ファン・トゥ・ドライブを取り戻せ! “脱ハイスペック”スポーツカーのすすめ
2022.08.01 デイリーコラムあくなきパワー追求の果てに……
スポーツカーやスーパーカーのパフォーマンスはいったいどこまで上がっていくのだろう? 特にパワートレインのスペックは、本格的な電動化時代を迎えていっそう際限なく向上していきそうだ。スーパーカーの世界では、エンジン+電気モーターのハイブリッドなら最高出力1000PSオーバー、フルバッテリーなら1500PSオーバーが常識のようになりそうで、今更ながら空恐ろしい時代になったものだと嘆息する。スペックオタクにはたまらない時代、かもしれないけれど、正直そんな高出力表示を目の当たりにしても、「扱い切れるはずがない」とにわかに冷静になってしまう自分がいる。好きなクルマとは違う、何か別の機械の性能について教えられている気分にさえなってしまう。
とはいえ、デザイン変更と並んで購買意欲をたきつけるための重要な要素であるパワートレインスペックは、好むと好まざるとにかかわらず上げてこざるを得なかった。スポーツカーやスーパーカーのモデルチェンジで新型車のスペックが従来モデルに劣るなんてことはありえない(排ガス規制でやむなく落とした時の悪評を覚えているベテラン読者諸兄もいらっしゃるだろう!)。やがて安全性能も引き上げるため車体の大型化が進み、パワースペックの引き上げもいっそう過激になる。同時に大きく重い車体に見合う高性能を御するシステムはより高度になって……。その繰り返しの果てに今度は、社会的アピールを含めた環境対策としてのバッテリー搭載という、文字どおりの“重荷”が加わり、いっそうパワースペックは引き上がって、いよいよ1000PS時代の到来となった。
結果、どうなったか。アンダー500PS時代に比べて電子制御技術が格段に進歩し、ドライバーの技量にかかわらず車体側の制御によって走る時代となって、今では積極的に操っているという気分にさせるまで進化を果たした。空恐ろしいスペックのモデルに関して言えば、今やリアルとバーチャルの間でドライブしているような感覚さえあるのだ。
“不完全さ”がもたらす魅力
面白いことに高性能車のパワースペックが500PSを超え始めた21世紀以降、つまり電子制御なしでは高性能が成立しなくなってからというもの、その進化と反比例するかのようにクラシックモデルへの注目と人気は高まった。投資的な側面ももちろんあったけれども、根底には「不完全な昔のクルマを楽しみたい」という素地(そじ)があったはず。それぞれのモデルにあった不完全さや欠点こそが個性や味わいであって、それを克服するように進化するのが工業製品の宿命である以上、機械としてのネガティブ面を技量でカバーするという“ファン・トゥ・ドライブ”の源もまた失(う)せざるを得なかったのだろう。
メーカーもそのことにはどうやら気づいているようだ。ヴィンテージやクラシックの価値がその個体の存在のみにとどまらず、メーカーによるクラシックモデルの徹底したリバイバル生産もちらほら見受けられるようになったからだ(ジャガーやアストンマーティンなど)。既存のメーカーではないけれど独自にエンジンを開発し、クラシックモデルをベースに新たな価値を付加したニュータイプのレストモッド・コンプリートカーも出現している(DKエンジニアリングやキメラ・アウトモビリなど)。
さらに、「フェラーリ・デイトナSP3」のように、あえてハイブリッドシステム(「ラ フェラーリ アペルタ」用)は外し、総合スペックを落とすモデルまで現れるようになった。もっともデイトナSP3の場合は、軽量化や空力、エンジン単体とトランスミッションの進化でパワーダウンを補い、ラ フェラーリ アペルタに匹敵するサーキットパフォーマンスを得ているのだが……。
楽しむために力をそぐ
そう考えると、真に(もしくは昔ながらの)ファン・トゥ・ドライブを取り戻すためにメーカーが取り得る策として2つの方向性があるように思う。ひとつは完成度を下げること、そしてもうひとつはパワートレイン性能を下げることだ。前者は工業製品を真摯(しんし)につくる自動車メーカーが取るべき手段でないことは明白だろう。せいぜいクラシックモデルを正確に復刻する(レトロモダンではなく)くらいしか完成度を下げる手だてはない。
となれば、残る手だてはアンダーパワー化だ。積極的にパワートレインの性能を下げることで、操る楽しみを再構築できないものだろうか。もちろんそのためにはわれわれクルマ好きがスペックなど気にならない態度を示し、コンパクト化のための居住性悪化を受け入れる姿勢も見せなければならない。若いクルマ好きに受け入れてもらえるのかどうか、甚だ不安ではあるけれども。
先日、久しぶりに「マツダ・ロードスター」に乗った。同時に何台かコンパクトなスポーツカーも試すことができた。結果的に最もファンだったのは、最も遅く、最も電子制御の簡単なロードスターだった。
運転を機械に託す時代が未来だとすれば、それまでの間、ドライビングファンなクルマにもっと乗っていたいと思う。積極的なアンダースペックモデルの企画を提案したい。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ、メルセデス・ベンツ、アストンマーティン、キメラ・アウトモビリ、マツダ/編集=関 顕也)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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