電気自動車はなぜ安くならないのか?
2021.02.17 デイリーコラムエンジン車よりも100~200万円高くなる
2021年1月末に発売されたマツダの「MX-30 EVモデル」は同社初の量産型ピュア電気自動車(EV)として話題だが、価格は451万円からと手ごろとは言い難い。MX-30のマイルドハイブリッドモデルは242万円からなので、EVだと200万円ほど高いことになる。
しかし、この価格設定は特別というわけではない。昨2020年10月に発売されたホンダ初の量産型EV「ホンダe」も価格は451万円から。こちらはベースモデルがないので、単純比較はできないが、予算450万円クラスのホンダ車と考えると、「アコード」や「シビック タイプR」が射程範囲に入ってくる。
また、「日産リーフ」は332万6400円から。リーフの技術を使った「ノートe-POWER」ならば202万9500円から購入できる。また、先日お披露目されたメルセデス・ベンツの新型EV「EQA250」は4万7540.50ユーロ(日本円換算で約600万円)から。基本構造を共有するエンジン車の「GLA」は508万円からなので、およそ100万円の差がある。
ざっくり言えば、ピュアEVはベースモデルないしはサイズ感が近いモデルよりも100万円から200万円高いのが相場だ。
メーカーは「各種補助金が使える」「ランニングコストが安い」とトータルのお得感を打ち出すが、これは古くからエコ製品に使われるロジックだ。2010年の初代リーフも本体376万4250円だが、補助金を使えば298万4250円となり、300万円を下回ると訴えていた。
ユーザーにとって補助金はありがたい話だが、こうした制度は永遠ではない。EVはいずれ補助金がなくても購入できるような価格になるのだろうか。そもそも、なぜEVはエンジン車より100万円も200万円も高額なのだろうか。
児童労働問題とリチウムイオン電池
EVの価格が高い理由として、真っ先に指摘されるのはリチウムイオン電池(LiB)だ。とりわけ材料調達の問題という報道が多い。
確かに、正極材に使用するリチウムはレアメタルの一種だ。プラチナや金のように埋蔵量が少ないわけではないが、埋蔵地がチリなどの南米、あるいはオーストラリアに偏っていること、生産や加工プロセスの効率化・低コスト化が十分に進んでいないことに加えて、世界的な需要の高まりが調達価格に影響しているとされる。
また、同じく正極材料のコバルトについては、世界生産量の約7割を占めるコンゴ民主共和国で児童労働の問題が指摘されている。これを受けて、パナソニックは2021年1月のCESでコバルト不使用の電池開発を宣言した。また、フォルクスワーゲンやBMWなどもコバルト生産の児童労働問題に関連する活動に参画している。こうした問題に世界企業が切り込んでいくのは大賛成だが、コストアップは避けられないだろう。
そもそもコバルトは銅やニッケルの副産物として生産されてきた背景もあり、急な増産は難しい。児童労働の問題を解決しつつ、需要に見合う量を生産できる体勢づくりとなれば、それなりに投資も必要だ。コバルトフリーの電池をつくるにしても、技術開発という投資が必要になる。また、使用済みの電池や家電製品を都市鉱山と呼び、そこからコバルトなどを回収して再利用するプロジェクトが動いているが、市場として成立するには至っていない。
資源の調達に課題は多いが、米国エネルギー省(DOE)によれば、LiBの外部調達部品のコストに対して正極材が占める割合は全体の24%にすぎない。残る76%は負極材やセパレーター、外装材などが占めており、これら正極材以外の調達コストを改善することで、LiBの価格が下がる可能性はある。
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EVが安くなるための条件とは
生産技術の向上や生産量の増大も、コスト削減要因となる。LiBは最小単位のセルを複数使ってモジュール化し、それを組み合わせて電池パックに仕立てて車両に載せる。既存の自動車メーカーがセルから独自開発したのに対して、テスラはパソコンなどにも使う汎用(はんよう)型の「18650」というセルを採用し、開発にかかる時間とコストを圧縮したことは有名な話だ。
現在はハイブリッド車やプラグインハイブリッド車にも広くLiBが採用され、生産量が増えてコストは下がっている。『ブルームバーグNEF』の調査によれば、電池パック1kWhあたりのコストは10年前の6分の1程度にまで下がった。
ということは、10年前と同じ性能の電池が6分の1の価格で買えるように思えるが、そうではない。簡単に言えば、いままで1kWhの電池しかつくれなかったので10個生産して10kWhを達成していたが、生産技術が上がって2kWhの電池をつくれるようになったので5個で10kWhを達成できるようになったということ。だから、1kWhあたりのコストは下がっても、車載電池そのものの価格は思っているよりも下がらない。
そして最終製品であるEVの価格にどれほど反映されるかといえば、さらに話は複雑だ。日産リーフは、2010年発売の初型と2020年モデルとを比べると、バッテリー容量は24kWhから40kWhに増加し、2020年モデルには2010年当時なかった技術「e-Pedal」や車線逸脱防止装置などが搭載された。スタート価格は初型の376万円から約45万円安くなっているが、もし初型と同スペックでつくれば、もっと大きく値下げできるだろう。しかし、その選択はない。
電池などのコンポーネントは18650のようにコモディティー化して生産量が増えればコストが下がるが、これは付加価値で勝負しにくい製品ということでもあり、事業売却の候補に挙がりやすい。ソニーや日産・NECが電池事業を売却したのは記憶に新しいところだ。最終製品はむしろ付加価値こそがアイデンティティーだ。失敗すれば痛手を負うが、成功例も多い。あの「プリウス」も発売以来20年以上が過ぎても、価格は大きく変わっていない。
今後、EVやLiBの価格はどうなっていくだろうか。LiBはもう少し値段が下がる余地がありそうだが、直近10年間の値下がりを見ると、今後の下げ幅はそこまで大きくないと思う。一方、EVは前述のとおり、発売中のモデルは価格を大きく下げない。しかし、これから電動化市場を広げていかざるを得ないなかで、EVの普及モデルはいずれ必要になる。
そのときは新たに廉価版ブランドを投入してはどうだろうか。ファーストリテイリング(ユニクロ)にとってのGU、KDDIやソフトバンクにとってのUQモバイルやワイモバイルといった位置づけだ。目の肥えたユーザー向けにつくり込むのも大切だが、間口を広げることも大切。EVがいつか気軽に乗れるモビリティーとなることを期待している。
(文=林 愛子/写真=マツダ、日産自動車、webCG/編集=藤沢 勝)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。