優雅なスペチアーレはアリや、ナシや? 「フェラーリ296スペチアーレ」に思う
2025.07.11 デイリーコラムこのスペチアーレは優雅すぎる?
「いかがだったでしょう? 皆さん『296スペチアーレ』をご覧になって」
フェラーリでヘッド オブ プロダクト マーケティングを務めるエマヌエレ・カランド氏の問いに対し、メディアセッションに参加したメンバーで拍手で応えたのは、実に記者ひとりだった……。
これは、富士スピードウェイで催されたフェラーリ296スペチアーレお披露目会でのひとコマである。うーむ、思い出すだに胃が痛い。フェラーリの特別モデルの発表会で、商品責任者から「どうだった?」と聞かれてこの態度をとれるのだから、日本のメディアも肚(はら)が据わったもの。世にはいまだに「メーカーとメディアは仲良しこよし。自動車媒体の批評なんてちょうちん記事ばかり」なんて言う人もいるようだが、そうした方はぜひ記者のとなりに座り、共に、この気まずい空気を味わってほしい(笑)。
まぁもっとも、記者にしても空気を意識して拍手したわけではない。素直に296スペチアーレをカッコいいと思ったからだ。上品なクルマもおどろおどろしいクルマも、まずは基本の造形が大事。はなっから意味不明な穴や凸凹でハッタリをかますクルマが苦手な記者は、素の「296GTB」を憎からず思っていたのだ。ゆえに、その魅力を受け継ぎつつ、ちゃんと性能強化版に仕上がっていた296スペチアーレの意匠に、好感を覚えたのである。
もっとも、フェラーリからしたら(そして読者諸氏にとっても)カスタマーでもなんでもないいち庶民の評価など、どうでもいいことだろう。大事なのは、こうしたスーパーカーのなかでも上澄みみたいなクルマを、実際にお買い求めになる層にとってどうかだ。
メディアセッションで繰り広げられた質疑に耳をそばだてていると、伊本国での発表会の反応も含め、この「優雅なスペチアーレ」のかいわいでの評価は、真っ二つといったご様子だった。上述の理由から「おとなしすぎる!」という意見には賛同しかねる記者も、お披露目のクルマが「ヴェルデニュルブルクリンク」というシックできらびやかな……要はレースイメージが薄い色をまとっていたことを含め、「今までのスペチアーレとは、ちょっと雰囲気が違うな」と思ったのは確かだった。
夢のクルマを前に、夢のない話を思う
「今までとは違う」といえば、個人的には訴求の力点も、記者の持つ古いフェラーリ像とは違って感じられた。カランド氏はこのクルマの魅力について、プレゼンテーションでもメディアセッションでも、「パッション」「ドライビングエモーション」という言葉をしきりに使い、それを前面に押し出していた。
過去に何度もニュースを書いたり、あるいは諸先生から届く原稿をページに落とし込んだりしていた身からすると、フェラーリのスペチアーレって、速さこそ正義。「プロでないドライバーがステアリングを握っても、さまざまな状況でレーシングカー並みの走りを堪能できる」(前作「488ピスタ」のwebCGニュースより)ことが身上のクルマではなかったか? 無論、過去のスペチアーレもエモーショナルなクルマだったのは事実だろうが、それは副次的な要素で、要は「トラックパフォーマンスを追求した結果としてのスリル」だと記者はとらえていた。
それが今回の296スペチアーレの日本語資料を見ると、冒頭でデカデカと「ドライビングの興奮に関するプロダクションモデルの新たなベンチマーク」と宣言。べらぼうに速いクルマであるにもかかわらず、0-100km/hだ最高速だといった動力性能のアピールは控えめで、ベース車より2秒も速いフィオラノでのラップタイム(1分19秒)も、末尾の諸元一覧でそっと触れられている程度だった。
うーむ。これも方々で語られる、富裕層の“パフォーマンス疲れ”の表れか。それが、パフォーマンスが身上であるフェラーリのスペチアーレにも、波及してきたということなのか。
一時期は500PSが一級の証しなんていわれていたスーパースポーツのかいわいも、今では700PSとか800PSがザラ。モーターの力も借りて1000PSの大台に乗るクルマもあるほどだ。そんな現状でさらに速さを突き詰められても、人の目や手や足が追いつかない。それにそもそも、電子制御でコーナーもスイスイ、クルマが勝手にドリフトコントロールまでしてくれる時代に、「パフォーマンスが売り」と言われましてもねぇ……という話は、前々からちょくちょく耳にしていた。296スペチアーレに関しては、それがゆえの「ドライビングエモーション」の訴求であり、ピロティ仕様の発表も含め、新しいフェラーリ・スペチアーレの価値の提案なのかも……と思ってしまった。
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最大公約数をねらうのではない
……と、ここまで書いておいてなんだが、お値段アバウト6000万円、限られた顧客にのみインビテーションが届くというドリームカーの世界に、トレンドなんてものは存在するのだろうか? メーカーの側も、それを追うようなマーケティングをするのだろうか? 限られたカスタマーにしか門戸が開かれないクルマのこと、なんなら顧客リストに総当たりで「こんなスペチアーレはいかが?」って覆面調査でもして、最大公約数的なクルマをつくることもできてしまいそうだが。
実車を前に、そんな世知辛い想像をしてしまった記者だったが、カランド氏の語るフェラーリのマーケティングはずっとずっとシンプルだった。「私たちは、さまざまなお客さまにさまざまな製品を提案します。それぞれの製品で、それぞれの提案をしていくのです」
優雅なGTから、スペチアーレや「XX」シリーズのストラダーレといった過激なモデルまで取りそろえて、広範でわがままな顧客の要望に応えていく。最大公約数をとるのではなく、商品を細分化して顧客の満足度を最大化する、ということである。言葉にするとカンタンだが、顧客の数も販売台数も限られたスーパーカーの世界を思えば、よほどの力業である。さすがは、このかいわいでも随一のラインナップとファンの支持を誇るフェラーリ、といったお話だった。
しかし、カランド氏の言を今回の296スペチアーレに当てはめると、ここからこぼれたカスタマー……要は「もっとエアロやダクトで武装したのが欲しい!」という人もすくい上げる、二の矢が用意されているということか? そうしてみると、確かにこの優雅なスペチアーレには、よりどう猛に化けられる余地がある気がする。記者も野蛮なクルマ好きの端くれ。個人的には「GT3 Evo」のストラダーレ版みたいなクルマがあってもいいと思うんですけど、いかがですかねえ、カランドさん?
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=フェラーリ、webCG/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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