水素に地図に街づくりまで トヨタが出資する「ウーブン・プラネット・グループ」とはどんな企業なのか?
2021.06.18 デイリーコラム![]() |
実態がつかめぬトヨタの子会社
2020年1月にCES2020で発表された「Woven City(ウーブン・シティ)」プロジェクト。トヨタグループが静岡県裾野市に自動運転やMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)、ロボットなどのテクノロジー技術などを導入・検証できる実証都市をつくる計画である。
トヨタの本気度はCES2020の舞台からも伝わってきたが、実際の計画がどう進み、モビリティーはどう位置づけられ、自動運転や次世代車はどうなっていくのか、具体的なイメージが湧かなかったし、いまも全容は分からない。しかし、2021年1月に「Woven Planet Group(ウーブン・プラネット・グループ)」が発足し、新体制の下でいくつかの事業が動き始めたことで、少しずつ見えてきたことがある。
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自動運転をコアに新たな世界を切り開く
ウーブン・プラネット・グループは、自動運転のソフトウエア等を開発してきたトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)を母体とする“新体制”で、持ち株会社のウーブン・プラネット・ホールディングス、自動運転技術の開発や市場開拓等を担うウーブン・コア、自動運転のオープンプラットフォーム「Arene」(関連記事:スクープ! トヨタが自動車版「Android」を開発していた)など新領域の事業開発を手がけるウーブン・アルファ、運用総額8億米ドルのグローバル投資ファンドであるウーブン・キャピタルから成る。
カタカナが多くてややこしいので、各組織の特徴を整理しておきたい。
ウーブンとは「織り成す」「編まれた」といった意味で、網の目のように道が織り込まれたイメージから命名された。ここで言う道とは自動車道や歩道だけではなく、ロボットや各種モビリティーが通り、さまざまな情報も行き交う道だ。
CESで発表したプロジェクトの名は道が織り込まれた街という意味でウーブン・シティ。2021年1月に本格的な活動を開始したグループの名はシティよりも大きな概念の「プラネット」。そのプラネット(惑星)のなかには、ハードウエアを得意とする「コア」、ソフトウエアを得意とする「アルファ」、ファンド部門の「キャピタル」の3つがある。
自動運転技術などの開発を手がけるセクションを「コア」としたのは自動車メーカーとしての矜持(きょうじ)だろう。やれコネクテッドだ、やれ実証都市だといっても、トヨタが描く世界の中心は自動車だと叫んでいるわけだ。そして、これからの事業を担うセクションは発展性や拡張性のニュアンスを含む「アルファ」と命名した。
続いて陣容から見ていこう。
ウーブン・プラネット・ホールディングスのCEOはトヨタ・リサーチ・インスティテュートの技術部門をけん引してきたジェームズ・カフナー氏だ。そして、技術部門の責任者であるCTOは自動運転や先進安全技術分野の開発責任者だった鯉渕 健氏が、業務執行の責任者であるCOOはTRI-ADでもCOOを務めてきた虫上広志氏が、それぞれ務める。
カフナー氏はCEOとしてグループ全体を率いると同時に、「アルファ」のリーダーであり、実証都市ウーブン・シティのプロジェクトにも深く関与する。つまり、カフナー氏がカバーする領域こそがウーブン・プラネットの本丸だ。
一方、鯉渕氏と虫上氏は「コア」のリーダーを担う。自動運転技術の開発にはトヨタグループとの連携が欠かせず、「コア」がウーブン・プラネット・グループとトヨタグループとの橋渡しをするのかもしれない。
カギを握るのはウーブン・アルファ
実は、2020年の発表当時、ウーブン・シティ・プロジェクトをどう受け止めるべきか、よく分からなかった。この種のコンセプチュアルな都市計画は韓国のスマートシティー計画しかり、アラブ首長国連邦(UAE)のゼロカーボン都市「マスダールシティー」しかり、尻すぼみになるケースが多いからだ。どの計画も最初は大きなビジョンで共感を得ようとする。しかし、実行段階に入ると予算がかさみ、成果は必ずしも華々しくなく、計画は規模縮小や路線変更へと動く。共感して集結した人々の心が離れ始めたら、そこからは負のスパイラルだ。
トヨタがそうしたリスクを知らないはずはなく、すべて踏まえたうえで意思決定したはずだ。どうやってビジョンを実現するのか、なかなかイメージはつかなかったが、ここ数カ月間で少しずつ具体像が見えてきた。キーワードは「道」だ。
ウーブン・シティ・プロジェクトの舞台となる静岡県裾野市では2021年2月に地鎮祭が行われた。いずれこの地に敷かれる道を、ウーブン・コアとトヨタグループが開発した実証実験車両や最新の自動運転車が走り、そこではウーブン・アルファが手がけた新しいモビリティーサービスや関連事業、買収したアメリカの配車サービス「リフト」のサービスを受けられるだろう。
さらに、6月にはいすゞ自動車や日野自動車とともに、ウーブン・アルファが開発中の自動地図生成プラットフォーム(Automated Mapping Platform、以下「AMP」)の活用に向けて検討を進めることを発表した。今回は地図生成のプロジェクトではあるが、ウーブン・キャピタルでは自動配送車両技術を持つNuroに出資をしており、いずれ基幹物流とラストワンマイルとをシームレスにつなげるような物流分野での連携もあるかもしれない。
また、ウーブン・シティの道にはエネルギーが通る道も含まれる。5月にENEOS(エネオス)とトヨタが発表した水素に関連するプロジェクトは、まさにウーブン・プラネット・グループが示す道の多様さを象徴するものだ。両社はウーブン・プラネット・ホールディングスとともに、水素を「つくる」「運ぶ」「使う」という一連のサプライチェーンに関する実証を行うという。
これらのさまざまな車両やモビリティー関連サービスはスタンドアローンでも成立するが、ウーブン・シティはコネクテッドがコンセプトだ。近視眼的にはカード1枚で全決済に対応するようなキャッシュレスサービスや、移動経路をトータルで提案する乗り換え案内のようなサービスが予想されるが、将来ビジョンとして描いているのはそのレベルのコネクテッドではないはずだ。果たしてどんな提案が出てくるだろうか。誰よりも楽しみにしているのは豊田章男社長かもしれない。
(文=林 愛子/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。