯罪統計資料によると、2018年の自動車盗難件数が8628件だから、イタリアのそれは約12.1倍ということになる。イタリアでは一日に約287台の自動車が盗まれているという計算だ。
調査によれば、前述の10万5000台のうち、分解されてしまったものも含めると6万3000台以上が、アルバニアなどのバルカン半島やアフリカ、ブラジル、極東に運ばれたという。参考までに、電気自動車の盗難件数は極めて少なかったと報告されている。まだ闇市場での需要がほとんどないうえ、「目立つ」「盗んでも使いにくい」ことが背景にあると容易に想像できる。
不動のトップ4
2019年のイタリアにおける自動車の車種別盗難台数を10位から順に見てみよう。
- 10位 オペル・コルサ:1277台
- 9位 フィアット・ウーノ:1629台
- 8位 ルノー・クリオ:1655台
- 7位 スマート・フォーツー:1824台
- 6位 フォード・フィエスタ:2138台
- 5位 フォルクスワーゲン・ゴルフ:2661台
本連載の第515回で記した2016年の盗難ランキングと同様、イタリアでの生産終了から四半世紀が経過した「フィアット・ウーノ」がいまだにトップ10に入っていることが注目される。これについてイタリアの一部メディアは、新車当時の防犯対策が今日のものと比べて高度でなかったことを指摘している。
そしてトップ4を見ると、
- 4位 ランチア・イプシロン:3752台
- 3位 フィアット・プント:6560台
- 2位 フィアット500:7387台
- 1位 フィアット・パンダ:1万0952台
再び第515回の2016年盗難ランキングと比較すると、パンダは不動の1位、2~4位も順位の入れ替わりこそあれ同じ顔ぶれであることに気づく。
ランキングの上位各車はいずれも新車登録台数の上位の常連でもあるので、盗難の対象となる分母が大きい。走り回っている数が多いのだから、闇市場における中古パーツの需要も大きくなる。ゆえに、そうしたモデルの盗難に拍車がかかるのである。
ところが、これらとは台数の規模こそ違えど、イタリア盗難車事情にちょっとした変化が表れているというのが次のお話だ。
SUV部門における驚きの結果
それは、年々増加しているSUVの盗難件数である。2019年のボディータイプ別統計のSUV部門を見てみよう。
- 5位 キア・スポルテージ:287台
- 4位 トヨタRAV4:359台
- 3位 ランドローバー・レンジローバー イヴォーク:416台
- 2位 ランドローバー・レンジローバー スポーツ:550台
そして第1位は
- 日産キャシュカイ:616台
であった。2018年の8位から急上昇した。
「キャシュカイ」の欧州仕様は、英国のサンダーランド工場で生産されている。
キャシュカイは2006年発表の初代(日本名は「デュアリス」)と2014年に登場した2代目とを合わせて2018年までに34万6856台が製造され、うち26万5520台がヨーロッパ地域で販売された(日産イタリアの2018年1月31日付プレスリリースより)。
筆者の記憶を振り返れば、日本ブランドとしては珍しく「dCi」と名付けられたディーゼル仕様を3タイプもラインナップ(初代)していたことが功を奏した。
ゆえに近年は欧州で「ジューク」とともに日産の看板車種となっている。ちなみに筆者の周辺でも、知人の医師は「ホンダ・シビック」から、同じく知人の大学助教授は初代「メルセデス・ベンツAクラス」から、いずれも初代キャシュカイに乗り換えた。
2019年のイタリア国内SUV新車登録台数を見ると、日産キャシュカイ(8位:2万5665台)よりも、「ジープ・レネゲード」(4位:3万5636台)のほうが多い。しかし、すでにイタリアの路上を走行している数では、発売が8年早いキャシュカイのほうが多いはずだ(レネゲードは2015年発売)。したがって、パーツ取り目的という観点からしても、キャシュカイのほうが盗難のターゲットになる可能性が高いと考えられる。
今回のキャシュカイの1位は、全ボディータイプを含めた盗難台数の1位ではない。また、日産でセキュリティーシステムに携わっている開発担当者の心境を考えると複雑なものがある。
しかし、闇の部品マーケットからの需要が高いということは、つまり実車の人気が高いということであり、それがこうした結果につながったのも事実である。
そうした意味で、部門賞とはいえ、イタリアで日本車が初めて「盗難台数トップ」になったことは取りあえず記しておくに値しよう。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル(前編)
2025.10.19思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル」に試乗。小さなボディーにハイパワーエンジンを押し込み、オープンエアドライブも可能というクルマ好きのツボを押さえたぜいたくなモデルだ。箱根の山道での印象を聞いた。 -
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】
2025.10.18試乗記「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。 -
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】
2025.10.17試乗記「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。 -
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する
2025.10.17デイリーコラム改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。 -
アウディQ5 TDIクワトロ150kWアドバンスト(4WD/7AT)【試乗記】
2025.10.16試乗記今やアウディの基幹車種の一台となっているミドルサイズSUV「Q5」が、新型にフルモデルチェンジ。新たな車台と新たなハイブリッドシステムを得た3代目は、過去のモデルからいかなる進化を遂げているのか? 4WDのディーゼルエンジン搭載車で確かめた。 -
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの
2025.10.16マッキナ あらモーダ!イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。