「SDV」ってなに? ―自動車産業の盛衰をかけた挑戦と求められるマインドの大転換―
2024.05.31 デイリーコラムふんわりしていた「SDV」の解釈に一応の定義が
昨今、報道などで目にする機会の増えていた「SDV(Software Defined Vehicle)」が、ついに“お墨付き”を得た。経済産業省と国土交通省が2024年5月20日に発表した資料『モビリティDX戦略(案)』で、取り組み目標「SDVのグローバル販売台数における『日系シェア3割』」と、具体的な目標値「2030年は約1100万台~1200万台」「2035年は約1700万台~1900万台」を示したのだ。
しかしより重要なのは、ようやくSDVという言葉に“定義づけ”がなされたことかもしれない。同資料は2024年5月24日付で、(案)が取れた『モビリティDX戦略』としてあらためて公開されている(参照)。その際に「ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)とは、クラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートすることで、運転機能の高度化など従来車にない新たな価値が実現可能な次世代の自動車のことです。」という説明が添えられたのだ。これまで「SDVは“ソフトウエア定義車両”と訳されているが、確固たる定義はない」という解説が一般的だったが、今後は、少なくとも国内ではこの説明が議論のベースになる。
この説明は、①クラウドを使う、②通信で機能をアップデートする、③運転機能が高度化するという3点に分解できる。似たところでは「OTA(Over The Air)」という言葉もあるが、こちらは無線通信による自動車のアップデート、ないしそれを可能にする通信技術の意だ。今後、OTAはSDVに包含されるものと解釈するほうがいいだろう。
重要なのは、アップデートの対象がエンターテインメント関連機能ではなく、運転機能と明記された点だ。また、「BEV(電気自動車)のみならず、ICE(エンジン搭載車)も含めたすべてのパワートレインのSDV化」という記述もあり、SDVがBEVだけに適用される技術でない点も念頭に置いておきたい。
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なぜ「SDV」を国を挙げてプッシュするのか?
今回、モビリティDX戦略の目玉がSDVになった背景には、自動車におけるハードウエア開発の限界がある。電動化でソフトウエアの重要性が高まっていることは言うまでもないが、それに加えて、非破壊で車両1台分のCADデータを作成できる超⼤型X線CT装置が開発されているため、ハードウエアに関して企業秘密の保持が成立しなくなる可能性が指摘されているのだ。データから製品を再現するリバースエンジニアリングとまでいかずとも、ハードウエアについての競争優位性が低下することは否めない。
自動車産業の未来を守るには、ここでソフトウエアと半導体にしっかりと投資をする必要がある。しかし、電動化関連の投資もあって各社の負担は増すばかり。そこで最近は、「SDVの競争領域と協調領域を切り分け、協調領域は大きな枠組みで進める」という流れになっているのだ。高性能半導体ではNVIDIAやQualcommが先んじているが、2023年12月にはトヨタ自動車やデンソー、ルネサスなど国内12社が集結して「SoC(System on Chip:高性能デジタル半導体)」の車載化研究開発を行う、自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)を設立。現在は14社が加盟し、2030年以降の量産適用に向けて活動を進めている。
もちろん、各社とも個別の取り組みも進めている。ホンダはSDV実現のためにIBMと次世代半導体・ソフトウエア技術の共同研究開発に取り組むこと、SDVの研究開発に約2兆円を支出すること(参照)を相次いで発表して話題を呼んだ。トヨタや日産も直近の発表こそないが、SDVを事業戦略に組み入れ、さらなる投資を予定している。2030年に向けて自動車業界が進む方向性はかなり明確になってきたように思う。
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ソフトウエアの更新でできること、できないこと
ユーザーはSDVとどう付き合っていくことになるだろうか。OTAはすでにテスラや国内メーカーも一部車種で導入しているが、SDVはこれらをさらに進化させたものになる。車内の快適性能ではなく、より本質的な運転機能の更新がなされる可能性が高い。ただし、ハードウエアは変わらないので、そのポテンシャルの範囲内でのアップデートとなる。
例えば自動運転/先進運転支援システムでは、「認知」「判断」「操作(制御)」を自動車が行っている。このうち、「認知」についてはカメラやセンサーなどの性能に依存するところが大きく、ソフトウエアでの劇的なアップデートはなさそうだ。いっぽう「判断」はソフトウエアによる機能更新に可能性がある。「操作(制御)」をつかさどるのはハードウエアだが、それを動かすソフトウエアが重要なので、こちらも機能更新に可能性がある。
いずれにしても、自動運転レベル1のクルマがソフトウエアアップデートだけで一足飛びにレベル3になるとは考えにくい。安全性の観点からも、当面はバージョン1.0.0が1.0.1になるような、堅実な変化を重ねていくのではないだろうか。
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ソフトウエアが進化した先に起こること
懸念されるのは新旧さまざまなシステムが混在する点だ。これは自動車に限らず、世の中のITすべてに共通する話で、長く使われているソフトウエアは古い言語で書かれていることが多い。古いことは悪いことではなく、安定稼働実績やコストメリットなどの理由で重宝されていたりもする。つまり部分最適としては正解だ。しかし、新システムと連携するなどの理由で更新を試みると、トラブルが起こることがある。シンプルな構成ならば対処できても、ネットワークが複雑化している環境下では原因特定も容易ではなく、トラブル回避のためにあえて更新しないことを選択するケースもある。部分最適の集積は必ずしも全体最適とはならず、むしろ全体最適と相反する事態も起こり得るというのが現状だ。このジレンマをどうクリアするのか、ITエンジニアの腕の見せ所といえる。
最後に私見を述べると、経済産業省と国土交通省が掲げた取り組み目標「日系シェア3割」を達成するために重要なのは、マインドセットだと思う。短期スコープではバージョン1.0.0が1.0.1になるような堅実な変化なのだが、その先に目指すのは、アップルストアやグーグルプレイでユーザーがアプリをセレクトするように、自由に、柔軟に、クルマをカスタマイズ/アップデートできる世界観の実現だ。安全にかかわる部分はサードパーティーに開放できないとしても、現状のピラミッド型の産業構造はソフトウエアに適さない。多様な価値観の流入を許容することで、次世代と呼ぶにふさわしい新しい価値を備えたモビリティーが生まれるのではないか。
SDVに関しては、OTAのときと同じ文脈でテスラに追いつけ追い越せといった論調も見かけるが、本当の敵はそこではない。私たちはいま大きな価値観の転換を迫られている。
(文=林 愛子/写真=ルノー、本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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