「クロストレック」に採用される新技術も解説! スバルが取り組む安全技術開発の最前線
2022.12.09 デイリーコラム5つの分野の施策を通して安心・安全を追求する
スバルは2021年に組織改革を行い、CTO室を新設した。CTOとはChief Technical Officerの略で、最高技術責任者を意味する。最高経営責任者のCEOや最高財務責任者のCFOはよく知られているが、CTOというのは初めて聞いた。自動車業界は「100年に一度の大変革期」に入ったといわれており、技術面での体制強化を図る必要があったのだろう。変化に対応するため、迅速な意思決定が求められている。CTO室には経営や調達、原価管理などの部門のメンバーも参加しているそうだ。技術に関わるさまざまなファクターを総合的に検討するということらしい。
2022年11月30日にオンラインで開催された「SUBARU テックツアー」では、そのCTO室長に就任した植島和樹氏が登壇した。テーマは「SUBARUの事故低減に向けた取り組み(衝突安全編)」である。同年8月の予防安全編に続く第2弾として、スバルの安全技術について解説がなされた。CTO室にとって安全は、優先度の高いミッションなのだ。
スバルでは、かねてクルマの安全技術を4つに分けて開発している。「0次安全」「走行安全」「予防安全」「衝突安全」で、最近ではそこに「つながる安全」も加えて、交通事故の削減を目指している。このうち、事故を起こしにくいクルマづくりが0次安全だ。視界がよく、疲れにくいクルマとすることで事故の発生そのものを抑える。次いで、危険時に事故を回避できる運動性能を担保するのが走行安全。運転支援システム「アイサイト」などが予防安全にあたる。そして、事故が起きてしまった場合に備える衝突安全、速やかな救命活動に向けたつながる安全と、5つの方向から総合安全を追求するのだ。
実際の事故のデータを収集し、解析して対策を講じている。警察や医療機関から得た情報をもとに、コンピューター上でシミュレーションを行って傷害が発生するメカニズムを探るのだ。2017~2019年に発生した全死亡事故を調べた結果、0次安全/走行安全の技術は37%、予防安全は57%、衝突安全+救助救命は62%の事例において、事故回避・被害軽減に役立てられることが判明したという。
強化される歩行者・自転車保護の取り組み
2022年9月に発表された新型車「クロストレック」では、衝突安全の性能を高めるために、「スバルグローバルプラットフォーム」の最新版を採用している。ボディーにホットスタンプ材を広く用いるとともに、衝突サブフレームを採用して相手車両へのダメージ抑制を図った。助手席シートクッションエアバッグとニーエアバッグで乗員を守り、可変荷重シートベルトで体への負担を軽減する。骨の強度が落ちている高齢者への配慮である。古くからある安全装備のシートベルトやエアバッグにも、まだ進化の余地が残されているようだ。
今後の課題としては、自転車に乗った人への対応が挙げられた。歩行者に関しては衝撃を吸収するエンジンフードやボンネットエアバッグなどで被害を緩和するが、自転車に乗っているとフロントガラスまわりに頭部が衝突するケースが多い。ガラスエリアは構造的に柔らかくすることができないので厄介なのだ。日本では欧米に比べて歩行者や自転車が相手となる事故が多く、対策が急務である。
また自動車対自動車の衝突では、ラップ率(自車と衝突物の横位置関係を、パーセンテージで表したもの。全面でぶつかる“フルラップ衝突”では100%となる)と衝突角度の異なる形態への対応を研究している。真正面からのフルラップ衝突では乗員の衝撃が最大となり、ラップ量が少なく角度のついた衝突では、車体の変形が最大になる。もちろん、どちらの事故でも最大限に効果を発揮する車体構造が望ましいが、あちらを立てればこちらが立たずで、一筋縄ではいかないのだ。
また、今回の衝突安全というテーマからは外れるが、クロストレックで初採用された新型アイサイトについても紹介された。ここでも歩行者や自転車への対応がとられており、特に新たに想定されたのが、クルマが右左折しているときに歩行者が飛び出してくるケースと、交差点を直進するときに左右から速いスピードの自転車が侵入するケースだ。それぞれ、対歩行者事故の19%、対自転車事故の27%を占めると試算されるから、対策は重要である。
テストコースで行われたシミュレーションのビデオを見ると、ドライバーの視点からは対象となる歩行者や自転車が見えにくいことがよく分かる。また、前方を監視するステレオカメラをセンシングの軸とするアイサイトも、側方から接近する物体を認識しにくいという弱点を抱えていた。今回新たに採用された広角単眼カメラは、従来の約2倍の範囲を認識することができ、交差点での事故抑制に効果が期待される。LiDARも高い性能を持つがコストが高く、安価に提供するために広角単眼カメラを採用することとした。
現実味を帯びてきた“死亡交通事故ゼロ”の未来
CTO室が新設されたこと、本年のテックツアーで2度にわたり安全技術を取り上げたことからも分かるとおり、スバルがこの分野で高い志を持っていることは確かである。地道な取り組みの積み重ねにより、スバルは国内外の安全性能評価で優秀な成績を収めてきた。リアルワールドにおいても、アメリカと日本では販売台数100万台あたりの死亡事故、重傷事故件数が、主要な自動車メーカーの平均値を下回っている(写真キャプション参照)。
正直なところ、試乗記で車両の安全機能に触れることは決して多くない。テストすることはできないから、紹介はどうしてもプレス資料に頼ることになる。いや、それは言い訳だ。安全はワクワクするような話ではなく、後回しにしているだけかもしれない。運転の楽しさやスタイリングの美しさなどに比べれば、いかんせん地味な領域なのだ。
それでもスバルは、国内メーカーとしては早くから「2030年までに死亡交通事故ゼロ」という目標を掲げてきた。スウェーデンで死亡重傷事故をゼロにすることを目指す「ビジョン・ゼロ」政策が始まったのは1997年だ。当時は遠い理想と受け止められていたが、ようやく現実的な目標になってきた。今では先進運転支援システムが普及し、ヒューマンエラーを抑えることで安全性が高まっている。完全に事故をなくすことは簡単ではないが、希望の光は見えてきているのだ。
最近、マツダの「CX-8」を取材する機会があり、追突事故での安全性について説明を受けた。子育てファミリーでは、安全性を考慮してクルマ選びをすることが多いという。スバルだけではなく、自動車メーカーは地道に安全性向上に取り組んでいるのだ。
クルマにとって、命を守ることが最優先なのは当然だ。死亡交通事故ゼロは技術だけで実現できることではなく、法規の整備や行政の努力も大きな要因になる。もちろん、メディアがしっかりと情報を伝えることも大切だ。自省を込めて。
(文=鈴木真人/写真=スバル、向後一宏/編集=堀田剛資)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。