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第42回:EV市場に桜前線到来! 日産の軽EV「サクラ」は地方の“SS過疎”を救うか?

2022.05.31 カーテク未来招来 鶴原 吉郎
日産の新型軽EV「サクラ」。ガソリンエンジンの軽乗用車「デイズ」をベースにしながらも、エクステリアはイメージを刷新。フロントまわりに上級EV「アリア」のモチーフを取り入れている。(写真:向後一宏)
日産の新型軽EV「サクラ」。ガソリンエンジンの軽乗用車「デイズ」をベースにしながらも、エクステリアはイメージを刷新。フロントまわりに上級EV「アリア」のモチーフを取り入れている。(写真:向後一宏)拡大

日産から軽規格の新型電気自動車(EV)、その名も「サクラ」が発表された。日本人にはなじみの深い、春めいた趣の名のニューモデルは、この国のEVマーケットを切り開く存在となるか? 小さなボディーに秘められた大きな可能性を探る。

格子をモチーフにしたというLEDコンビネーションランプなど、リアまわりにも独自のデザインを採用。ボディーカラーのバリエーションは「X」で10種類、「G」で15種類と非常に豊富だ。
格子をモチーフにしたというLEDコンビネーションランプなど、リアまわりにも独自のデザインを採用。ボディーカラーのバリエーションは「X」で10種類、「G」で15種類と非常に豊富だ。拡大
インストゥルメントパネルまわりも「サクラ」独自のものとなっており、「アリア」に通じるデザインが取り入れられている。(写真:向後一宏)
インストゥルメントパネルまわりも「サクラ」独自のものとなっており、「アリア」に通じるデザインが取り入れられている。(写真:向後一宏)拡大
ベース車から大きくイメージを変えた「サクラ」に対し、姉妹車である「三菱eKクロスEV」のデザインはベース車「eKクロス」とほぼ同じだ。この辺りに、軽EVにおける日産と三菱の戦略の違いが見て取れる。
ベース車から大きくイメージを変えた「サクラ」に対し、姉妹車である「三菱eKクロスEV」のデザインはベース車「eKクロス」とほぼ同じだ。この辺りに、軽EVにおける日産と三菱の戦略の違いが見て取れる。拡大
日本全国のガソリンスタンド数(グラフ中では給油所数)の推移。2021年度末時点で約2万9000カ所と、ピーク時の半分以下にまで減少している。(資料:資源エネルギー庁)
日本全国のガソリンスタンド数(グラフ中では給油所数)の推移。2021年度末時点で約2万9000カ所と、ピーク時の半分以下にまで減少している。(資料:資源エネルギー庁)拡大

全国で3万カ所を切るガソリンスタンド

今年最も注目していたモデルのひとつが発表された。日産自動車が今夏に発売を予定している、新型の軽EV「サクラ」だ。同時に三菱自動車からも「eKクロスEV」が発表されたのだが、こちらは内外装のデザインをほぼガソリン車の「eKクロス」から踏襲しており、どうも新鮮味がない。そこへいくと、外観や内装のほぼすべてを新設計としたサクラのほうが、どうしても魅力的に映る。そこでここからは、サクラを中心に紹介していこう。

筆者はかねて、日本でのEV普及の起爆剤になるのは軽自動車のEVだと考えていた。その理由はいくつかある。ひとつは、地方でいま「SS過疎」と言われる現象が起きていることだ。SSとはサービスステーション、つまりガソリンスタンドのこと。SSはピークの1994年には約6万カ所が存在していたが、現在では約2万9000カ所にまで減少している。8年後の2030年には、2万カ所程度にまで減少する見込みだ。その主因はハイブリッド車の普及などでクルマの燃費がよくなり、ガソリン需要が減少していることである。

SSの減少は特に地方で顕著だ。資源エネルギー庁は、SSが3カ所以下の市町村を「SS過疎地域」と定めてその数を調査しており、2020年3月時点で゙その数は全国332市町村に上っている。地域によっては、ガソリンを給油するためだけに往復40分も走行しなければならないところもあると聞く。

そこへいくと、EVならば自宅で充電が可能で、SSにまで給油に行く必要がない。SSに行かなくていいというのはEVの大きなメリットのひとつだ。一方、都市部では集合住宅に住む人も多いから、自宅充電が難しいというケースもあるだろう。一戸建ての比率が高い地方はEVに向いている。さらに地方はクルマを複数所有する世帯が多いから、近所に出かけるときにはEV、遠出のときにはエンジン車という使い分けができる。つまり地方は、さまざまな面でEVに適した条件がそろっているのだ。

