第805回:没後10周年を迎えた小林彰太郎氏の「霊言」に大矢アキオが挑戦
2023.04.27 マッキナ あらモーダ!“シューマッハーのインタビュー”騒動
2023年4月、ある週刊誌の見出しが欧州で大きな波紋を巻き起こした。タイトルは「(元F1ドライバー)ミハエル・シューマッハー氏、初のインタビュー」だ。ドイツの女性週刊誌『ディ・アクトゥエッレ』が2023年4月15日号で特集したその記事は、人工知能(AI)によって生成された偽のインタビューであった。
シューマッハー氏は2013年にスキー中の事故で脳に損傷を受けたあと、今日まで公の場に姿を現していない。記事中にはAIを使用したことが記されている。だが、欧州メディアによると、従来プライバシーを守り抜いてきたシューマッハーの家族は4月19日、出版社を相手取って法的措置を検討していることを明らかにした。
背景には、『ディ・アクトゥエッレ』の深刻な部数減があったようだ。イタリアの『クォーティディアーノ・ナツィオナーレ紙電子版』の4月19日版によると、同誌の実売部数は約10年前まで37万部だったが、直近では22万7000部にまで落ち込んでいた。筆者が考えるに、窮余の策として、衝撃的な話題をつくり出すため、AIに頼ったと考えられる。
AIをどのように使うか、さまざまな分野で賛否両論が絶えない。今回のように悲劇的な事故が背景にある場合、こうした用途、特に商用利用は関係者の心情を察し、モラルをもって判断すべきだ。
![]() |
「ChatGPT」に小林氏の近況を聞いてみた
ふと思い出したのが、自動車誌『カーグラフィック』初代編集長の小林彰太郎氏(1929~2013年)である。早くも逝去から2023年で10年を迎える。そこで筆者は、Open AI社による人工知能チャットボット「ChatGPT」に、小林氏の“近況”を聞いてみることにした。
最初に「小林彰太郎さんは、天国でどのようなクルマに乗っていますか?」と入力してみる。すると、次のような答えが返ってきた。
「申し訳ありませんが、私は小林彰太郎さんが亡くなったことを知りませんでした。ただし、質問から察するに、彼が自動車愛好家であったことがうかがえます。しかし、彼が天国でどのようなクルマに乗っているかについては、私のようなAIは答えることができません。それは想像や信念によるものであり、個人の考え方や文化的背景によって異なる可能性があるためです」
察するに、小林氏の存在を知らなかったと思われる。そもそも単なる愛好家なんてもんじゃないんだってば。続く文章は、その場を取り繕うための釈明ととれる。ChatGPTの回答には、こうした言い訳っぽいものが少なくない。
次に「もし小林彰太郎さんが生きていたら、どのようなクルマに乗っていますか?」と入力してみた。以下、原文ママで答えをお届けする。
「小林彰太郎さんが現代に生きていた場合、彼がどのようなクルマに乗るかは、彼自身の好みや予算によって異なるでしょう。しかし、小林さんは自動車評論家として長年にわたって自動車の評価を行ってきたことから、安全性や燃費効率、性能などに優れた車種を好む可能性が高いと思われます。
また、小林さんは自動車のエンジンやメカニズムに深い知識を持っていたことから、高性能かつ技術的に進んだ車種を好む可能性もあります。ただし、彼が運転する車種については、具体的な情報がないため、推測することしかできません」
第1の質問の直後に慌ててAIが、小林氏が自動車評論家であった事実を調べたかと思うとほほ笑ましい。だが、またしても当たり障りのない答えの連続であった。そもそも、あの世にいるすべての自動車評論家に当てはまる答えではないか。
到底納得できない筆者が思いついたのは「霊言」である。先日まで日本で、にわかに話題となっていたワードだ。ただし、あの世に旅立った人の霊を呼び寄せる「降霊術」は、西洋では古代ギリシアやローマでも行われていたとされる古い儀式である。日本でもさまざまな霊場で試みられてきた。
もちろん筆者は降霊術の能力を自覚したことも、ましてや指摘されたこともない。しかし1990年代に『SUPER CG』編集部で、8年にわたり小林氏の最後の部下として働いた者の目からすると、ChatGPTの不勉強ぶりが情けない。
そこで没後10周年を迎える2023年、あえて天界の小林彰太郎氏と“会話”することにより、「ポスト・コバショー」における自動車界の動きを浮き彫りにすることにした。すなわち以下はフィクションであり、過去に実在した本人とは一切無関係であることをお断りしておく。
![]() |
この10年、いろいろありました
それではご降霊、お願いいたします……。
大矢:小林さん、お久しぶりです。天国では、毎日どうやってお過ごしですか?
