第80回:新型マツダCX-5(後編) ―デザイン至上主義はもうおしまい? ストイックだった“魂動”の変節―
2025.08.13 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
ストイックすぎたマツダのデザイン開発に、揺り戻しが起きている? マツダが発表した、失敗が許されない新型「CX-5」。その“ちょっと普通”な造形に、カーデザインの識者はなにを見いだしたのか? ニューモデルにみる「魂動デザイン」の変節を読み解いた。
(前編に戻る)
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いろいろあって、こうなった
webCGほった(以下、ほった):前回は新型CX-5の顔まわりをめぐって、やや否定派のわれわれと、肯定派の清水さんが鋭く対立したわけですが(笑)。
渕野健太郎(以下、渕野):そ、そうでしたっけ?
ほった:まぁまぁ。こういうのは煽(あお)ってナンボですから。それはさておき、ワタシは新型の顔も、デザインスケッチの段階ではすごくキレイだったと思うんですよ。
清水草一(以下、清水):これはこれで、スッキリかっこいいよね。
ほった:ところが渕野さんがおっしゃってたように、実車はラッセル車になっちゃった(笑)。スケッチのままなら10年たっても「イイネ!」がついたと思うんですけど、実車のほうはなんか、オラオラ顔がもてはやされる今どきの受けを狙ったというか、ドイツ御三家のドヤ顔SUVを横目で見て描いたような気がしたんです。渕野さんは「衝突安全とかの要件でこうなったんじゃ?」とのことでしたが、マーケティングや営業から横やりが入ったってことは、考えられませんか?
渕野:その辺はわかりませんけど、実車のこの形は、やはりデザイナーの本来の狙いとは違うとは思います。というのも、自分がそれを感じるのは、実はこのフロントバンパー部だけではないんですよ。
クルマってシルエットのアウトラインが重要なんですけど、CX-5のフロントまわりを観察すると……こうしてクオータービューで見たときに、ボンネット上部のアウトラインが、新型は割と丸いでしょ? 先代はこのシルエットがかなりシャープだったんですけど、新型は丸い。
ほった:地味だけど、結構違いますね。
渕野:丸いのが悪いというわけではないんですが、これも当初のデザインスケッチを見ると……そっちでは割とシャープだったんですよね。デザイナーの意図ははたしてどちらだったのか? そのあたりを考えると、いろいろあってこうなったんだろうなぁと思うんです。あくまで推測ですけれど。
求む、新しい個性
渕野:そういう点も含めてですけど、この新型CX-5には“修正感”みたいなものが感じられるんですよ。これまでマツダのデザインって、すごくストイックで、あんまりそういうものはなかったんですけど……。何度も言いますけど、他の国産車に比べると新型CX-5も断然レベルは高いんですよ。でも、それ以上にマツダデザインの期待値は高いので。
ほった:渕野さんもそうですし、「魂動デザイン」が顕現して以降のファンもそうでしょうしね。
清水:いやー。これくらいは許してあげてもいいんじゃない?
渕野:いやいや。許すというか、糾弾しているわけではないんで(焦)。確かに以前のマツダは、デザイン的にストイックな反面、商品性を犠牲にしていた部分があったんでしょう。前回清水さんが言われたように、もっと押しの強さというか、充実感が欲しいみたいな要望もあったかもしれない。新型CX-5は、そういうところを補完したんだと思います。それをどうこう言うつもりはないですよ。ないんだけど、マツダ最大のポイントだったボディーサイドの面づくりまで、割と普通にしてしまったのは、どうしても気になる。
ほった:やはり、そこに戻りますか。
清水:そうは言っても、これ以上ウネりを増やすのは無理では?
