第873回:ヨーロッパで「セダン絶滅」の背景
2024.08.22 マッキナ あらモーダ!偏っている「セダンが売れる国」
本稿を執筆している2024年8月中旬、イタリアは夏休み時期のただ中である。以前も書いたが、近年イタリアでは、余暇を楽しめるようになったポーランドやハンガリー、チェコといった東ヨーロッパ諸国から、自動車を運転して来る観光客が目立つ。2023年8月の当連載第820回「季節に感じる諸行無常 『イタリア人が買えないクルマ』でイタリアに来る人たち」で記した現象が続いている。
そうした国々から来たクルマは、ナンバープレートを見る前にわかることが多い。ずばり「西欧で見かけない3ボックス型が多い」のである。トルコを含む東欧の自動車ユーザーがセダンを好むのは、以前から業界で知られていたことだ。
一見セダンのように見える5ドアも含めた広義のセダンは、今日、一部地域を除いて世界的に少数派である。ラグジュアリー/ウルトララグジュアリーカーに限って見ても、世界におけるセダンの車型別販売台数は、SUVの64%に対してわずか15%にとどまる(2021年。出典:Oliver Wyman analysis)。ゆえに、セダンが目立つのである。
参考までに、東欧以上のセダン大国は中国だ。2019年のデータだが、全世界のセダン販売台数のうち51%を占める。対して欧州はその6%にすぎない (出典:JATO)。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
イタリア首相もセダンを捨てた?
イタリアに限って見ても、セダンの不人気は明らかだ。2024年7月の国内新車登録台数で、セダン専用車の「アルファ・ロメオ・ジュリア」は170台、「マセラティ・ギブリ」に至ってはたった7台である。欧州の有名中古車検索サイト「オートスカウト24」では、1万8000ユーロ(約293万円)台のギブリが容易に見つかることからしても、セダンの需要が極めて限定的であることがわかる。
1990年代までは、イタリアでもセダンは一定の人気があった。かつて「アルファ・ロメオ164」、「アルファ・ロメオ155」、「ランチア・テーマ」などに乗っていたという70歳台以上の人とたびたび出会うのは、その証しだ。
いっぽう今日のイタリアで、セダン需要が伸びない理由は2つ考えられる。
第1は、免許を取得したときからハッチバック、筆者が名づけるなら“ハッチバック・ネイティブ”の人々が今日のユーザー層の大半を占めるからである。彼らの多くは、教習車でさえ「フィアット・ウーノ」、初代「フィアット・プント」といったハッチバック車だった。その利便性を当たり前のものとしている人々が主流派なのである。
筆者自身はハッチバック・ネイティブではない。だが過去28年のイタリア生活で選んできた4台は、いずれも小型ハッチバック車だった。
もちろんセダン、こちらでいうところのベルリーナに心が動かされたこともあった。例えばイタリア名物ともいえる舗装が荒れた地方道で、ラゲッジスペースに無造作に搭載した積載物がきしみ音を立てるときである。トランクがあったら、もっと静かなのにと思う。あるいはもっと実質的な理由で、「中古車市場でセダンが安かったから」というのもある。今日でこそあまり違いはないが、かつては類似した仕様・年式・走行距離で比較した場合、ハッチバック/ステーションワゴンよりも手ごろな売り物が多かった。
しかし、いつも最後の最後でハッチバックを選んできた。大手チェーン系家具店で長尺物を購入したり、不用品をリサイクルショップに持ち込んだりするときに便利、という至って庶民的な理由であった。引っ越しも業者を頼まず、ハッチバック車に一切合切を載せて往復して済ませてしまったことがあった。こうした生活をしている以上、もはやセダンに回帰することは不可能である。
おっと、話を戻そう。イタリアにおけるセダン不振の第2の理由は、イメージだ。昨今セダンといえば、イタリアではフォーマルな観光ハイヤーの印象が強い。自家用車の印象が薄いのである。契機となったのは、フィアットの経営危機が表面化した2000年前後、ドイツのプレミアム系ブランドがイタリアの高級車市場を席巻したことだった。一般ユーザーは、利便性がハッチバックに似たステーションワゴン仕様を買い、ハイヤーのドライバーはセダン仕様を導入した。
ところがそうしたプロによるセダン需要も縮小しつつある。新型コロナウイルス感染症の各種規制が廃止され、観光産業が息を吹き返した2022年以降は、「メルセデス・ベンツVクラス」に代表されるミニバンに取って代わられつつあるのだ(当連載第764回参照)。
政治家の公用車もしかり。イタリア初の女性首相であるジョルジャ・メローニ氏も就任当初はアルファ・ロメオ・ジュリアを使用していたが、2024年1月頃からは「ステルヴィオ」を頻繁に使っている。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