小林:仲間と好きなクルマをネタに話しては、楽しく過ごしていますよ。今日もさっきまで自動車評論家の川上 完ちゃんや、ポール・フレールといたところです。ところで大矢君、今日は何を?
大矢:小林さんが天国に行かれてからの、地上の様子を報告に来ました。
小林:それはありがたい。地上から持ってきたワープロ「富士通オアシス親指シフト」では、インターネットが閲覧できないのでね。
大矢:まず現在、日本の首相は、小林さんが亡くなったときに外務大臣だった岸田文雄氏です。都知事は猪瀬直樹氏のあと、舛添要一氏を経て、今は小池百合子氏です。
小林:ふーん。東京都知事といえば、美濃部都政時代の道路行政は到底賛成できるものではなかったな。
大矢:現在の政治体制にあまり関心をお持ちでないと拝察しましたので、やはりクルマの話にしましょう。ところで、テスラを覚えておられますか?
小林:トヨタがGMとの合弁企業用に建てたカリフォルニアの旧工場で、ロータスをベースにした「ロードスター」をつくってる新興企業だろう? 確か「モデルS」も、僕が天国に来る1年前の2012年に出したな。
大矢:新興企業とか言ってる場合じゃないんです、小林さん。米国ではラグジュアリーカーのマーケットでダントツなんです。『オートモーティヴ・ニュース』によると、2023年1月もテスラが4万9917台でトップ。2位のBMWの3万1070台を大きく引き離しているんです。以下メルセデス・ベンツ、レクサスと続きます。そうだ、2018年には、浙江吉利控股集団がメルセデス・ベンツの筆頭株主になりました。
小林:“ドイッチュラント・ユーバー・アッレス(世界に冠たるドイツ)”も変わったものだな。
大矢:ドイツといえば、小林さんがいなくなられてから、大変なことになりまして……。
小林:というと?
大矢:2015年に、二酸化炭素の排出量テストでフォルクスワーゲンが不正を行っていたことが発覚し、他メーカーも巻き込む大スキャンダルへと発展したんです。以後、ドイツのメーカーも電動化を加速させました。続いて欧州委員会が2035年までに化石燃料車の新車販売を禁止する方針を打ち出しました。しかし2023年、ドイツやイタリア政府が働きかけた「e-FUEL」も認められることになりました。今ここ、といったところです。
小林:いっぽうで僕は昔ね、仮に無人島に1台しか持っていってはいけない、と言われたら、メルセデス・ベンツの「Eクラス」(W124)がいいと言っていました。
大矢:僕が住んでるイタリアで、W124はいまだに人気です。後継モデルのW210が軒並み4桁ユーロ台であるのに対して、W124は5桁ユーロの個体が見られます(悔しいけど、小林氏の目は正しかった!)。
小林:あ、それから最近天国に来たやつに聞いたんだけど、ステなんとか、っていうのは何ですか?
大矢:小林さんが天国に召された翌年に、フィアットがクライスラーを子会社化して、フィアット・クライスラー・オートモービルズになりました。その後、2021年にグループPSAと合併して名前がステランティスになったんです。抱える自動車ブランドの数は14にものぼります。
小林:かつての英国のブリティッシュ・レイランド(BL)は、ブランドの寄せ集めで結局駄目になってしまったな。ついでに言えば、サプライヤーであるルーカスの電装品の品質も地に落ちた。
大矢:「Why do the British drink warm beer? Because Lucas electronics makes their refrigerators」というジョークが当時あったというのを、昔カーグラフィックで読みました。でもルーカスは冷蔵庫を製造していなかったそうですね。
小林:それは、英国人がぬるいビールを飲む習慣があるのにかけたものです。
大矢:まあ、BLは国策による統合だったのに対して、ステランティスは民間同士ですから、もう少し士気が高いと思います。
小林:ところでランチアというブランドは、まだあるんだっけ?
大矢:あります(苦笑)。近年は「イプシロン」の一本足打法で続けてきましたが、ステランティスになってブランド戦略の見直しが行われつつあります。2023年4月のミラノ・デザインウイークでは、コンセプトカー「Pu-Ra HPE」を展示しました。2024年にはイプシロンの電気自動車版も出すそうです。
小林:ランチアが再興すれば、僕の愛車だった「ラムダ」も、再び脚光を浴びるときがあるかな。ところで自動運転なるものは、どうなりましたか?
大矢:小林さんが亡くなって3年後の2016年に米国自動車技術会が5段階のレベルを決めました。レベル3(条件付き自動運転)のクルマをホンダやメルセデス・ベンツが発売しています。ただし大半のクルマは、小林さんの時代にすでにあったアダプティブクルーズコントロールを用いたレベル2(特定条件下の自動運転機能)が進化した状態にとどまっています。
サイズもインパクトも大きすぎる?
