第811回:ルノーの代車アプリでEV版「トゥインゴ」を借りてみた
2023.06.08 マッキナ あらモーダ!カーシェアの「延長」だった
読者諸氏は、どのような「代車」経験をお持ちだろうか?
イタリアの整備工場における代車事情については、本連載の第699回「軽トラから『メルセデス・ベンツCクラス』まで 大矢アキオの『代車でGO!』」で記した。文中では、シエナのルノー販売店の代車「ルノー・トゥインゴ」の電気自動車(EV)仕様についても紹介した。先日、そのお世話になった。というのが今回の話題である。
イタリアの車検は新車時に5年、その後は2年に一回である。筆者が所有するのはルノー車ではないが、過去数回ルノー販売店が併設する民間車検場に依頼してきた。前回、片側のドライブシャフトのブーツが劣化していることが判明。「うちは他メーカー製でも修理します」と言っていたのを記憶していたので、遠出が続くシーズン前に、彼らに交換してもらうことにした。
そこで思い出したのは、彼らの無料代車制度だ。予約した日にサービス窓口を訪れると、フロントの担当者は「あなたのメールアドレスにアプリのリンクを送信しますので、ダウンロードしてください」と言うではないか。指示どおりにリンクをクリックするとApp Storeに「Mobilize(モビライズ)」の文字が表れた。
モビライズといえば、ルノーグループが2018年に中国・江鈴集団と合弁で設立したモビリティーカンパニーである。彼らは2023年末までにマイクロEVの「Duo」およびその商用車版「Bento」を使ったサブスクリプション制サービスをリリース予定だ。ただし、目下はカーシェアリングとEV充電ステーション用の共通利用カード発行を主な業務としている。
モビライズのアプリはカーシェアも選べるようになっている。すでに彼らは、筆者が住むシエナから76km北にある街エンポリで、実際に「ルノーZOE」を使ったシェアリングサービスを開始している。代車の予約・管理はモビライズの既存インフラを活用するという、なかなか秀逸なアイデアだ。ゆえに筆者は、イタリア人にしてルノーグループのCEOに就任し、2023年からは欧州自動車工業会(ACEA)の会長職にも就いたルカ・デメオ氏(2020年2月5日公開のデイリーコラム参照)の主導かと考えた。ところが後日調べてみると、ルノーのイタリア法人は、モビライズの前身となる、アプリを活用した無料代車予約システムを2019年10月に発足させている。デメオ氏のCEO就任は2020年だから、彼のアイデアではない。
ともかくアプリに戻ろう。窓口担当者の「このあとは、ご帰宅後で大丈夫ですので、手続きを進めておいてください」という言葉を信じて、家で続けてみる。すると、アプリには当日の代車が「予約済み」という文字とともに表示された。ところが車両はトゥインゴのEVではなく、ルノーのサブブランド、ダチアの小型車「サンデロ」(後期型)だ。レンタカーの類いは車種指定不可なのが常だし、サンデロは最新モデルだろうから、前期型オーナーのサンドロ氏(本連載第722回参照)のもとに見せに行き、感想をもらおうか、などと考えた。
手続きを進める。その晩の夜11時すぎ、運転免許証とイタリアのIDカードの双方の裏表、そして後者を手に持ったセルフィー写真を送信すると「認証中」のメッセージが出た。表示が「認証済み」に変わったのは、翌朝8時半ごろだった。
代車使用前日の夜7時過ぎには、予約確認書と詳しい契約書がメールで送信されてきた。再びアプリを見て驚いた。いつのまにか車種が「ルノー・トゥインゴZ.E.エレクトリック(以下、トゥインゴZ.E.)」に変わっているではないか。ナンバープレートまで記載されているところをみると、これは確定である。
浮浪雲と満充電を待つ
翌朝9時、ルノー販売店「パンパローニ」のサービス窓口を訪れる。一部のシェア自動車のようにスマートフォンのNFC機能で、ウィンドウのリーダーにピッと当てると解錠するのかと思いきや、実際は異なった。サービス工場歴40年というエルネストさんが、壁面のキーボックスからトゥインゴZ.E.の鍵を取り出してくれた。
