第23回:メルセデス・ベンツに物申す(前編) ―恐怖の“金太郎アメ”戦略―
2024.05.01 カーデザイン曼荼羅ドイツ御三家の一角にして、高級車の代名詞的存在でもあるメルセデス・ベンツ。この道20年の元カーデザイナーが、彼らのデザインに「オソロシイ……」と恐怖した理由は? どこを切っても似たようなクルマが出てくる、今どきのメルセデスのデザインを解剖する。
どれもこれも見分けがつかん!
webCGほった(以下、ほった):今回はメルセデス・ベンツのデザインについてお話をしたいと思います。個人的に、なんでこのタイミングでメルセデス? ってのはあったんですけど。
清水草一(以下、清水):だいぶ前からなんだけど、メルセデスはどのモデルも見分けがつかなくなってるでしょ。それは自分がメルセデスに興味がなくなったってことでもあるんだけど……。
ほった:納得がいかんと。
清水:全然納得いかんよ! ちょっと前までは、「Sクラス」とか「Eクラス」とか「Cクラス」とかって世界のベンチマークで、お手本的なクルマだったのに。
渕野健太郎(以下、渕野):それは、いつぐらいの話です?
清水:言われてみればかなり前ですね(笑)。それでも一応、メルセデスは特別っていう意識はずっと残ってたんだけど、今は全部マシュマロマンに見えるんですよ。「EQE」と「EQS」だけは別格だけど、あとはマシュマロマン!
渕野:オフィシャルサイトとかで今のフルラインナップを見ると、確かに「Gクラス」だけは違いますけど、ほかは遠目で見るとほとんど一緒ですね。
清水:ほとんど一緒なんですよ! しかも、全部似てるのがいけないってわけじゃないんだけど、全部ウエストのクビレがない女性みたいな感じで、魅力を感じないんですよ。抑揚がないんだよなぁ。
ほった:清水さん、世の中にはそういう体形が好きな紳士も結構いるんですよ。
清水:ま、そうだけどね……。
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デザインに見る脅威の統率力
渕野:まず「これだけ似てるクルマばかりになっている」っていうところ、そこに関していえば、メルセデスのデザインの統制力が強まっているのを感じます。いわゆるトップダウンです。それが強すぎて怖いぐらい(全員爆笑)。
清水:言われてみればコワイ!
渕野:例えば「SL」と「Aクラス」って、ディメンションもパッケージも全然違うじゃないですか。だけど同じように見せている。これは技術的にもすごいと思うんですよね。面質が似てるだけじゃなくて、プロポーションのつくり方も似てるんだから。パッケージが違うと、普通はどうしてもそれぞれクルマごとのデザインになります。なのにそうなっていない。しかもメルセデスって、デザインセクションが結構世界中にあるでしょう。ヨーロッパ、中国、アメリカと。以前は日本にもありました。それだけ広範囲でやってるにもかかわらず、同じボールが出てくる。これはすごいことなんですよ。
清水:考えてみればすごいですね!
渕野:いやすごいですよ。だって同じなんですから(笑)。SLとAクラスって。FRとFF、スポーツカーとハッチバックなのに、ノーズの感じなんか、まったく同じようなイメージにできている。
清水:恐ろしいですね!
渕野:恐ろしいぐらいですよ。メルセデスのデザインはいま、ものすごく統制がとれているんです。
ほった:なんともドイツ的な感じですなぁ。
メルセデスだとわかればそれでいい
清水:メルセデスからしたら、もう正面から見て車種がわかる必要はないということなんですね!