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実質価格は180万円

しかし、確かにEVは地方に向いているものの、都市部に比べて相対的に所得水準が低い地域では、価格の高いEVには手を出しにくかったというのが実情だろう。逆に言えば、価格さえ下がればEVが地方で普及する条件はそろっている。日産と三菱がこの夏に発売する軽EVは、これまでの「価格が高い」というEV普及の足かせをブレークスルーする可能性がある新型車として、筆者は期待していたのだ。

果たして、発表されたサクラの価格は、ベースグレードの「S」が233万3100円、中間グレードの「X」が239万9100円、そして上級グレードの「G」が294万0300円である。Sグレードの場合、国のEV補助金55万円を考慮すれば、購入負担は178万3100円、Xグレードでは184万9100円となる。東京都の場合には、「令和4年度ZEV補助金」が個人向けBEVで45万円なので、Sグレードの実質購入価格は133万3100円まで下がる計算だ。日産の軽自動車「デイズ」の価格は、ほぼ装備が等しい「S」グレードで132万7700円なので、車両にかかる購入時の負担は同程度まで下がることになる。

残念ながら、軽自動車比率の高い九州などでは東京都ほどの手厚い補助金は支給されないのだが、それでも、これまでのEVに比べるとかなり手の届きやすい価格になっているとはいえると思う。

低価格のEVというと、かつて「三菱i-MiEV」が227万3400円からの値段で販売されていたこともあるが、それは航続距離120kmの廉価版で、またi-MiEV自体も廉価版の廃止や値上げ、軽自動車から普通車への変更などを経て、2021年2月に販売終了となった。一般ユーザーの実用に耐えうるEVを安く提供するのは、非常に難しいことなのだ。
低価格のEVというと、かつて「三菱i-MiEV」が227万3400円からの値段で販売されていたこともあるが、それは航続距離120kmの廉価版で、またi-MiEV自体も廉価版の廃止や値上げ、軽自動車から普通車への変更などを経て、2021年2月に販売終了となった。一般ユーザーの実用に耐えうるEVを安く提供するのは、非常に難しいことなのだ。拡大
「サクラ」と多くのコンポーネントを共有する軽乗用車「デイズ」。EVオーナーに支給される国や自治体からの補助金を考慮すると、サクラの購入にかかる経済的負担は、場所によっては一般的な軽乗用車とほぼ同じとなる。
「サクラ」と多くのコンポーネントを共有する軽乗用車「デイズ」。EVオーナーに支給される国や自治体からの補助金を考慮すると、サクラの購入にかかる経済的負担は、場所によっては一般的な軽乗用車とほぼ同じとなる。拡大

プラットフォームは極力流用

ここまで、あまりクルマ本体に関係ないことばかり書いてきたが、ハード面でも興味深い点がいくつかある。まずプラットフォームだが、基本的には先述の軽乗用車「デイズ」から流用しているものの、バッテリーを搭載するフロアパネルは新設しているのではないかと思っていた。しかし、驚いたことにサクラはフロアパネルを含めてそちらから流用しているようだ。デイズのプラットフォームのフロアトンネル形状に合わせてバッテリーパックを設計することで、容量20kWhのバッテリーを、室内スペースを犠牲にせず搭載することに成功している。

もともとデイズのリアシートはヒザ裏部分の高さ(=床面に対するシート座面高)が低く、腰掛けるとヒザ裏が座面から浮いてしまうのが筆者にとっての不満ポイントだった。これは、リアシートを子どもが腰掛けるものと想定して設計しているかららしいのだが、バッテリーの搭載でさらにフロア面が上がってしまうと、「体育座り」のような着座姿勢を強いられるのではないかと懸念していた。しかし、これは杞憂(きゆう)だった。

フロアを変えずにバッテリーパックを搭載したしわ寄せを吸収したのは、リアサスペンションの構造だ。デイズ(FF車)のリアサスペンションはトーションビーム式なのだが、サクラでは3リンク式リジッドに変更されている。これは、フロア高さを上げなかったぶんバッテリーパックの長さが伸びてしまい、トーションビームのままでは搭載できなかったからだ。トーションビーム式のサスペンションは左右のトレーリングアームを結合するトーションビームが後輪よりも前にあるが、3リンク式ではタイヤの中心軸にビームが位置するので、そのぶん長いバッテリーパックを搭載できるのである。

