第17回:トヨタが開発競争をリード 全固体電池が秘めた潜在能力とトヨタの巧みな戦略
2021.09.28 カーテク未来招来 拡大 |
トヨタが“未来のバッテリー”として期待する全固体電池の開発状況を発表。近い将来、まずはハイブリッド車(HEV)から導入していくとアナウンスした。その発表に筆者が驚かされた理由とは? 全固体電池に秘められた可能性とともに解説する。
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全固体電池の高出力化にめど
前回はトヨタのバッテリー戦略について、筆者が感じた3つの驚きのうち、2つ目までを説明したところで終わった。今回はそこから始めよう。
結論から言えば、筆者が驚いたのはトヨタが「全固体電池をEVより先にHEVから採用していく」と発表したことだ。掘り下げると驚きのポイントは2つあって、そのひとつは全固体電池をHEVから展開する理由として、彼らが「イオンがバッテリーの中を高速に動くため、高出力化が期待できるから」と説明したことだった。発表ではさらりと語られていたのだが、これは実はすごいことなのだ。
なぜすごいのか? そもそも、これまで全固体電池が実用化されていなかった理由は、「イオン伝導率の高い固体電解質がこれまで見つかっていなかった」からだ。イオン伝導率とは、電解質の中でイオンが移動しやすいかどうかを示す指標である。リチウムイオンバッテリーは正極と負極の間でリチウムイオンが電解質を伝わって移動することで、充電・放電する。リチウムイオンが移動しにくければ、充電には時間がかかり、放電時には出力が高まらないということになってしまう。トヨタが全固体電池の実用化に見通しをつけたのは、既存の液体電解質を上回るイオン伝導率を示す新しい固体電解質を、東京工業大学などと共同で開発することに成功したからだ。
ただし、電解質自体のイオン伝導率が高いだけでは、バッテリーとしての性能は高まらない。従来のリチウムイオンバッテリーのような液体の電解質では、正極・負極の表面にある細かい凹凸に電解質が入り込み、広い面積で極板と電解質が接触できる。しかし電解質が固体だと、形が定まったもの同士の接触になるので、粒子の角同士が触れ合うような、面積の小さな接触になってしまいがちだ。
トヨタ自動車が実用化を検討する硫黄系の固体電解質は、比較的柔らかい材質なので、圧力を加えることである程度は良好な接触状態を実現できるとみられているが、それでも液体よりは劣る。だから筆者は、「バッテリー全体としてみたときに、既存のリチウムイオンバッテリーと同等の出力が確保できれば上々」だと思っていた。それを、トヨタが「高出力化が期待できる」と豪語したので驚いたというわけだ。
HEVとの組み合わせに見る巧みな戦略
そして2つ目の驚きのポイントは、トヨタの戦略の巧みさである。全固体電池はまったく新しい技術であり、実用化しても当初はコストが高くなるとみられている。加えて量産技術も未熟だから、いきなり大量生産するのは難しい。だから筆者は、全固体電池を実用化するといっても、当面は搭載車種や台数を絞り込んだ、限定的な市場投入になるとみていた。
これに対し、HEVならEVに対してバッテリーの搭載量は30分の1から50分の1で済むので、コスト面での商品化のハードルが下がる。生産量も少なくて済むから、当初は小さいロットで生産を立ち上げて、プロセスを改善しながら徐々にその規模を拡大するというステップも踏める。なるほど、新米役者の初舞台として格好の条件がそろっている。
今回の発表で、トヨタは全固体電池を搭載した車両を製作し、テストコースで走行試験を実施してデータを取得できる段階になったことを明らかにした。さらに、そのデータをもとに改良を重ね、2020年8月には全固体電池を搭載した車両でナンバーを取得し、試験走行を実施したという。つまり、公道を走行できるくらいまで開発は進んでいるのだ。
もちろん、全固体電池にはまだ解決されていない課題もある。そのひとつが「寿命が短いこと」だという。この点についても、(もちろん商品化までには解決するのだろうが)エンジンを積むHEVとの組み合わせであれば、万一バッテリーの性能が大きく低下しても走行を続けることができる。その意味でも安心だ。
また、今回トヨタは“高出力化”という部分に焦点を当てて全固体電池のメリットを解説したが、この技術の秘める可能性はこれだけではない。ひとつは難燃性だ。今日におけるリチウムイオンバッテリーは、主として電解質に有機化合物の液体を使っている。この液体は可燃性なので、電池が過熱したり、なんらかの原因でショートしたりした場合、燃えてしまう危険性があるのだ。実際、米ゼネラルモーターズの「シボレー・ボルトEV」は韓国LG化学のバッテリーが火災を起こす危険があるとして、大規模なリコールを実施している。この点、トヨタが採用する硫化物系の固体電解質は不燃物であり、安全性の向上が期待できる。ただし、硫化物系の材料は水分と反応すると有毒な硫化水素ガスを発生する点には注意が必要だ。
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可能性はまだまだ広がる
また、全固体電池は他のバッテリーよりエネルギー密度を高められる可能性がある。1つ目の理由は、先に説明したように熱に強いから。既存のリチウムイオンバッテリーより隙間を小さくして搭載したり、冷却装置を省略、あるいは小型化したりできる可能性があるのだ。また、詳しくは次回に解説したいと思うのだが、全固体電池は「バイポーラ型バッテリー」にしやすいという特徴もある。このバッテリーは、トヨタが新型「アクア」にバイポーラ型ニッケル水素バッテリーを採用したことから注目を集めているが、構造的に内部抵抗を大幅に下げられるという特徴がある。充電時や放電時の発熱を抑えられるので、この点でもバッテリーの小型化につながる。
このように、熱に強く、しかも熱の発生そのものを抑えられる特徴を生かせば、全固体電池は今日における同容量のリチウムイオンバッテリーに対し、容積を2分の1から3分の1に小型化できるといわれている。さらに液体の電解質を用いたバッテリーに比べ、正極や負極に用いる材料系の選択の幅が広がるという特徴もある。より高いエネルギーを蓄えられる材料を使えば、さらにバッテリーの小型化につながる可能性があるのだ。
世界の完成車メーカーで全固体電池の開発を表明する企業は多いが、実際にバッテリーを試作して公道での走行試験にこぎ着けたところは、筆者の知る限りではトヨタだけだ。現在、日本の電池産業は中国や韓国の巨大企業に押され気味で、欧州企業の猛追も始まっている。そうしたなかで、トヨタがこの分野では現在のところ先頭を走っていることを確認できたのは、数少ないグッドニュースだった。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=トヨタ自動車、ゼネラルモーターズ/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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