フィアット500ev ONE BATTERYプロトタイプ(RWD/4MT)
言葉はいらない 2020.11.24 試乗記 日本でも大人気の“ヌオーバ チンクエチェント”こと2代目「フィアット500」をベースに、パワーユニットを電動化した「500ev」。日本の博物館がプロデュースしたというキュートな電気自動車(EV)は、他のクルマでは得られない魅力とドライブフィールの持ち主だった。マフラーがない!
試乗の前に、実車のまわりをくるりとひとまわり。全長×全幅×全高=2980×1320×1320mmというサイズは現代車ではあるまじき小ささで、ころんとした大福みたいなスタイリングとも相まって、実によい時代感を醸し出している。素っ気ないアイアンバンパーに、ほっそりとしたA・Bピラー、リム付きの丸いハロゲンランプ。足に履くピレリのクラシックタイヤ「チントゥラートCN54」も、よい雰囲気である。
クルマ好きなら名を知らぬ者はいないだろうし、疎い人でもカタチは知っていることでしょう。ここにおはすはイタリアの名車、ヌオーバ チンクエチェントこと2代目フィアット500だ。かの地の職人がレストアしたという個体は状態も素晴らしく、まさに往年の姿そのもの……なのだが、よくよく見るとフロントガラスに不思議な輪っかが付いている。そういえば、リアにもつつましくてかわいらしいマフラーが見当たらないぞ。
賢明なる読者諸兄姉ならお察しのことだろう。このクルマの正体はフィアット500ev。愛知県のチンクエチェント博物館がプロデュースした、フィアット500のコンバージョンEVだ。
詳しい話は武田公実氏のリポートにお任せしたいが、要約すると、500evはチンクエチェント博物館が輸入・販売を手がけるヌオーバ チンクエチェント……通称「フィアット500クラシケ」のいちバリエーションにあたる。オリジナルの500をかの地で修復し、EVとしてよみがえらせたものなのだ。
……ここで、「なんで博物館が車両販売を?」と思った方は、ぜひ同施設に足を運び、代表の伊藤精郎氏に経緯を聞いてほしい。「古くなっていく500を保護して、里親探しをするようなつもりで始めた」「イタリアの工房に仕事を頼めば、雇用や技術継承の助けにもなる」という話は、浪花節なアナタの心に刺さること請け合いだ。
内外装は“ヌオーバ”そのまんま
話を500evに戻すと、冒頭でも触れた通り、そのエクステリアはまったくもってオリジナルを尊重したものだ。一目でわかる違いは、前述した「フロントウィンドウの輪っか」で、これは充電時に点滅するインジケーターである。インテリアを見ても、ダッシュボードに配された小さなディスプレイで“それ”とわかる程度。目を皿のようにして探せば、スロットルペダルの位置が違ったり、運転席/助手席間のフロアに「リバース」と「スポーツモード」のボタンがあったりするが、オリジナルとの違いとして指摘できるのは、本当にその程度である。
気になるパワーユニットは、ピアッジオの商用車用コンバージョンキットなども手がける伊ニュートロン社製で、実績は十分。伊藤氏いわく「恐らくはフォークリフトなどに使っているものでは?」とのことだった。一充電走行可能距離については、40kmのモデルと80kmのモデルを用意しており、後者ではフロントに加えてリアにもバッテリーが積まれるという。
このシステムを搭載した500evのユニークな点は、ベース車の4段マニュアルトランスミッションがそのまま残されているところだ。シフトレバーもクラッチペダルも残っているので、EVなのに変速(しかも手動!)が可能。リバースギアもあると聞き、記者は「モーターをリバース(逆回転)にして、ギアもバックに入れたら、やっぱり前進するんだろうなあ」などと、しょうもないことを考えてしまった。
なお、今回の試乗車はあくまでプロトタイプとのこと。市販モデルでは、モーターへの換装によってスペースができたエンジンルームにトランクを設けたり、フロントエンブレムをフタに加工して、そこにも充電ソケットを設置したりするそうだ。
これらもろもろの説明を聞き、ようやく運転席に収まる。ダッシュボードに貼られたテプラの指示に従い、システムを起動。スロットルペダルに足をのせると、500evはにぎやかに走り出した。
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速い! でもクラシック!