駐車場まで行き、乗車前のアプリ操作を彼に従って進めると、筆者のスマートフォン画面は、車両状態確認モードに入った。駐車してあるトゥインゴZ.E.を、いわゆる七三(しちさん)の角度で4点撮影するように指示が出ている。従来レンタカーを借りる前に、営業所員とクルマの周囲をぐるぐる回って、車体損傷の有無を確認した作業の代わりだ。
エルネストさんは、オートマチック車の運転法を説明してくれた。イタリアでは、まだAT車未経験の人が少なくないためである。続いて彼が「今日は、どこまで行きますか?」と聞くので、筆者は往復60kmの街へ、往路は主に自動車専用道路を、復路は山道を使うと答えた。
エルネストさんが「お時間はありますか?」と尋ねるので、「はい」と答える。メーターをのぞくと、充電量は85%だ。トゥインゴZ.E.の2020年モデルのLGケムと共同開発した水冷式400Vリチウムイオンバッテリーの容量は22kWh。一充電走行距離は190km(WLTP混合モード)である。
「念のため100%まで充電しておきましょう」と言ってエルネストさんは、22kWウォール型充電器にケーブルをつないだ。カタログ上では30分で75km分チャージできる。なお、トゥインゴのEV仕様はACの普通充電に特化しているため、DC急速充電は使えない。車両価格低減のための選択だ。
ケーブルは自動車用充電器に接続する「タイプ3」が標準、一般家庭用電源220Vにつなぐ「タイプ2」がオプションである。今回は2本ともラゲッジルームに積まれていた。しかし、民間の充電スタンド用の認証カードは渡さないとのことだ。
筆者は待っている間、販売店の経営者一族で、本欄でもおなじみのルイージ・カザーリ氏を訪ねることにした。忙しいそぶりを見せず、あたかも漫画『浮浪雲』の主人公・雲のごとく常に悠然と構えている彼は、その日も大歓迎してくれた。そして2024年に自身がホストを務めるアルピーヌおよびゴルディーニ系ミーティングの計画について熱心に話してくれた。おかげで、充電待ち時間は苦にならなかった。
約1時間後、エルネスト氏のサービス部門を再訪すると「充電完了してケーブルも抜いてあります。いつでもお使いください」と教えてくれた。始動はスマートキーではなく、実際にキーを差し込む方式である。このあたりもコストの集中と選択ぶりが分かる。
意外に愉快なワインディングロード
今回借りたトゥインゴZ.E.は、2020年12月に登録された2021モデルイヤーの車両であった。参考までに、今日では「トゥインゴE-TECHエレクトリック」と改称されて販売されている。
オドメーターは約1万3000kmを刻んでいた。今日まで2年半が経過したにしては、かなり少ない走行距離だ。「代車用は社員の通勤や福利厚生には供していない」というカザーリ氏の証言は正しいのだろう。参考までに彼の販売店では同様のトゥインゴZ.E.を十数台導入して、代車として活用している。
トゥインゴZ.E.は内燃機関版と同様に「スマート・フォーフォー」と車台を共有し、最高出力60kW(82HP)、最大トルク160N・mのモーターで後輪を駆動している。
せっかくなので、操縦した印象も記しておこう。最初に感じるのは、内燃機関版と同じリアドライブの恩恵による、良好な小回り性能だ(最小回転半径4.3m)。見切りのよさも好印象を増幅させる。いずれも、中世そのままの幅員の道が多いイタリアの旧市街ではありがたい。内燃機関版とほぼ同じ外観ゆえ、道ゆく人がEVと認識してくれないのは残念だ。だが、そのようなささいなことで衆目を集めようという、己の浅はかさにも気づく。
時速30km以下では歩行者保護用の接近警告音「Z.E.ボイス」が発せられる。同様の機能でも、BMWのようなつくり込み感や、「フィアット500e」の「映画『アマルコルド』のテーマ」のようなしゃれっ気はないが、十分に未来的なサウンドである。
なお、パワーステアリングや加減速のパフォーマンスを抑える代わりに市街地走行で電費を改善する「エコ」ボタンもセンターコンソールに備わる。ただし今回のコースでは「かえって航続距離が短くなるのでおすすめしない」というエルネスト氏の助言に従って試さなかった。
