フェラーリ458イタリア(MR/7AT)【試乗記】
一番面白いフェラーリ 2010.10.15 試乗記 フェラーリ458イタリア(MR/7AT)……3539万8000円
570psのパワーを引っ提げてデビューした、新世代のV8フェラーリ「458イタリア」。ハイテク装備で武装した最新の跳ね馬は、どんな走りを見せるのか? ワインディングロードで試した。
見た目はかなり手ごわそう
「おや、ちょっと小さくなったかな?」というのが、初見の印象。走りだすとその印象はさらに強くなる。そしてこれがすべての好印象につながっていく。
どこにあっても、独特の威風を放つ。フェラーリの持って生まれた品性だ。フムフムと難しいコクピットドリルを受けながら、早く走り出したい衝動に駆られる。どうせ1回聞いたくらいでは、全ての操作を覚えられやしない。走りながら実際に試せば、見れば分かる式に造ってあるはずだよ……とは思いながらも、今度の「458イタリア」は、かなり手ごわそうだ。ステアリングホイールのスポーク付け根にあるウィンカー“ボタン”なんて操作しにくいモノの最たるもの。これじゃまるで、電気仕掛けの自動車だ。とっさの場合にレスポンスよく対処できるのだろうか? ちょっと憂うつになる。
10年ほど前、このクルマのご先祖様である「360モデナ チャレンジ」のアシが決まったからと言われ、フィオラノのテストコースをたった10ラップ走らせるために、イタリアのマラネロまで往復したことがある。
ガレージから引っ張り出された、冷えたままのクルマを前にトップバッターを言い渡され、数ラップの慣熟走行を経ていろいろ問題のある特性にも慣れて、いざ攻めだしたところで、最終コーナーでスピン。この時、普通ならばエンジンを止めないようにクラッチペダルを踏めばいいだけの話だが、当時のF1システムは2ペダル式MTだからナシ。やむなく、左右両方のパドルを同時に引かなければならなかった。すぐ復帰はしたものの、エンストしたことはちょっと恥ずかしい思い出として残っている。
……新しい「458イタリア」でウィンカーを左右交互に出したりしたら、それもまた恥ずかしいだろうなあ。
伝わる職人技
そんな話は一切忘れて走り出す。と同時に、滑らかに水平移動するいつものフェラーリの乗り心地に感心する。この洗練された乗り味は、フェラーリ独特のものだ。
スプリングはレートのソフトなものを使いながら、あらかじめ締め上げて荷重的には硬い部分を使う。乗り込んでも車体が沈むことはなく、元から相当に硬い領域にあることは確かだ。バウンド方向には硬く、それを押さえつけるボディの剛性もしっかりしている。そして、リバウンドする時にはソフトなレートが効いて、しかもダンパーの減衰力も強力なため、ゆったりと動く。つまりそーっと車体を下ろしてくれるのだ。
そのようにして次のバウンドまでの時間を稼ぐので、結果として姿勢はフラットに保たれる。
スプリング自体の精度も高く、妙な微振動は発生しない。この辺の造りや調整が、数を見込んだ量産車との違い。職人技の領域だ。さらにこの「458イタリア」には、乗り心地改善スイッチ(!)も用意される。路面がひどく荒れている道で一度試してはみたものの、それ以降はまったくこのスイッチには触れない。忘れてしまっていい。
「458」の車名は、「4.5リッターの8気筒」を意味する。「F430」より増えた排気量は、94mmのボアをそのままに、ストロークを77mmから81mmに増すことで得られている。ちなみにマセラティの4.7リッターユニットは、これをさらに85mmまで延長しているから、ここまではすぐにもチューンできることになる。
クランクは180度だから、直列4気筒をふたつ抱き合わせたようなもの。最高出力の発生回転数9000rpmはいかにも高回転であるが、4気筒のクランク長を思えばそう難しいことでもなさそうだ。もっとボアを詰めてコンパクトにすることは最近の流行かもしれないが、ユーザーにとってさほどメリットとも思えない。やはり、たっぷりと余裕をもった設計は、回した時の安心感につながるからだ。
使える570ps