縮小は続く
セダンに人気がある国でも、将来は不透明だ。筆者の観察では、自動車が高級品・ぜいたく品である国、普及が途上にある地域ではセダンの需要が高い。次の段階として、長い余暇がとれるようになり、積載量が多いステーションワゴンの人気が高まる国もある。ただし、国は豊かさを謳歌(おうか)したあとに成熟期を迎える。人々は収入が頭打ちになるにしたがい、実用本位な生活に移行する。前述の筆者のように、組み立て式家具を買ったり、廃品を売りに出したり、引っ越しを自分でしたりするのと同様である。すると、必然的に応用性が高いハッチバックを好むようになるのである。
ルノー グループのサブブランドでルーマニアを本拠とするダチアがいい例だ。リブランディングの第1弾として2004年に登場した初代「ローガン」は4ドアセダンだった。これは当初の主要市場であった東欧を意識したものである。今日でも、ローガンは引き続きセダン車型を継承している。だがダチアのラインナップを俯瞰(ふかん)した場合、主流は圧倒的にSUV/クロスオーバーを含むハッチバックだ。たしかにダチアは西欧諸国でも広く普及するようになったが、それだけではセダン仕様がここまで縮小しないだろう。
2020年のロシアにおける乗用車販売台数も、行く末を暗示している。セダンはステーションワゴンに次ぐ2位で、ハッチバックを上回る。だが、2019年比で12.4%も落ち込んでおり、下落率はステーションワゴンやハッチバックよりも大きい(出典:AEB、アウトシュタット)。ウクライナ紛争によって国民生活の窮乏が進めば、セダン需要はより少なくなるだろう。
ぎこちないセダンのデザイン
デザイン的観点からもセダンについて記そう。振り返れば“ぎこちない3ボックス”というのが欧州には存在した。
ブルーノ・サッコ氏(1933年−)のデザインダイレクションのもと誕生した1982年「メルセデス・ベンツ190シリーズ(W201)」は、上級車種の質感をそのまま落とし込んだ傑作であった。しかも、当時同社にとって極めて重要な市場であった日本の5ナンバーの規格に収まっていた。だが後方からの7:3ビューで観察したとき、後方に向かってすぼめられたハイデッキにより、全幅に余裕がないことが強調されてしまった。5ナンバー枠に収まるという点では、クラウス・ルーテ氏(1938-2008年)がデザインを主導した2代目「BMW 3シリーズ(E30)」によるアプローチのほうが、今日振り返ると均整がとれていた。
それ以上にぎこちなかったのは、2ボックス仕様をもとに企画された3ボックス仕様である。それを筆者が最も早く感じたのは、「ゴルフⅠ」をもとにした1979年初代「フォルクスワーゲン・ジェッタ」である。水平のキャラクターラインに対するフロントフードの下降はベース車のものと同様なので理解できたが、トランクリッドの後方に向かう傾斜が釣り合っていなかった。キャラクターラインまで下げてしまうと荷室容量が不足する。かといって、あまりハイデッキにすると後方視界が悪くなるという葛藤がデザインチームにあったと思われる。
フィアットでも同様の例が見つかる。ハッチバック車「リトモ」を3ボックス化した1983年「レガータ」は、リアフェンダーの造形に唐突さが否めなかった。担当したデザイナーには失礼だが、日本語表現でいうところの「取って付けた感」が半端でなかった。
珍しい成功例は「ランチア・プリズマ」である。もととなった初代「デルタ」とは異質のモダンさとクラシカルな雰囲気を醸しだすのに成功している。デルタと異なり、前部をこころもちスラントノーズにすることで上品さを演出している。
そう考えている折、欧州系ブランド数社に在籍経験があるデザイナーから話を聞くことができた。彼が以前勤めていた会社では、中国市場向けロングホイールベース仕様のデザインも手がけていたという。「ホイールベースを100mm延ばし、後部ドアの左右幅を広げたことで、オリジナルのプロポーションはすべて崩壊してしまった」と振り返る。日夜苦労して到達した理想形を、マーケットに追従するため崩す仕事は、さぞつらかったであろう。
来たれ、新車型
前述のオリバー・ワイマンの調査は、ラグジュアリー/ウルトララグジュアリー市場において今後もSUVの活況が続くと予想している。理由は「安全性、快適性、実用性で優れていること」としている。
ただし筆者個人としては、日常使用にあれだけ大きなクルマが必要とは思えない。にもかかわらず欧州メーカーは採算性や、安全基準の達成が難しいことを理由に、従来のAセグメントから次々と撤退を決めている。
セダンやSUVを超越し、世界の主流となる車型はなんなのか? そろそろ画期的な提案をするメーカーが現れてもよいと思う。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里 Mari OYA、メルセデス・ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン/編集=堀田剛資)