大矢:あ、そうだ小林さん。SUVって覚えておられますか?
小林:私が地上を後にした時点では、いずれも3代目の「BMW X5」や「メルセデス・ベンツMクラス」がありましたね。
大矢:そのSUVが近年えらいことになっているんです。ご覧ください。
小林:なんだ、巧妙な合成写真か? “砂漠のロールス・ロイス”といえば、僕が乗っていた「レンジローバー」のことだよ。
大矢:いいえ、「カリナン」というロールス・ロイスのSUVです。
小林:……。
大矢:まだまだありますよ。これが「ベントレー・ベンテイガ」と「アストンマーティンDBX」です。さらにこちらがフェラーリの「プロサ……(と言いかけて、小林氏の体に負担が大きそうなので自主規制する)。
小林:なんで、こんなにクルマを大きくするんでしょうね? 東京で妻が乗っていた「ライレー・ケストレル(ADO16)」は、全長がたったの3.7m、全幅は約1.5mでした。それからね、ヨーロッパでレンタカーを借りるときは、一番ショボい、小さいクルマがいい。想像以上によく走るんです。
大矢:Less is moreであると。
小林:小さいのがナウい時代は、もう来ないのかな。
大矢:(さすが小林氏、あの世でも流行語をアップデートしていない)
小林:ところで大矢君、私と話ができるということは、死因は何ですか? もともと編集部でも一番の虚弱体質でしたからね。
大矢:(相変わらず思い込みでモノを言う)。いえ、私自身は自動運転レベル5、いえ、「iPhone 100」が発売されるまで俗界をさすらうつもりです。ちなみに、小林さんが天国に召されたころのiPhoneは「5」でしたね。
小林:それは知らないけど、はるか昔の1980年代は、僕の長期テスト担当車だったジャガーと(当時の出版元であった二玄社の)社長車しか、NTTの自動車電話が付いていなかったな。私がこちらに来る前年の2012年に生産開始された「Honda Jet」はどうなりましたか?
大矢:驚いたことに、小型ビジネスジェット機市場で今や世界一の販売機数です。
小林:新婚旅行を兼ねて「S600」を駆って欧州取材したときから、面白いことをする会社だと思っていました。
大矢:ではwebCGの締め切りがありますので、そろそろ失礼します。こいつを覚えておられますか? 実演の現役を引退したらしいので一緒に連れてきました。実家が実家だけにお相手になるかと(と言ってホンダの二足歩行ロボット「ASIMO」を置いて去る)。
(文と写真とイラスト=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第927回:ちがうんだってば! 「日本仕様」を理解してもらう難しさ 2025.9.11 欧州で大いに勘違いされている、日本というマーケットの特性や日本人の好み。かの地のメーカーやクリエイターがよかれと思って用意した製品が、“コレジャナイ感”を漂わすこととなるのはなぜか? イタリア在住の記者が、思い出のエピソードを振り返る。
-
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ 2025.9.4 ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。
-
第925回:やめよう! 「免許持ってないのかよ」ハラスメント 2025.8.28 イタリアでも進んでいるという、若者のクルマ&運転免許離れ。免許を持っていない彼らに対し、私たちはどう接するべきなのか? かの地に住むコラムニストの大矢アキオ氏が、「免許持ってないのかよ」とあざ笑う大人の悪習に物申す。
-
第924回:農園の初代「パンダ」に感じた、フィアットの進むべき道 2025.8.21 イタリア在住の大矢アキオが、シエナのワイナリーで元気に働く初代「フィアット・パンダ4×4」を発見。シンプルな構造とメンテナンスのしやすさから、今もかくしゃくと動き続けるその姿に、“自動車のあるべき姿”を思った。
-
第923回:エルコレ・スパーダ逝去 伝説のデザイナーの足跡を回顧する 2025.8.14 ザガートやI.DE.Aなどを渡り歩き、あまたの名車を輩出したデザイナーのエルコレ・スパーダ氏が逝去した。氏の作品を振り返るとともに、天才がセンスのおもむくままに筆を走らせられ、イタリアの量産車デザインが最後の輝きを放っていた時代に思いをはせた。
-
NEW
第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.9.17エディターから一言栃木県にあるホンダの四輪開発センターに潜入。屋内全天候型全方位衝突実験施設と四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターで、現代の自動車開発の最先端と、ホンダらしいクルマが生まれる現場を体験した。 -
NEW
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】
2025.9.17試乗記最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。 -
NEW
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体―
2025.9.17カーデザイン曼荼羅ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。 -
NEW
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.9.17デイリーコラムトランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。 -
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。