カンナム・スパイダーRT(MR/6AT)
スリーホイールのファン・トゥ・ライド 2020.09.02 試乗記 カナダのレクリエーショナルビークルメーカー、BRP(ボンバルディア・レクリエーショナルプロダクツ)が手がける三輪クルーザーが「カンナム・スパイダー」だ。四輪とも二輪とも違うこのモデルには、どのような“走る楽しさ”が宿っているのか? フルモデルチェンジを受けた最新の「スパイダーRT」で確かめた。フロント2輪・リア1輪のアドバンテージ
カンナム・スパイダーはカナダのBRPが開発した“リバーストライク”(フロント2輪・リア1輪の三輪モデル)だ。BRPという名前は聞き慣れないかもしれないが、元は航空機製造で知られるボンバルディアの子会社。1970年代にはオフロードマシンを製造してモトクロスでも活躍していた。その後、ボンバルディア・レクリエーショナルプロダクツとして独立し、水上バイク、ATV、スノーモービルなどを開発・生産。ATVとトライクにカンナムのブランド名が与えられている。
トライクは以前から北米などで人気が高かったが、その多くはモーターサイクルをベースにリアを2輪にしたスタイルだった。リアまわりだけを交換すればいいから、比較的容易につくることができたのだ。それに対して、リバーストライクは車体から専用に設計しなければならない。手間もコストもかかる。
しかしその代わり、リバーストライクには通常のトライクにはないメリットがある。そのひとつが減速時の安定性だ。速度が出ている状態で減速しながらハンドルを切ると、通常のトライクはイン側のリアタイヤがリフトしやすい。リバーストライクではこの現象が発生しないために減速時、コーナリング時の走行安定性が高く、スポーティーな走りを楽しむこともできる。また減速時はフロントの2輪で荷重を受け止めるため、制動性能も高い。
もうひとつは乗り心地。モーターサイクルをベースにトライクにした場合、アクスルを左右に延長するような形にするため、必然的にリアはリジッドアクスルになってしまう。しかも四輪のように車体とアクスルが分離していないため、片方の車輪だけがギャップに乗り上げても車両全体が傾いてしまう。カンナム・スパイダーのようにフロントが左右独立懸架になっているマシンは、乗り心地も良好なのである。
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リバーストライクにおけるスポーツライディングの作法
スタートはイージーですぐに走りだせるかと思っていたが、いざ跨(またが)ってみるとエンジンがかからない。キーをオンにしてから左ハンドルのスイッチパネルにある“MODE”ボタンを押さないとセキュリティーが解錠できず、セルが回らないのだ。また電動のパーキングブレーキも自分で解除する必要がある。いろいろと儀式が必要なうえにボタン類が多いから、最初は戸惑うところだ。
1330ccの3気筒エンジンはレスポンスがよく、低中速からトルクがあって450kgの車体を鋭く加速させる。さすがにスーパースポーツのような過激な加速はしないけれど、パワーは十分。トリプルならではの排気音も勇ましく、スロットルを開けるのが楽しくなる。パワーバンドが広いため6段セミATを駆使して走るのは痛快だ。走りだしてしばらく違和感があったのは、モーターサイクルのハンドルと操作系なのに、減速がフットブレーキだけということ。ついありもしないブレーキレバーを握ろうとしてしまう。もっとも、これはすぐに慣れてしまったが。
当然ながらギアレシオが1:1のステアリングは、非常にクイック。何気なく切ると一気に向きが変わって慌てることになる。ただし、レーシングカートのようなソリッドな感じではない。サスペンションがしなやかに動いて車体も適度にロールするから、普通に走っているぶんには過敏という感じはしないし、高速で走っているときも直進安定性は高い。
四輪のようにシートで体が支えられていないため、コーナーを攻めると横Gで上体がアウトに持っていかれそうになる。そこでステアリングにぶら下がるようでは微妙な操作は難しくなるので、ペースを上げて走るならそれなりの準備が必要だ。ターンインのときは、ステアリング操作をするよりも少し前に上体を若干インに入れるようにしておく。そしてコーナリング中は下半身に力を入れ、タンクをしっかりニーグリップして体を支える。これがスパイダーのスポーツライディング。
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三輪クルーザーならではの楽しみ方がある
ペースを上げてタイヤが滑るとすぐにトラクションコントロールが介入し、車速が大きく低下する。スポーティーな走りを楽しむのであればトラコンをカットできればいいのだけれど、このモデルはどちらかというとラグジュアリーなツーリングモデル。限界まで攻め込むというよりは、適度なペースでコーナー進入時のクイックな車体の動きだけを楽しむような走りが似合う。もしも三輪ならではのスポーツ性を追求したいのなら、同じカンナムでも「ライカ―」や「スパイダーF3」といったモデルがある。車重も軽く、スクリーンがないために風を全身で感じながらライディングを楽しめるだろう。
しばらく走っていて感じたのは乗り心地の素晴らしさだった。シートも柔らかく、腰のまわりを包むようにサポートしてくれるし、サスペンションの動きも上質。気分がいいので高速道路ではBluetoothでスマホを接続し、音楽をかけながら走ってみた。スピーカーの性能がいいので高速走行時もクリアに音楽を聞ける。以前、タンデムで日本を縦断した女性から「後席で旅をしながら聞く音楽は心に響く」と聞いたことがあるが、確かに体がむき出しの状態で雰囲気に合った音楽を流しながら走っていると、景色と風、音楽がシンクロして感動が増幅される。これもまた、スパイダーRTの楽しみ方のひとつだろう。
大型のクルーザーが欲しいけれど、大きく重い車体は取り回しや引き起こしも大変だということで三輪に注目しているライダーは少なくない。しかしスパイダーRTは単に“倒れないだけ”のクルーザーではない。これまでの二輪、四輪とは違うスポーツ性を持った、新しいジャンルの乗り物である。
(文=後藤 武/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2833×1554×1464mm
ホイールベース:1714mm
シート高:755mm
重量:464kg(乾燥重量)
エンジン:1330cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ
最高出力:115hp(85.8kW)/7250rpm
最大トルク:130.1N・m(13.3kgf・m)/5000rpm
トランスミッション:6段セミAT
燃費:--km/リッター
価格:350万円

後藤 武
ライター/エディター。航空誌『シュナイダー』や二輪専門誌『CLUBMAN』『2ストマガジン』などの編集長を経てフリーランスに。エアロバティックスパイロットだった経験を生かしてエアレースの解説なども担当。二輪旧車、V8、複葉機をこよなく愛す。
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