自動車専用道路では、合流車線から走行車線を経て、追い越し車線に至るまで、極めてリニアな加速をみせる。0-50km/h加速が約4秒というカタログ値に近いものを実感する。問題は制限速度である90km/h前後より上だ。あおってくる後続車をとっさに避ける際の加速には発進時のような俊敏さは期待できず、いささかの痛痒(つうよう)を感じる。
続いて、キャンティ地方のワインディングロードに連れ出してみる。カザーリ氏も常連参加しているヒルクライムレースにも使われる区間だ。かつて運転したことがある2代目「スマート・フォーツー エレクトリック」ほどのリトルダイナマイト感はないものの、十分楽しめる機敏さを披露してくれた。
回生ブレーキは3段階に調節できる。「B」モードと呼ばれるもので、「B1」が回生レベルが最も低く、「B2」がデフォルトだ。アクセレレーターペダルのみでのワンペダルドライブが可能なのは「B3」だが、それ以外のモードでもペダルを離したときの減速は、円滑かつ絶妙である。かなりの曲率のコーナーや下り坂でも、ブレーキペダルをほとんど踏む必要がない。そして、再びアクセレレーターを踏み込めば、気持ちよく加速してゆく。あたかも運転が上手になったかのような錯覚を多くのドライバーに与えるだろう。シティーユースを主眼に開発されたトゥインゴZ.E.であるが、ここまでワインディングが楽しいとは意外だった。
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それなりに効き目がありそう
借り出しから返却まで昼食を挟んで約7時間。走行距離は79kmであった。エアコン(冷房)はほぼオンの状態で、最終的な電池残量は54%だった。筆者が同様の走行モードを続けたとすると、あと67km走れ、全体の航続可能距離は146kmだったことになる。代車として市内の通勤なら問題ないが、仮に70km離れた隣県にあるフィレンツェ旧市街で働く人だと、無充電での往復は事実上難しい。なお、モビライズの契約書には、「バッテリー残量25%以上で返却すること」と記されている。トゥインゴのEV仕様が、すべての代車ユーザーに向いているわけではないことが分かる。
また、すでに記したように、モビライズによる代車貸し出しシステムは、現時点ではアナログな部分が多い。ユーザーが代車希望の旨をサービスフロント担当者に口頭で告げて、初めてアプリに反映される。キーの受け渡しや車両説明など、人力に依存している。
しかし従来の「代車が担当者の好意によるものなのか、社内規定に従っただけなのか?」「返却時の燃料レベルの規定は?」「そもそも有料なのか無料なのか?」を確認、時には手探りしなければいけないようなモヤモヤが一気に払拭(ふっしょく)される。
買う側・売る側の双方にとってもさらなるメリットがある。イタリアでは、たとえ一定規模の販売店でも、突然訪問して希望の試乗車がある確率は少ない。加えて、セールスパーソンの同乗が原則だ。数日間キーを預けてもらえるのは、それなりの上顧客、かつ高級車に限定される。いっぽうでモビライズの代車貸し出しシステムは、修理での入庫を機会に、現行モデルに触れることができる。たとえ希望の車種や動力タイプでなくても、「やはり新車はいい」と思わせる動機づけになる。
エルネスト氏によると、実際に代車を使用したあとにルノー製EVを購入したお客さんがいるという。実は筆者も――内燃機関に未練がないことも手伝って――自身が最もEVに“はまりやすい”タイプであることを自認した。ゆえに、目下このシティーカーに日本円換算で360万円(現行のルノー・トゥインゴE-TECHエレクトリックの価格は2万4050ユーロから)投ずる勇気と経済力を持ち合わせていないのが悔やまれる。ともあれ、このルノーの代車システム、継続すれば相応の効果がある販促と確信したのであった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。