クルマの歴史的遺構が消える! 「多摩川スピードウェイ」跡地問題に思う
2021.08.16 デイリーコラム“保存宣言”から事態急変
「え~、ウソでしょう!?」
「多摩川スピードウェイの会」の会員から、知らせを聞いたときの率直な感想だった。
1936年に丸子橋西詰付近の多摩川河川敷に開場した、日本初、そしてアジア初となる常設サーキットである「多摩川スピードウェイ」。神奈川県川崎市中原区にあるその跡地には、85年前に建てられたコンクリート製の観客席が、ほぼ当時のままの姿で残っている。「多摩川スピードウェイの会」は、その跡地保存と歴史的意義の研究・情報発信を行う任意団体。同会によれば、戦前に建立されたサーキットの観客席がそのまま残っているのは、世界的にも希有(けう)な存在とのこと。そして、この地で行われたレースには、本田宗一郎を筆頭に後年の日本の自動車産業の発展に貢献した人物および企業が多く参加していた。そうしたことから、観客席は産業遺産および文化財として保存すべきという考えのもとに、同会は活動しているのだ。
ところが同会の会員によれば、多摩川河川敷の堤防強化工事の一環として、現存する観客席を完全に取り壊し、盛り土や連接ブロックにより新たな堤防を造成すること、そのための工事は2021年10月に着工予定であることが同年7月2日付で通達されたのだという。
会員にとっても寝耳に水だったという、この取り壊し危機の知らせに、筆者は混乱した。なぜなら跡地の歴史的意義および観光資源としての価値を認識した川崎市も、行政ビジョン「新・多摩川プラン」の一環として跡地の保存を宣言。2016年に竣工(しゅんこう)80周年記念プレートが観客席に埋め込まれた際の除幕式には川崎市長も出席し、スピーチで「川崎市としても、保存・啓蒙(けいもう)活動を盛り上げていきたい」と語っていたのを、はっきりと覚えているからだ。そうした経緯があるだけに、「なぜ? どうして?」といくつもの疑問符が脳内を占領したのだった。
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性急かつ一方的すぎないか
いったんクールダウンしてからあらためて話を聞いてみたら、ざっとこういうことだった。
そもそも一級河川である多摩川の、観客席が残る堤防部分は国土交通省(以下国交省)の管轄で、平面(かつてコースがあった、現在はグラウンドになっている部分)を管理しているのは川崎市。で、今回の工事の主体は国交省京浜河川事務所で、10月に工事開始という通達が川崎市にあったのも7月2日。市としても寝耳に水だったという。
堤防工事の理由は、言うまでもなく多摩川の治水。古くはテレビドラマ『岸辺のアルバム』で描かれた、最近では2年前の台風シーズンに川崎市内のタワーマンションや世田谷区の二子玉川駅周辺までが浸水被害に遭った、多摩川の増水による水害対策である。そのための治水事業自体は、流域住民の安全のため最優先で実施されるべきであり、そこに疑問の余地は1mmもない。
だが、だからといって、工事着工予定まで3カ月という、時間的な猶予がない時期での一方的な通達によって、産業・文化遺産に相当するものを取り壊していいというものでもないだろう。しかも、国交省京浜河川事務所による「多摩川緊急治水対策プロジェクト」の対象に観客席のある堤防は含まれていないとなれば、なおさら疑問は深まる。工事主体が緊急性を感じていなかったのに、なぜ着工を急がねばならないのか? というわけである。
この通達に対し、治水事業と観客席の保全の両立が図られるべきと考える多摩川スピードウェイの会では、早速国交省京浜河川事務所に工事計画見直しの申し入れを行った。その際、同会から観客席の部分的な移設などの妥協案も提示したものの、国交省側は工事計画を決定事項として伝えるのみで、当初は見直しの検討や協議の意思すら示さなかった。
その後、8月初旬になってモータースポーツ振興議員連盟会長の古屋圭司衆議院議員の事務所にて、国交省および川崎市の関係者を交えた会議が実施されたものの、依然として厳しい状況に変わりはないという。
われわれ自動車メディアに携わる者をはじめ、日ごろから「自動車文化」を唱えている人間は決して看過できない、すべきでないこの問題。自動車を愛する読者諸氏も、もし多摩川スピードウェイの会の趣旨に賛同できたならば、活動を支持していただけたら幸いである。なお、問題解決に向けて進展があれば、同会のFacebookページで報告されるとのことだ。
(文=沼田 亨/写真=多摩川スピードウェイの会、沼田 亨/編集=関 顕也)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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