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ホンダの軽商用BEV「N-VAN e:」が個宅配ビジネスで存在感を高めているのはなぜなのか

2024.12.05 デイリーコラム 佐野 弘宗
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軽商用バン市場におけるホンダの巻き返し

先日うかがった軽商用バンの電気自動車(BEV)「ホンダN-VAN e:」のメディア試乗会で、開発チームの皆さんと話していて印象的だったのは「今回のBEVをきっかけに、軽商用バンにあらためてチャレンジすることにしました」という言葉だ。前後の文脈から、ここでの“チャレンジ”には、技術的な挑戦という意味のほかに、ビジネス的なものも含まれているように思えた。

N-VAN e:のベース=ガソリン仕様の「N-VAN」は2018年7月に発売されたが、このときの販売計画は月間3000台。発売から2年ほどは順調に計画を超えていたN-VANだったが、2020年と2021年はコロナ禍もあって計画割れ。2022年以降は復調するも、月平均では2500台前後にとどまった。2024年7月には2度目の一部改良を実施したものの、それ以降も登録台数は月間3000台を超えていない。

まあ、発売から約5年間の月間平均なら2800台強となるので、N-VANを販売不振と断ずるのは失礼だろう。N-VANの前身である「バモス」のモデル末期は月間1000台前後の登録台数にとどまっていたから、N-VANへとモデルチェンジした意味はある。

ただ、N-VANのライバルとなる「スズキ・エブリイ」の近年の登録台数は月間5000~6000台、「ダイハツ・ハイゼット カーゴ」のそれは(認証不正による生産中止時期をのぞくと)月間6000~8000台と、純粋にN-VANよりはるかに多いのも事実だ。しかも、スズキとダイハツにはそれぞれOEM(スズキは日産、三菱、マツダに供給、ダイハツはトヨタ、スバルに供給)による上乗せもある。

N-VANの業績がエブリイやハイゼット カーゴにおよばない理由は、いくつか考えられる。まずバモス時代の実績からもわかるように、そもそも軽商用バン市場におけるホンダの存在感・販売力は強くない。

2024年10月に発売されたホンダの新型電気自動車(BEV)「N-VAN e:(エヌバンイー)」。軽商用車「N-VAN」をベースとしたBEVで、商用BEVとはしつつも、個人ユースにも対応する全4タイプがラインナップされている。写真は最量販モデルと想定されている「N-VAN e: L4」。
2024年10月に発売されたホンダの新型電気自動車(BEV)「N-VAN e:(エヌバンイー)」。軽商用車「N-VAN」をベースとしたBEVで、商用BEVとはしつつも、個人ユースにも対応する全4タイプがラインナップされている。写真は最量販モデルと想定されている「N-VAN e: L4」。拡大
「N-VAN e:」は、短時間でのチャージが可能な6.0kW出力の普通充電器に対応。充電時間は約5時間で、「夜間に充電を行えば翌日はフル充電の状態で使用を開始することができる」と紹介される。「FUN」グレードに標準装備となる50kW出力対応の急速充電ポートは、他グレードではオプションアイテム。
「N-VAN e:」は、短時間でのチャージが可能な6.0kW出力の普通充電器に対応。充電時間は約5時間で、「夜間に充電を行えば翌日はフル充電の状態で使用を開始することができる」と紹介される。「FUN」グレードに標準装備となる50kW出力対応の急速充電ポートは、他グレードではオプションアイテム。拡大
「N-VAN」および「N-VAN:e」の先代にあたるモデルが、1999年に登場した「アクティバン」と「バモス」の両シリーズ。バモスにはハイルーフ仕様の「バモスホビオ」と、商用バンの「バモスホビオPro」(写真)も設定された。
「N-VAN」および「N-VAN:e」の先代にあたるモデルが、1999年に登場した「アクティバン」と「バモス」の両シリーズ。バモスにはハイルーフ仕様の「バモスホビオ」と、商用バンの「バモスホビオPro」(写真)も設定された。拡大
ホンダの現行軽自動車ラインナップ。左から「N-VAN」「N-ONE」「N-BOX」そして「N-WGN」。
ホンダの現行軽自動車ラインナップ。左から「N-VAN」「N-ONE」「N-BOX」そして「N-WGN」。拡大
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軽商用バンを取り巻く環境が変化

もうひとつの理由は、商用バンとしての機能性だ。エブリイやハイゼット カーゴは、前席より後ろの空間を最大限に確保できるよう、前席下にエンジンを置く=前席乗員をフロントオーバーハングに追いやるキャブオーバーレイアウトを採用する。対してN-VANはご承知のように、多くの軽乗用車と同じFFレイアウトだ。このレイアウトはエンジンルームのぶんだけ前後方向の室内空間が削られるので、キャブオーバーよりどうやっても荷室長が短くなる。

