アストンにあってレッドブルにないもの ~天才F1デザイナー、ニューウェイ移籍の背景~
2024.09.25 デイリーコラムレーシングカーデザイナーであり、長くF1におけるエンジニアリングをけん引してきたエイドリアン・ニューウェイ。2006年からレッドブルに籍を置いてきた彼が新天地として選んだのは、アストンマーティンだった。F1で合計25ものタイトルを獲得してきた天才デザイナーの決断の背景に何があったのか?
レッドブルに何が起きているのか?
「レッドブルが最後のF1チームだと思っていたが、ここ1年くらいのうちに、その考えも徐々に変わってきた」
英国のポッドキャスト番組「High Performance」のインタビューのなかで、先ごろアストンマーティンへの移籍を発表したレッドブルのチーフ・テクニカル・オフィサー、エイドリアン・ニューウェイはこう語った。
ニューウェイのレッドブル離脱が正式発表されたのは2024年5月1日だが、すでに3月の開幕の頃にはそんなうわさが流れ始めていた。レッドブルのチーム代表、クリスチャン・ホーナーの女性スタッフに対する不適切行為の疑惑が明るみに出ていた時期である。
レッドブル本社の調査によりホーナーへの嫌疑は晴れたものの、きな臭さはしばらく消えず、不適切行為の詳細が匿名で関係者に送りつけられ、またマックス・フェルスタッペンの父で元F1ドライバーのヨス・フェルスタッペンなどは「彼が代表のままではチームが分裂する」と辛辣(しんらつ)だった。
さらにアドバイザーとしてチームに多大な影響を与えてきたヘルムート・マルコもレッドブルを追われるのではという報道が流れ、果てはフェルスタッペンの移籍すらささやかれる始末。今季もタイトル争いに絡むチャンピオンチームに、何が起きているのか。
拡大 |
拡大 |
ニューウェイが心変わりした「ここ1年」
ニューウェイが語った、心変わりした「ここ1年」に何が起きたか。振り返ってみると、レッドブルの創業者のひとりだったディートリヒ・マテシッツが、2022年10月に亡くなったことは大きな出来事だった。
世界中のスポーツ、特にモータースポーツの最高峰であるF1でのスポンサー活動に熱心だったマテシッツが、ジャガーF1チーム買収にゴーサインを出したのは2004年。翌年にはレッドブルとしてF1参戦が始まり、チーム代表にまだ31歳だったホーナーが抜擢(ばってき)された。
ニューウェイの加入は2006年のこと。この天才デザイナーの招聘(しょうへい)に尽力したのはホーナーであり、ふたりが力を合わせ、まだスタートアップチームにすぎなかったレッドブルを切り盛りしていった。一方、特にドライバー関連の人事権を握っていたマルコは、同じオーストリア人のマテシッツとの関係からチーム運営に携わっていた。
その後の大躍進は周知のとおりだ。ニューウェイが手がけたマシンによるタイトル獲得数は合計25を数えるが、このうちレッドブルには13もの栄冠がもたらされ、セバスチャン・ベッテルは2010年から4連覇、フェルスタッペンも今季防衛できればその快挙に並ぶ。
ドリームチームの中心人物だったニューウェイのレッドブル離脱。彼が移籍を考えだした時期と、マテシッツ亡き後の期間の符合、その後に漏れ聞こえてきたチーム内のあつれきが、それぞれ無関係とはいえないだろう。ニューウェイが過去所属していたウィリアムズ、マクラーレンを去った理由が「政治的駆け引きを好まなかったから」ということは、F1界なら知らぬものはいないのだ。
拡大 |
拡大 |
アストンにあって、レッドブルにないもの
ニューウェイ加入の発表会でアストンマーティンを選んだ理由を聞かれたニューウェイは、隣にいるチームオーナーのローレンス・ストロールを指して「ローレンスさ」と笑って答えた。冗談めかしていたが、冗談には聞こえなかった。ファッション業界で大成功をおさめたカナダの実業家にして富豪であるローレンス・ストロールの野望は、天才デザイナーを引きつけるに十分な魅力を備えているからだ。
ストロールがF1チームを率いるようになったのは、2018年に破産したフォース・インディアにコンソーシアムとして加わってから。さらに2020年には経営難に陥っていたアストンマーティン・ラゴンダ社にも投資し、翌年からF1にアストンマーティンの名を61年ぶりに復活させる。
F1を通じたマーケティング活動と自動車部門の相乗効果を狙い、積極的な投資を行うストロールは、F1チームのファクトリーを2億ポンド(380億円)の巨費を投じて拡張中で、間もなく最新鋭の風洞やシミュレーターなどがそろう。また競合からの引き抜きなど活発な採用も実施。2025年3月からマネージング・テクニカル・パートナーとして参画するニューウェイは、成功への切り札的な人事である。
