既存のシステムとはここがちがう! 世界初の「レベル3自動運転」を実現したホンダの挑戦
2021.04.12 デイリーコラム“運転支援”と“自動運転”の決定的なちがい
これまでもニュースや試乗リポートで取り上げているように、先ごろ発売された「Honda SENSING Elite(ホンダセンシングエリート)」搭載の「ホンダ・レジェンド」は、世界で初めて型式指定を取得=認可された“レベル3自動運転”カーである。
これ以前に実用化された先進安全運転支援システム(ADAS)では、ハンズオフ走行が可能だったとしても、運転の主体はあくまでドライバーである。対してレジェンドが実現した世界初のレベル3は、高精度3D地図がカバーする高速道路上で、前走車がいる渋滞走行時……という条件こそあれど、それらが満たされればハンズオフのみならず、走行中のナビ操作や動画鑑賞といった“アイオフ走行”も可能となる。つまりは運転の主体がクルマに移行するわけだ。
われわれ素人には、両者は「ヨソ見ができるかどうか」という些細なちがいにしか思えない。しかし、レベル2のハンズオフはあくまで“運転支援”なのに対して、レジェンドのアイオフは限定的とはいえ、定義はついに“自動運転”となる。
そんな世界初のレベル3自動運転システムについて、レジェンドのホンダセンシングエリートの制御系プロジェクトリーダーをつとめたチーフエンジニアの荒木光浩さんと、みずから「私はADASひとすじ」とおっしゃるアシスタントチーフエンジニアの石坂賢太郎さんに、お話をうかがった。
高い精度が求められる自車位置計測と車両操作
荒木さん:最初に申し上げると、レベル2とレベル3とでは、まるで別世界です。
石坂さん:レベル3にはいくつもの“条文”があるのですが、いちばん大切なのはODD(Operational Design Domain)と呼ばれる“運航設計領域”を明確に定義して、それが厳格に守られた設計であることを証明して、はじめて認可を受けられます。ごく簡単な例でいうと、高速道路と一般道が並行している場所でも、自分が走っている道路を誤認しないということを証明しなければなりません。レジェンドではGNSS情報のほかに、標識や看板などの高速道路の特徴をアルゴリズムとして組んでいて、それらによって「今現在は高速道路上にいる」と確定が出て、はじめてレベル3に移行します。
GNSS(グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム)とは衛星測位システムの総称だ。われわれもよく使うGPS(グローバル・ポジショニング・システム)とはアメリカが開発したシステムの名称であり、日本の準天頂衛星システム「みちびき」などとならぶGNSSのひとつである。
石坂さん:性能限界の領域も、たとえば近い距離でのカットイン(割り込み)などに対して、一般的に上手なドライバーと同等の能力をもっていることも証明しなければなりません。そうした場合に、近場にあるものの形状を把握するのは「ライダー」が得意です。ビーム数と角度成分については一般的なミリ波レーダーよりライダーのほうが優れています。ただ、かといってすべてライダーでいいわけではなく、エリアと特徴によって使い分けています。
レベル3以上の自動運転に必要不可欠とされるライダーは、レーザー光を使って対象物の距離や方角を測定する。ミリ波レーダーなどの電波よりも高精度で位置や形状を検知できるが、いまだに高価である。そんなライダーを今回のレジェンドでは5つも備える。
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ドライバーの意識にまで気を配る
ところで、レベル3自動運転を実現したレジェンドは、その手前のレベル2のハンズオフ走行も、既存車の機能を軽く凌駕している。たとえばナビで目的地を設定した場合、分岐や出口が近づいてくると、車線変更もハンズオフのまま自動でしてくれる。これ以前に自動運転にもっとも近かったシステムは、おそらく日産の「プロパイロット2.0」だが、同システムでは車線変更を“提案”するだけで、実際はドライバーが判断を下す(ステアリングに手を添えて、ボタン操作によって車線変更を承認する)必要があった。
そのいっぽうで、分岐や合流、出口などでは、レジェンドはすべての運転支援がキャンセルされる。日産プロパイロット2.0はあくまで運転主体をドライバーにしつつも、分岐や合流ではルート走行を“促す”ように、ステアリングのアシスト制御を行う(先ごろ発表されたトヨタの「アドバンストドライブ」もこれに似る)。
荒木さん:そこは開発初期から本当に議論が分かれたところでした。分岐や出口といった本来ドライバーが運転しなければならない場面でアシスト制御を入れると、多くの被験者で“自分が運転しなくてはならない”という意識が薄れてしまうという結果が出ました。人間とは本質的に、一度楽をしてしまうと、そこから戻るのは大変なんですね。
石坂:ですので、ホンダではドライバーが自分で運転しなくてはならないような領域になった場合には、一度、すべての運転支援を解除した“レベル0”に戻すことを原則としています。そこからあらためてACC(アダプティブクルーズコントロール)やLKAS(レーンキープアシストシステム)を再起動することは可能ですが、ドライバーに運転交代するときには、あえてクルマ側で余分な制御や支援はしません。
こうした領域でのちがいは、ホンダと日産のどちらがいいかというより、あくまで思想のちがいと考えるべきだろう。
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「100台限定・リース販売」の理由
ところで、すでにご承知のように、今回のレベル3自動運転車は100台限定のリース販売である。3年後には全数が回収されるが、それはユーザーを実験台にしたモニター販売とはちがう。
荒木さん:レベル3は今回世界で初めて市場に出るクルマですし、使いかたを間違えると、危険もあります。ですので、まずはお客さまに確実に使っていただけるように、われわれがフォローできる台数という意味で、100台限定としました。実際に乗られるお客さまから寄せられる反応やご意見はもちろん参考にさせていただきますが、開発のために、お客さまの走行データを取得するようなことはしません。
自動運転については最近ではテレビのワイドショーも取り上げるくらいで「レベル2の次がレベル3なのは当然。で、今回レベル3ができたんだから、来年にはレベル4か?」などと先走る向きもあるかもしれない。しかし、こうしてお話を聞くと、そう簡単ではないことが分かる。
石坂さん:自動運転分野では、ODDの細かい部分でも国際的に完全に統一されているわけではないのが現状です。今回は国に非常に前向きに取り組んでいただいた部分もあり、世界初の型式指定を取得することができました。この分野では今現在、日本がもっとも先行している状況といっていいと思います。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸、本田技研工業、日産自動車、webCG/編集=堀田剛資)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。