また、荷物を満載することも多い商用バンの場合、FF=前輪駆動では、雪道や凍結路などでのトラクション性能=推進力を不安視する声も根強い。リアの荷室側が重くなるとフロントの荷重が減って、駆動輪が滑りやすくなるからだ。キャブオーバーは後輪駆動が基本なので、リアに重いものを乗せると、トラクションは逆に向上する。

もちろん、N-VANの開発時にホンダは入念なテストを繰り返して、N-VAN用に耐久性の高い4WDシステムも新開発。「一般的な使いかたならFFレイアウトのN-VANでなんら問題なし」と判断したわけだが、一度確立した固定観念をくつがえすのは簡単ではない。

もっとも、床下ミドシップレイアウトでキャブオーバーと同等の機能性を確保していたバモスから、N-VANへのモデルチェンジを決断した時点で、こうしたツッコミは想定内。それにN-VANは軽乗用車の「Nシリーズ」とプラットフォームを共有しているので、少ない台数で事業性を確保できるようになっている。

にもかかわらず、開発陣から冒頭のような言葉が出るということは、本来ならN-VANはもっとブレークしてもいいはず……との本音がホンダにはあるのだろう。たしかにN-VANはバモス(の末期)からの登録台数増には成功したが、N-VANによって、エブリイやハイゼット カーゴに影響が出たとは、少なくとも外形的な数字からは読み取れない。つまり、N-VANがひそかに画策していた(?)軽商用バンのパラダイムシフトは起こせていない。

いっぽう、軽商用バンを取り巻く環境は、N-VANの発売当時から大きく変化した。

そのひとつ目は、いうまでもなく物流業界にも押し寄せるカーボンニュートラル化への圧力である。ホンダがN-VAN e:を手がけた最大の理由も、まさにそれだ。

「N-VAN e: L4」のサイドビュー。ボディーサイズは全長×全幅×全高=3395×1475×1960mm、ホイールベースは2520mmとなる。L4の車重は1130kg。積載量は「G」「L2」が350kgで、L4と「FUN」が300kgとなる。
「N-VAN e: L4」のサイドビュー。ボディーサイズは全長×全幅×全高=3395×1475×1960mm、ホイールベースは2520mmとなる。L4の車重は1130kg。積載量は「G」「L2」が350kgで、L4と「FUN」が300kgとなる。拡大
機能美あふれる「N-VAN e: L4」のインストゥルメントパネル。ビジネスユースを想定した「G」「L2」グレードとは異なり、助手席側のエアコン吹き出し口は風向きが調整できるほか、助手席側にカップホルダーやトレーも設置される。
機能美あふれる「N-VAN e: L4」のインストゥルメントパネル。ビジネスユースを想定した「G」「L2」グレードとは異なり、助手席側のエアコン吹き出し口は風向きが調整できるほか、助手席側にカップホルダーやトレーも設置される。拡大
「N-VAN e: L4」の荷室。長さ2.47mの脚立がきちんと積み込めるスペースを確保している。L4の荷室容量はVDA方式の計測値で最大1568リッター、「G」グレードは1787リッターを誇る。
「N-VAN e: L4」の荷室。長さ2.47mの脚立がきちんと積み込めるスペースを確保している。L4の荷室容量はVDA方式の計測値で最大1568リッター、「G」グレードは1787リッターを誇る。拡大
4座仕様の「N-VAN e: L4」。写真は運転席以外のシートを床下に収納した様子。助手席側のセンターピラーをなくすことで実現した大開口部などの特徴は「N-VAN」から受け継がれている。
4座仕様の「N-VAN e: L4」。写真は運転席以外のシートを床下に収納した様子。助手席側のセンターピラーをなくすことで実現した大開口部などの特徴は「N-VAN」から受け継がれている。拡大
「N-VAN e:」に搭載される駆動用リチウムイオンバッテリーの容量は全車共通となる29.6kWhで、一充電走行距離は245km(WLTCモード)と発表されている。
「N-VAN e:」に搭載される駆動用リチウムイオンバッテリーの容量は全車共通となる29.6kWhで、一充電走行距離は245km(WLTCモード)と発表されている。拡大

ついに時代が追いついてきた?