エンジンが大きくなると、結果として車体も大きくなってしまい、「360」の時代は「テスタロッサ」といくらも違わないほど、ボディ後半を持て余していたように感じたものだ。しかし、この「458」はオーバーハングも短く、見た目にもスリムになった。周辺の処理も進化している。
今度は、570psの最高出力と55.1kgmの最大トルクを与えられたが、これもトラクション=安定性と考えれば、大きいに越したことはない。パワーはいくらあってもいいということだ。昔の大馬力車はいきなりタイヤスモークを上げてクルマはちっとも前に進まない……というようなこともあったが、今では電子制御で有効にパワーを路面に伝えられることは言うまでもない。フラッと一瞬挙動が乱れることはあっても、スロットルペダルを踏みつければトラクションをキープしたまま、猛然と目標方向に向かって進んでいく。これぞ大パワーの恩恵だ。
往年の「ディーノ」を思わせる黄色い色とキリッと盛り上がったフェンダーの稜線(りょうせん)は、スーパーカーらしい眺めをドライバーにもたらすと同時に、1937mmもある車幅をそれほど広く感じさせない。段差でノーズを持ち上げる油圧の補助機構はもたないが、クリアランスはこの手のクルマにしては考えられており、それがことさらノーズを薄く見せて、低く幅広いことを強調する。だから正面からみると大きなクルマに見えるが、小さなキャビン内に納まってしまえば、そして動き出してしまえば操作に対して遅れのない挙動や、乾燥重量で1380kgの車重も奏功して身軽な印象が際立つ。
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介助も過ぎればおせっかい
「レース」や「スポーツ」など走行モードの違いは、公道では大した意味をもたない。それより「オート」というポジションが面白い。「スポーツ」のままでもオートマチックな制御は共存しており、パドルでシフト操作をせずとも、スロットルペダルをオフにするだけでシフトダウンまで勝手にやってくれる。フェラーリがやることとなると「オモチャくさい」とは言い難いが、このモード選択など無くとも、「458イタリア」は十分に面白い。そんなことまで世話にならなくとも、自分で回したいだけ回せばいいのだし、回し過ぎやシフトミスによるトラブルの恐れを除外してくれるだけで十分なのだ。
ゲトラグ社との共同開発による「F1システム」がいかに良くできていようと、個人的にはやはり自分の意思で自由になる伝統的なMTこそフェラーリにふさわしいと思う。ま、ビジネスも大事だからこちらをメインに売るとしても、こうした電気装置を全部省いたスパルタンなMT仕様も用意して、なんとなれば同額ででも欲しがるフェラーリ・ユーザーは存在すると思う。
その昔、フランソワーズ・サガンの華奢(きゃしゃ)な腕を見て、エンツオ・フェラーリが「君にはフェラーリをコントロールできない」といって売らなかった話など、今となってはおとぎ話ではなかろうか……と一旦は否定しておきながら、「この『458イタリア』は、今までで一番面白いフェラーリだな」と白旗を上げざるを得ないのも本音だ。
金に糸目をつけなければ何でもできるかといえば、そうとも限らない。
持てるパワーとギアポジションの全てを使い切れるフィオラノのテストコース、マラネロ周辺の山々に散在する美しい中低速コーナーの数々、そして何よりもドライビングそのものを楽しめるテストドライバー達……そうした背景にはぐくまれたクルマは、そうたくさんあるもんじゃない。単に速いクルマはあっても、乗って面白いクルマを造るメーカーということでは、やはりフェラーリが世界一だと思う。
走り出せば2800万円という価格も忘れて、コーナーを攻めることに夢中になってしまう。そんなクルマ、めったにありはしない。
(文=笹目二朗/写真=高橋信宏)
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笹目 二朗
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