トヨタの“強さ”の決め手とは?
2023.10.31 あの多田哲哉のクルマQ&A自動車メーカーのなかでは、最大手のトヨタは絶好調という印象です。多田さんは、かつて社内で車両を開発した人として、その強さの秘訣(ひけつ)はどこにあると思いますか? プロダクト開発において、他社と決定的に違う優れた点があるとしたら何ですか? つくり手としてのご意見を聞かせてください。
良いか悪いかは別にして、「自動車開発におけるトヨタの強みは“チーフエンジニア制度”にある」と言われることが多いですね。それは書籍『どんがら トヨタエンジニアの反骨』に詳しいのですが、要点を言えば「車種ごとに責任者を決めて、企画・開発・製造・販売に至るまで、すべての責任をその人に集中させている」ということです。つまり、結果が良くても悪くても、責任の所在がわかりやすくなっているのです。
他社でもこれに似た制度は導入されていて、“チーフエンジニア的な肩書”は見られますが、「開発と販売は別である」など責任の範囲に違いがあることが多い。例えばBMWでは「クルマのコンセプトおよび企画」と「その先の開発遂行」は別の人の担当であり、先に述べた“責任の所在”という点では、ややわかりにくいところがあります。もっとも、トヨタでもこの制度がベストと決めつけているわけではなく、長いスパンで見直しの動きは出てくるのものの結局この制度に戻っている、というのが現状です。
“強さ”という点ではむしろ、カイゼン(改善)のマインドを絶やさずにクルマづくりをしていることのほうが大きいかもしれません。どんなに調子のいいときでも「まだダメだ、もっと謙虚にがんばるんだ!」と言い続ける、極めて日本的な姿勢。業績が良ければ良いほどそう言い続ける(ことを教え込まれる)伝統。そういう社風というか……ちょっと宗教に近いものがありますが(笑)、現状にあぐらをかくことなく取り組むマインドというのは、強さの根源として挙げられるかと思います。
もうひとつ、今のトヨタに関しては、センスのいいデザイナー(サイモン・ハンフリーズ氏)がデザイン部門のトップにいるということも大きい。なんといっても、見た目のよさは即効性がありますからね。もし彼がホンダか日産に移籍したら、たちまち業界の勢力図に影響が出るでしょう。
つまり私が言いたいのは――まことに残念ながら、今のクルマの“中身”には、メーカー間の違いはさほどないということです。電気自動車(EV)をはじめとする、新しいテクノロジーの分野は別ですが、従来のクルマは製品として成熟しきっているのであり、正直に言って、エンジンでもシャシーでも各社に技術的な大差があるわけではないのです。メーカーの常として、ちょっとした違いをおおげさに膨らませてアピールしますけれども(笑)。
遺憾ながら私は、トヨタが特別に優れているというよりも(特に国内の)他社が勝手に転んでいる、つまり、みんなが勝手に自滅するものだからトヨタの独り勝ちに見えている面があると考えています。以前触れた「ホンダN-BOX」のような優れた例もありますが、全体的には極めて印象の薄いクルマが多い。ほかのメーカーには、もうちょっとがんばってほしいな、と思います。
またグローバルで見た場合、トヨタを含む日本メーカーには、過去の栄光に比するほどの勢いがあるとは思えません。特にEVの世界では、テスラやBYDが恐るべき勢いで新しい提案をしているというのに、トヨタには、世界を牛耳っているというようなかつての勢いはない。皆さんはトヨタを「絶好調ですね」などと褒めてくれますが、前述のとおり、トヨタ社内でそう思っている人はひとりもいないでしょう。現状をよしとしないマインドに、期待したいと思います。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。