「サクラ」に搭載されるバッテリーパック。エンビジョンAESC製で、「デイズ」のフロアパネル形状に合わせた設計となっている。
「サクラ」に搭載されるバッテリーパック。エンビジョンAESC製で、「デイズ」のフロアパネル形状に合わせた設計となっている。拡大
フロア下のトンネルスペースにバッテリーを配置することで、「デイズ」の室内の広さを維持しながら容量20kWhのバッテリーの搭載を実現した。
フロア下のトンネルスペースにバッテリーを配置することで、「デイズ」の室内の広さを維持しながら容量20kWhのバッテリーの搭載を実現した。拡大
パワーユニットの搭載には、エンジンルーム内のユニットメンバーにインバーターと一体化したモーターをつり下げるマウント方式を採用。バッテリーパックが後輪の車軸ぎりぎりのところまであるため、「デイズ」のトーションビーム式リアサスペンションは使えず、3リンク式に変更した。
パワーユニットの搭載には、エンジンルーム内のユニットメンバーにインバーターと一体化したモーターをつり下げるマウント方式を採用。バッテリーパックが後輪の車軸ぎりぎりのところまであるため、「デイズ」のトーションビーム式リアサスペンションは使えず、3リンク式に変更した。拡大

“電気で走る”以外にも気になるポイントが

もう一点驚かされたのが、これだけ小さいバッテリーパックでも、冷却システムを備えることだ。バッテリーパックに冷却システムがない「リーフ」は、例えば高速道路を走行するとバッテリーの温度が上がってしまい、急速充電しようとしてもなかなか電気が入らないという問題が起こっていた。しかしサクラでは、この課題は解消されているという。

車体が大幅に強化されているのもサクラの特徴だ。バッテリーパックを衝突の衝撃から守るため、フロアには横方向に3本の補強材が追加されている。またモーターの振動を抑えるため、エンジンルーム(サクラにエンジンはないから「モータールーム」と呼ぶべきかもしれないが)にも左右のサイドメンバーを結合するユニットメンバーを追加。このメンバーにインバーターやモーターを搭載するようにしている。左右のサイドメンバーを結合する補強材は車体剛性の強化には非常に効果的だが、通常はエンジンがあるため不可能だった。このように、サクラはオリジナルのデイズに比べて、大幅に車体剛性が強化されているのだ。

加えて、搭載されるモーターは、デイズのターボ仕様の約2倍にあたる195N・mの最大トルクを発生。重いバッテリーを低い位置に搭載しているので、重心高も低い。さらに車両重量は通常の軽自動車より200kgほど重い1070~1080kgだから、乗り心地も向上しているだろう。残念ながら筆者はまだサクラに試乗できていないが、日産が「これまでの軽とは別次元の性能を実現した」と豪語するその走りの実力を、早く公道で試してみたい。

(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=向後一宏、日産自動車、三菱自動車、webCG/編集=堀田剛資)

「サクラ」では効率の高いヒートポンプ式エアコンを採用しており、このエアコン冷媒を利用したバッテリーの冷却システムも搭載。急速充電時の速度低下の抑制や、バッテリー劣化の軽減に寄与するという。(写真:向後一宏)
「サクラ」では効率の高いヒートポンプ式エアコンを採用しており、このエアコン冷媒を利用したバッテリーの冷却システムも搭載。急速充電時の速度低下の抑制や、バッテリー劣化の軽減に寄与するという。(写真:向後一宏)拡大
充電口のフタには「SAKURA」のロゴやホイールのデザインをモチーフにした装飾を採用。オーナーの満足感を高める、ささやかな工夫だ。
充電口のフタには「SAKURA」のロゴやホイールのデザインをモチーフにした装飾を採用。オーナーの満足感を高める、ささやかな工夫だ。拡大
駆動用モーターは、64PSという最高出力は一般的な軽ターボ車と同等だが、最大トルクは約2倍の195N・mを発生。力強くスムーズな加速を実現する。
駆動用モーターは、64PSという最高出力は一般的な軽ターボ車と同等だが、最大トルクは約2倍の195N・mを発生。力強くスムーズな加速を実現する。拡大
普通の軽乗用車とは異なる走りが予想される「日産サクラ」。ぜひ公道で、その仕上がりをチェックしてみたい。
普通の軽乗用車とは異なる走りが予想される「日産サクラ」。ぜひ公道で、その仕上がりをチェックしてみたい。拡大
鶴原 吉郎

鶴原 吉郎

オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。

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