ほった:“流デザイン”のころみたいに、サイドがビラビラになっちゃったりして。
清水:あっちにいくよりは、いったんスッキリ系に戻した新型に賛成だな。
渕野:ただ、それもあって全体にはやっぱり“普通”に感じられるんですよ。ほかの箇所を見ても、新型CX-5は「マツダEZ6/6e」のように、真っすぐなショルダーラインを受けたリアまわりをしていますよね。要は“矢印”みたいなイメージになっている。でもそれも、割と普通のやり方なんです。これがマツダの個性になるかというと、疑問ではあります。セダンのEZ6/6eのように、リアまわりが逆スラントまでしていれば個性にもなるけど、厚みのあるSUVでは、あそこまで角度はつけられませんし。
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全体的に、少しずつフツーになった
清水:僕はリアもいいと思いますけどね。テールゲートの中段がへこんでるじゃないですか。このへこみがステキ。くびれというか。
ほった:くびれ具合なら「トヨタ・ハリアー」のほうが上ですけどね。独創的って意味では、現行のプリケツのほうが、ほかに例がなかったような気がします。
渕野:そうなんですよね。前のCX-5は、フロントの流れに対してリアが丸くて、塊感重視でつくられていました。いっぽう今回の新型は、ちゃんとフロントやサイドの流れがリアまで通っているんですけど、これはやっぱり、割と普通のやり方なんです。マツダに対する期待値からすると……。
清水:ひたすら期待が高い(笑)。
ほった:マツダもつらいですね(笑)。
渕野:それと、リアまわりではボディーとリアゲートの段差感もちょっと目立ちます。
清水:え?
渕野:(写真を指して)ここの段差です。前型もこういう段差はありましたけど、リアコンビランプまわりやその下に広くつながる上面部があって、一体感、塊感の印象がとにかく強かった。それが、新型はそういうところがないんで、段差が目立つようになった感じです。そういうところも、やや“普通のクルマ”なんですよ。何度も言いますが、それが悪いってことじゃないんだけど。
ほった:うーん。全体として、前のは理想原理主義でやりすぎちゃったから、揺り戻しがきた感じなのかも。
渕野:新型もシルエットを意識しているのはよくわかるんで、自分がやっても多分こんな感じになるかなと思います(笑)。むしろ前型のCX-5みたいな“塊”は、なかなかつくれない。それに対して新型は、普通につくった感じなんですね。
清水:確かに、初代「トヨタ・ヴィッツ」に対する2代目ヴィッツ的な雰囲気はあるかも。
ほった:傑作の次は難しいですからねぇ。
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今の時代は外見より中身?
渕野:ただ内装を見ると、やっぱりだいぶ車格が高くなっていますね。実際に座ってみないと本当のところはわかんないですけど、例えばディスプレイ。マツダって今まですごく小さかったでしょう。さすがに、今のクルマの機能を考えるとあれじゃ無理なので、大きくなってます。逆に物理スイッチが減ったから、そこを問題視してる人もいますけど。
清水:中高年としては大問題ですね(笑)。
ほった:物理スイッチは、ある程度残っていればいいんじゃないかな。全部取っ払っちゃうとテスラになっちゃうけど(参照)。
渕野:そこらへんは最近のトレンドそのままですけど、マツダらしい質感の高さが感じられるし、シートの立体感もすごく高そうです。これってデザイナーだけじゃなく、優秀なサプライヤーがいるからこそできるんですよ。めちゃくちゃ高いクルマのシートみたいでしょ? 背もたれのつなぎ目の部分も、デザイナーが描いた線そのまんまみたいなカチッとした感じに仕上がってる。すごく優秀なサプライヤーだと思いますよ。そういうところも含めて、写真で見る限り内装は質感がスゴい。今の時代、クルマは内装が重要ですよ。外装なんて乗り込んじゃったら見えないから(全員笑)。
清水&ほった:いやいやいやいや(笑)。
渕野:内装は移動中ずっと目に入るけど、外装は乗降時の5秒くらいしか見ない。マジで(笑)。われわれは、その5秒に命を賭けてきましたけどね。
清水:われわれカーマニアも、ガワのカッコに命賭けてきましたよ! 正直、内装は二の次どころか五の次くらいだな。だって人に見せない部屋の中だもん。
ほった:ワタシも部屋と私用PCの中身は、人には見せられません。
清水:でしょ?
渕野:でもね、今は一般的には内装重視ですよ。マツダの内装はどんどん質感が高くなっている。そこが重要だということをよくわかってるし、しっかりコストをかけてるんです。
ほった:なるほど。
清水:われわれもマツダを見習うべきか。
ほった:取りあえずは部屋の片付けから始めましょう。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=マツダ、newspress、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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