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第948回:変わる時代と変わらぬ風情 「レトロモビル2026」探訪記 2026.2.12 フランス・パリで開催されるヒストリックカーの祭典「レトロモビル」。客層も会場も、出展内容も変わりつつあるこのイベントで、それでも変わらぬ風情とはなにか? 長年にわたりレトロモビルに通い続ける、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第947回:秒殺で当確? 新型「ルノー・クリオ」が販売店にやってきた! 2026.2.5 欧州で圧巻の人気を誇る「ルノー・クリオ(日本名:ルーテシア)」がついにフルモデルチェンジ! 待望の新型は市場でどう受け止められているのか? イタリア在住の大矢アキオが、地元のディーラーにやってきた一台をつぶさにチェック。その印象を語った。
-
第946回:欧州に「277万円以下」のクルマなし! キューバ化を覚悟した冬 2026.1.29 欧州でお値段1万5000ユーロ未満の大衆車が壊滅状態に! 自動車の価格高騰はなぜ起き、そしていつまで続くのか? 一般の自動車ユーザーは、この嵐をいかにしてやり過ごそうとしているのか? イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第945回:「時速286キロの香り」とは? 109回目のピッティ・イマージネ・ウオモから 2026.1.22 イタリア在住の大矢アキオが、フィレンツェで開催される紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」をリポート。アルファ・ロメオとの思い出を込めたという香水から、人と人とをつなぐ媒体、文化としての自動車に思いをはせた。
-
第944回:こんな自動車生活は最後かもしれない ―ある修理工場で考えたこと― 2026.1.15 いつもお世話になっている“街のクルマ屋さん”で、「シトロエン・メアリ」をさかなにクルマ談議に花が咲く。そんな生活を楽しめるのも、今が最後かもしれない。クルマを取り巻く環境の変化に感じた一抹の寂しさを、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロス“GRスポーツ”(後編)
2026.2.15思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「トヨタ・カローラ クロス“GRスポーツ”」に試乗。ハイブリッドシステムを1.8リッターから2リッターに積み替え、シャシーも専用に鍛え上げたスポーティーモデルだ。後編ではハンドリングなどの印象を聞く。 -
トヨタbZ4X Z(FWD)【試乗記】
2026.2.14試乗記トヨタの電気自動車「bZ4X」が大きく進化した。デザインのブラッシュアップと装備の拡充に加えて、電池とモーターの刷新によって航続可能距離が大幅に伸長。それでいながら価格は下がっているのだから見逃せない。上位グレード「Z」のFWDモデルを試す。 -
核はやはり「技術による先進」 アウディのCEOがF1世界選手権に挑戦する意義を語る
2026.2.13デイリーコラムいよいよF1世界選手権に参戦するアウディ。そのローンチイベントで、アウディCEO兼アウディモータースポーツ会長のゲルノート・デルナー氏と、F1プロジェクトを統括するマッティア・ビノット氏を直撃。今、世界最高峰のレースに挑む理由と、内に秘めた野望を聞いた。 -
第860回:ブリヂストンの設計基盤技術「エンライトン」を用いて進化 SUV向けタイヤ「アレンザLX200」を試す
2026.2.13エディターから一言ブリヂストンのプレミアムSUV向けコンフォートタイヤ「アレンザLX100」の後継となるのが、2026年2月に発売された「アレンザLX200」。「エンライトン」と呼ばれる新たな設計基盤技術を用いて開発された最新タイヤの特徴を報告する。 -
三菱デリカミニTプレミアム DELIMARUパッケージ(前編)
2026.2.12あの多田哲哉の自動車放談イメージキャラクターの「デリ丸。」とともに、すっかり人気モノとなった三菱の軽「デリカミニ」。商品力の全体的な底上げが図られた新型のデキについて、元トヨタのエンジニア、多田哲哉さんが語る。 -
ホンダアクセスが手がけた30年前の5代目「プレリュード」に「実効空力」のルーツを見た
2026.2.12デイリーコラムホンダ車の純正アクセサリーを手がけるホンダアクセスがエアロパーツの開発に取り入れる「実効空力」。そのユニークなコンセプトの起点となった5代目「プレリュード」と最新モデルに乗り、空力パーツの進化や開発アプローチの違いを確かめた。





