渕野:「メルセデスといえば全部これ!」っていうことです。
清水:メルセデスであることがわかりゃいい。
渕野:ある意味正しいマーケティングです。戦略としてやってるんですよ。トヨタもフルラインナップそろえてますけど、車種ごとに全然違うデザインでやってるじゃないですか。お客さんも全然違うし。でも、メルセデスはその対極をやっている。カーデザイナーという立場からすれば、そこがすごいと思います。実際に働いてたら、つまんなそうですけど(全員笑)。
清水:がんじがらめでしょうね。
渕野:がんじがらめというか……。例えばですけど、よく見てみるとCとSはほぼ同じモチーフだけど、新しいEクラス(参照)はフロントフェンダーとリアフェンダーに、強めのキャラクターラインが走ってるんですよ。つまりモチーフが違う。だったらもっと違う造形にすればよさそうなものなんだけど、そうはしないんです。あえて同じように見せている。ここら辺もそうなんです(「GLC」と「GLE」の写真を見せる)。
清水:もうほんとにどれがどれだかわからない。
渕野:どうやってコントロールしてるんだろう? って思います。
清水:これだけ同じような形なのに、モデル数がものすごく増えてるっていうのもすごい。
ほった:A、Bセグメントのコンパクトカーを除くと、自動車のセグメントやジャンルを、ほぼ網羅してますからね。
コテコテ系からシンプル系へ
渕野:次に、じゃあそのデザインのクオリティーはどうなのか? という話なのですが……昔に比べると、だいぶよくなったんじゃないですか。昔っていうのは、20年ぐらい前のイメージですけど、その頃のメルセデスのデザインって、クドさを感じるんですよ。Sクラスをはじめ。
清水:一時期、キャラクターラインだらけになりましたね。
渕野:見ていて違和感がありました。当時、アウディは初代「TT」以降すごくシンプルでミニマルなデザインをやっていた。それが当時カーデザインの最先端だったと思います。それに対してメルセデスはまさに対局でしたね。
ほった:それって時期的には、もうちょっと最近じゃないですか?(2代目「CLS」の写真を見せつつ)
渕野:そう、まさにこれ。このクルマはどれぐらい前になるんですか?
ほった:発表が2010年で、翌年発売って感じなので、13~4年ぐらい前になりますね。
渕野:CLSは、初代はカッコよかったんですけどね。
清水:ものすごく大胆でしたよね。それが2代目で明らかに劣化した。
渕野:そのぐらいの時期なのかな? メルセデスが迷走していたのは。
ほった:W221のSとかW218のCLSが出ていた頃ってことですか? でも、正直言ってW220の「Sクラス」(1998-2005年)あたりもイマイチでしたよね。ふり返ってみると、思っていたよりずっと長いことメルセデスは迷い続けていたのかも。モチーフがあいまいで、世代ごとの振れ幅が大きくて、いいクルマもあったけど悪目立ちするクルマも多かったって感じで。
渕野:そうですね。僕も実は、さきほど自分でクドいって言っていた時期のCクラスワゴンを持ってました。あのCクラスはキャラクターラインより面の強さが勝っていて、当時のメルセデスのなかではいいデザインだと思います。
ほった:これは……3代目ですね。
清水:3代目Cは、いま見るとシンプルでいいなぁ。4代目はだいぶクドい。
ほった:そこから、2021年にシンプル+逆スラントの5代目に宗旨替えした感じですね。
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ちょっと気になるオシリの垂れ具合
渕野:つまり、一時期クド系に走ったメルセデスのデザインが、今はシンプルに、キャラクターラインよりもボリュームで見せる方向に変化している。それが“ぼたもち”みたいに(笑)ちょっと垂れたデザインに見えることについては、まぁ好みの範疇(はんちゅう)ではあるかなと思います。
清水:うーん、スッキリ納得です!
ほった:そんな簡単に納得しないでください(笑)。
渕野:ひとつ付け加えると、メルセデスのセダンって、どれもリアが上向きに傾いたシルエットなんですよ。ただ、ボディーサイドのキャラクターラインを拾ったり、ドアのピークを意識したりしてリアをデザインするのなら、もうちょっと上のほうにボリュームをつけるのが一般的なんです。アウディにしてもそうだし。
ほった:テールランプのあたりにピークがくる感じですか。
渕野:そう。ところがメルセデスのシルエットは、ランプから台形にずるっと下がって、横から見て末広がりになっている。どちらかというとクラシカルなデザインですけど、サイド面の勢いを受けた造形になっていない感じがあります。そこがメリハリのあるBMWやアウディに比べると、ぼてっとして見える理由のひとつでしょう。ただ新型になって、先代のSクラスやCクラスよりは、リアまわりはかなりよくなっている。スタンスという意味でも。
清水:ですかねぇ? Cは先代も現行もイマイチだけど、先代のSはキリッとしててカッコよかった気がするなぁ。ディーゼルハイブリッドの「S300h」に憧れてるんですよ、今でも!
ほった:その辺は十人十色な感じですかね。ワタシは古いSも新しいSも、区別がつきませんから。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=メルセデス・ベンツ、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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