もうひとつは、ネット通販市場がコロナ禍を経てさらに大幅拡大して、小口の個宅配送に適した軽商用バンのニーズがぐんぐん高まっていることだ。小さな荷物を大量に積む個宅配送では、荷室から助手席まで完全フラット化できるN-VANの強みが最大限に発揮される。しかもN-VANのもうひとつの特徴である左側センターピラーレス構造も、側方からの積み下ろしがしやすいなど、小口の配達ならキャブオーバーより有利な点も多いのだ。

さらに2024年問題だ。いわゆる働きかた改革によって、物流ドライバーの時間外労働の上限規制が2024年4月から強化されて、物流業界全体でドライバー不足が懸念されている。そのために、とくに負担の少ない個宅配送ドライバーでは、あの手この手の採用活動がおこなわれるようになった。

そうした新しい環境を見据えて、N-VAN e:では開発に宅配最大手のヤマト運輸の協力もあおいだ。バッテリーや動力性能の実地検証だけでなく、細かい使い勝手面でもさまざまな証言をもらったとか。そんなN-VAN e:の開発担当氏によると「最近では女性やパートタイムの個宅配送ドライバーが確実に増えています。従来型のキャブオーバーは乗り慣れたベテランには問題ないのですが、運転姿勢が乗用車の『N-BOX』とほぼほぼ同じN-VAN/N-VAN e:は不慣れなドライバーでも恐怖心を抱かず、疲れないというメリットがあります。今後はそこも押したい」と語る。

開発担当氏の言葉を信じれば、これまで軽商用バンとしては弱点だったFFレイアウトが、これからは逆にメリットとなる可能性があるということだ。さらに「N-VANはもともと価格も高めでした。あらためて見ると、軽商用バンとして機能や装備が過剰だったきらいがあるのは否めません。そこで今回のBEV化を機に、今一度、勝負をかけようと考えたわけです」という同氏もいうように、N-VAN e:はN-VANから不必要なデザイン変更もあえてせず、装備も絞り込んで、さらに不要なシートを取り払った1人乗りやタンデム2人乗りまで用意して価格をおさえた。それでも当初予定よりかなり価格は上がったというが、約30kWhという軽としては大容量の電池を積んで全車200万円台を実現した。

しかも、先に発売予定だった最大のライバル=スズキとダイハツ共同開発の軽商用BEVは、もろもろの事情により発売が無期限延期状態におちいってしまっている。N-VAN e:には今まさに神風が吹いている状態といえなくもないわけで、ついにN-VAN/N-VAN e:に時代が追いついてきた……のか?

(文=佐野弘宗/写真=佐藤靖彦、本田技研工業/編集=櫻井健一)

商用ユースに特化した「G」グレードのシートは、運転席の1席のみとなる。助手席側ダッシュボードの形状変更を行いエンジン車の「N-VAN」よりも室内長を95mm延ばし、さらに助手席をなくしたことで4人乗りタイプよりもフロア高が120mm下げられている。
商用ユースに特化した「G」グレードのシートは、運転席の1席のみとなる。助手席側ダッシュボードの形状変更を行いエンジン車の「N-VAN」よりも室内長を95mm延ばし、さらに助手席をなくしたことで4人乗りタイプよりもフロア高が120mm下げられている。拡大
運転席と右側後席の2座のみのタンデム仕様となる「L2」グレード。左側の2座を省いた大空間と、ピラーレスの大開口部による荷物を出し入れのしやすさが特徴と紹介される。
運転席と右側後席の2座のみのタンデム仕様となる「L2」グレード。左側の2座を省いた大空間と、ピラーレスの大開口部による荷物を出し入れのしやすさが特徴と紹介される。拡大
2023年6月から8月まで実施されたホンダとヤマト運輸による「N-VAN e:」の実証実験には、「N-VAN」をベースとしたテスト用車両が用いられた。集配業務における実用性や車両性能の検証が行われた。
2023年6月から8月まで実施されたホンダとヤマト運輸による「N-VAN e:」の実証実験には、「N-VAN」をベースとしたテスト用車両が用いられた。集配業務における実用性や車両性能の検証が行われた。拡大
ホンダとヤマト運輸による「N-VAN e:」の実証実験は、ヤマト運輸の中野営業所(東京・杉並)と同宇都宮清原営業所(栃木・宇都宮)、同神戸須磨営業所(兵庫・神戸)の全国3カ所で実施。
ホンダとヤマト運輸による「N-VAN e:」の実証実験は、ヤマト運輸の中野営業所(東京・杉並)と同宇都宮清原営業所(栃木・宇都宮)、同神戸須磨営業所(兵庫・神戸)の全国3カ所で実施。拡大
ホンダアクセスが手がける純正アクセサーでカスタマイズされた「N-VAN e: FUN」。「AC外部給電器(Honda Power Supply Connector)」と組み合わせることで、AC100V(最大出力1500W)の電器製品が使用できる外部電源入力キットがオプション設定されている。
ホンダアクセスが手がける純正アクセサーでカスタマイズされた「N-VAN e: FUN」。「AC外部給電器(Honda Power Supply Connector)」と組み合わせることで、AC100V(最大出力1500W)の電器製品が使用できる外部電源入力キットがオプション設定されている。拡大
佐野 弘宗

佐野 弘宗

自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。

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