2026年施行の新レギュレーションに向けて早急にマシン開発に着手することになるニューウェイには、豊富な資金力を背景とした最新設備、フェルナンド・アロンソという希代のトップドライバー、2026年からはホンダのパワーユニットといった強力な「仲間たち」がおり、その全員が初の勝利と栄冠に向けてまい進している。まさに彼が求めていた、チーム一丸となったチャレンジがそこにある。
頂上に向けて着々とプランを遂行する原動力は、オーナーであるローレンス・ストロールの成功への野心。カリスマオーナーに備わる強大な求心力は、いまのレッドブルには残念ながら感じられないだろう。
歴代4位の120勝を誇るレッドブルを離れ、65歳のニューウェイが(今度こそ)最後のチームとして選んだのは、伝説に彩られた歴代最多246勝の最古参フェラーリではなく、114勝で歴代5位につける(かつての)名門であり古巣のウィリアムズでもなく、まだ勝利の美酒を味わっていないアストンマーティンだった。ニューウェイは、彼のF1キャリアにとって最後の、とびきり魅力的な新たな挑戦を見つけたのだ。
(文=柄谷悠人/編集=関 顕也)
拡大 |
拡大 |
拡大 |

柄谷 悠人
-
GRとレクサスから同時発表! なぜトヨタは今、スーパースポーツモデルをつくるのか? 2025.12.15 2027年の発売に先駆けて、スーパースポーツ「GR GT」「GR GT3」「レクサスLFAコンセプト」を同時発表したトヨタ。なぜこのタイミングでこれらの高性能車を開発するのか? その事情や背景を考察する。
-
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ 2025.12.12 日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。
-
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る 2025.12.11 マツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。
-
業界を揺るがした2025年のホットワード 「トランプ関税」で国産自動車メーカーはどうなった? 2025.12.10 2025年の自動車業界を震え上がらせたのは、アメリカのドナルド・トランプ大統領肝いりのいわゆる「トランプ関税」だ。年の瀬ということで、業界に与えた影響を清水草一が振り返ります。
-
あのステランティスもNACS規格を採用! 日本のBEV充電はこの先どうなる? 2025.12.8 ステランティスが「2027年から日本で販売する電気自動車の一部をNACS規格の急速充電器に対応できるようにする」と宣言。それでCHAdeMO規格の普及も進む国内の充電環境には、どんな変化が生じるだろうか。識者がリポートする。
-
NEW
車両開発者は日本カー・オブ・ザ・イヤーをどう意識している?
2025.12.16あの多田哲哉のクルマQ&Aその年の最優秀車を決める日本カー・オブ・ザ・イヤー。同賞を、メーカーの車両開発者はどのように意識しているのだろうか? トヨタでさまざまなクルマの開発をとりまとめてきた多田哲哉さんに、話を聞いた。 -
NEW
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】
2025.12.16試乗記これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。 -
GRとレクサスから同時発表! なぜトヨタは今、スーパースポーツモデルをつくるのか?
2025.12.15デイリーコラム2027年の発売に先駆けて、スーパースポーツ「GR GT」「GR GT3」「レクサスLFAコンセプト」を同時発表したトヨタ。なぜこのタイミングでこれらの高性能車を開発するのか? その事情や背景を考察する。 -
第325回:カーマニアの闇鍋
2025.12.15カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。ベースとなった「トヨタ・ランドクルーザー“250”」の倍の価格となる「レクサスGX550“オーバートレイル+”」に試乗。なぜそんなにも高いのか。どうしてそれがバカ売れするのか。夜の首都高をドライブしながら考えてみた。 -
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】
2025.12.15試乗記フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。 -
ホンダ・プレリュード(前編)
2025.12.14思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「ホンダ・プレリュード」に試乗。ホンダ党にとっては待ち望んだビッグネームの復活であり、長い休眠期間を経て最新のテクノロジーを満載したスポーツクーペへと進化している。山野のジャッジやいかに!?