……EVに明るい読者諸兄姉の中には、ここで「ん? にぎやか?」とひっかかる方もおられるだろう。確かにEVといったら、「ひゅーん」というインバーターの音と接近警報の人工音くらいしか聞こえない、走りの静かなクルマのはずだ。しかし記者の言葉にウソはない。500evはにぎやかで、ライブリーなことこのうえない。
そりゃそうだろう。なにせパワーユニット以外はヌオーバ チンクエチェントそのものなのだ。いくらエンジンがないとはいえ静かであろうはずがない(笑)。ロードノイズに風切り音、ボディーやシャシーの立てるバタバタ、キシキシという鳴き。小さな車内は臨場感に満ちあふれている。もうひとつ音源として挙げられるのが、くだんのトランスミッションだ。普通のEVには存在しないこの機構が、ギアがかみ合う「ぎゅいーん」という音を常に発し続ける。おかげでオリジナルそのままの速度計に目をやらずとも、スピードが乗っていくさまがありありとわかるのだ。
そして、500evはそのスピード“感”にたがわず、決して遅いクルマではない。車重は590kg、2バッテリー仕様でも650kgしかなく、そこに積まれるモーターは実に160N・mの最大トルクを発生。スロットルをぐいっと踏んだら「するするするっ!」と車速が乗る。今回の試乗は東京・台場の一般道で行ったが、記者は一度も発進加速でじれったさを覚えることはなかった。
このように、意外にもモダンな動力性能を持つ500evだが、一方で気をつけなければいけないのがブレーキだ。減速回生機構が付いているとはいえ、摩擦ブレーキはまんまヌオーバ チンクのもの。いまどきのクルマのように、踏めば即座に制動力が立ち上がるわけではない。ゆとりを持ったブレーキングを心がけないと、場合によってはヒヤリとする。
コーナリング(というかハンドリング)も同様で、ドライバーは古式ゆかしきサスペンションと、サイズなり、パターンなりのタイヤのグリップ力を常に意識すべき……というか、常に意識させられる。それでもフロント荷重を無視してハンドルを切ればアンダーステアが出るし、その先で舵をコジっても、恐らくクルマは向きを変えないだろう。
言ってしまえば、アクセル以外はクラシックカーそのもの。この、ちょっとちぐはぐな(失礼!)今と昔の融合もまた、500evの憎めない個性と見つけたり。
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思わずクラッチを踏んでしまう
取材拠点である「ガレーヂ伊太利屋」を出て小一時間。運転に慣れてくると、次第に「これをこうしたらどうなるんだろう?」といった好奇心が緊張感に勝ってくる。特に手を伸ばしたくなるのが、皆さまお察しの通り、4段MTのシフトレバーだ。
ご存じの通り、EVには基本的に複雑なドライブトレインは必要ない。モーターは“いつ何時でもトルクバンド”なので変速機は不要だし、エンストとも無縁だからクラッチもフルードカップリングもいらない。もちろんそれは500evも同様で、伊藤氏いわく、せっかく積まれる4段MTも「始まりから終わりまで、4速に入れっぱなしで問題ない」とのことだった。とはいえ、500evはこの外観にこの内装、そしてこのドライブフィールのクルマである。記者の脳はしばし混乱し、スタート/ストップ時にクラッチを踏んでは「いや、クラッチ操作はいらないんだった」と短い脚を引っ込めるのだった。
もっとも、それではこのMTに一切意味がないのかといえばそんなこともなく、伊藤氏いわく「急な登坂や、キビキビ走りたいときには3速に入れることもある」とのこと。記者も「そういえば、カナダで乗った『フォードF-150』のEVにも、トーイングや悪路走行に配慮して、2段ATが積まれてたな」と昔を思い出した。
せっかくなので、伊藤氏の言うキビキビとした走りを体験するべく、信号のタイミングで3速にシフトを入れる(ちなみに1速、2速に入れると過回転でモーターが壊れてしまうのだとか)。路上におけるスケール感を思えば4速でも十分速いと思っていたが、3速でのフル加速はそれに輪をかけて力強く、記者は思わず右足を緩めてしまった。ヘタレのそしりは甘んじて受けるが、あらためて申し上げますと、このクルマはパワーユニット以外、ぜんぶヌオーバ チンクエチェントである。クラシックカーに詳しい御仁なら「勇気ある撤退」と理解してもらえるだろう。
……とまあ、長々と500evの走りについて紹介してきたが、実はその動力性能については、まだ市販化へ向け調整中とのこと。今回試乗したプロトタイプは“スポーツモード+4速”の状態で最高速はおおむね85km/hという制御だったが、市販モデルでは「3速で90km/h、4速で110km/hくらいの性能を考えている」とのことだった。いずれにせよ、全長3m未満のシティーコミューターとしては十分すぎる性能でしょう。
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“電気で走る500”というだけで素晴らしい
楽しい時は短いもので、早くもガレーヂ伊太利屋へとクルマを戻す時間となる。途中、信号待ちで停車すると、にぎやかだった車内がしんと静まった。「アイドリングがないから、静かでしょう」と語る伊藤氏だが、記者には同時に、外界から聞こえてくる喧騒(けんそう)が実に新鮮だった。
遮音材や制振材で外界から車内を隔絶し、ドライバーに伝わる情報を統制しようとする今日のクルマとは、500evは全然違う。今その時に出ているスピードや、自分たちがどんな場所を走っているかが、フィルターなしにそのまま伝わってくるのだ。そのあまりのライブっぷりに、記者はここ最近お眠(ねむ)だった一部の神経が、久々に仕事をしているのを感じた。
これだけコミュニケーション濃度が濃いと長く乗るのは疲れそうだが、もとより500evの航続距離は40kmか80km。その点は問題にならないだろう。とにかく、パワートレインの電動化がクラシックカーならではの“冒険感”をスポイルしているなんてことは一切なく、記者にはそれが大変うれしかった。
とまあ、結論までに4000文字近くを浪してきた記者だが、500evの魅力を表すのに、ホントはこんな迂遠(うえん)なリポートは必要なかったかもしれない。身もフタもないが、「電気で走るヌオーバ チンクエチェント」というそれだけで十分だろう。
昨今は、日本でもさまざまなクルマの楽しみ方が好事家向けに用意されているが、これほど人を笑顔にする提案はそうはないのではないか。市販モデルのデビュー前に気の早い話だが、新しくて楽しいEVの登場に、拍手を送りたい。
(文=webCGほった/写真=webCG/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
フィアット500ev ONE BATTERYプロトタイプ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2980×1320×1320mm
ホイールベース:1840mm
車重:590kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:4段MT
最高出力:18PS(13kW)
最大トルク:160N・m(16.3kgf・m)
タイヤ:(前)125SR12 62S/(後)125SR12 62S(ピレリ・チントゥラートCN54)
一充電最大走行可能距離:約40km
交流電力量消費率:--Wh/km
価格:506万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
テスト車の年式:--年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
参考電力消費率:--km/kWh
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。