第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い
2025.10.30 マッキナ あらモーダ!警察がいっぱい
「いやあ! 映画って本当にいいもんですね」の決めぜりふで知られた故・水野晴郎氏は、映画評論家のほか、警察ファンとしても知られていた。仮に筆者が生前の水野氏と知己だったら、イタリアに住むことを勧めたかった。なぜなら、警察の種類が多岐にわたるからだ。さっそく以下に記してみる。
<国家級>
- 国家警察:都市部における治安維持、外国人の登録管理など
- カラビニエリ:都市部・地方部双方における治安維持
- 財務警察:脱税・密輸・不正取引の取り締まりなど
- 刑務警察:日本における刑務官の職務に近い
<地方級>
- 県警察
- 地方警察・市警察(自治体単位)
実は以前には森林警備隊も存在したが、2017年にカラビニエリの一部として組み入れられた。それでも6組織が存在する。
前述のようにカラビニエリの職務範囲は国家警察と重複する部分が多い。だがこちらは国防省の一組織であり、日本では憲兵、軍警察などと訳されることが多い。階級の呼称も軍隊に準じる。
また、イタリアの県警察は日本の県警とは異なり、その職務範囲は環境保全、狩猟や漁の管理などに限られている。
スピード違反の取り締まりや交通事故の処理にあたっているのは、主に国家警察、カラビニエリ、都市警察である。また財務警察も、密輸摘発などの職務を遂行するため、ひんぱんに検問を行っている。いっぽう駐車違反を取り締まるのは都市警察の仕事である。
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「心からの感謝」をパトロールカーに
今回の話の主役はカラビニエリである。2025年9月19日午前、イタリア・シエナ旧市街のカンポ広場を通りかかったときのことだ。歴代カラビニエリ車両が次々と到着した。
筆者が係員に何が始まるのかと聞くと、「地元のカラビニエリ協会の創立100周年記念式典ですよ」と教えてくれた。カラビニエリ協会とは、主に退役カラビニエリ隊員で構成される組織とのことである。
並んだ四輪車の8台中6台はアルファ・ロメオである。イタリア車愛好家には釈迦(しゃか)に説法だろうが、かつてイタリアの警察車両は国家警察、カラビニエリともアルファ・ロメオの比率が高かった。これは同社がファシスト政権時代の1933年から戦後の1986年までの長きにわたり、イタリア産業復興公社(IRI)の管理下にあったからだ。公的機関には公社から納入するのが順当であったのとともに、たびたび経営危機に直面したアルファ・ロメオを救済する目的もあった。ちなみに、今日では欧州連合(EU)指令と国内法にしたがい入札で車両が決められている。
その日、広場にいた一般イタリア人にとって一番人気だったのは、初代「アルファ・ロメオ・ジュリア」であった。1963年に制式採用されたあと1980年代まで使われたこともあり、古い協会員によれば“カラビニエリの恋人”的存在だったという。
いっぽうで、地味モデル大好きな筆者の目に真っ先に留まったのは「90」である。解説パネルによると、1984年の生産開始と同時にカラビニエリに採用されたという。「アルフェッタ ベルリーナ」の後継モデルにふさわしく優雅で機能的であったが、俊足さに欠けたため、使用は主に都市部であった。
別の協会員は無線機器の変遷について熱く語ってくれた。時代を追ってルーフ上のアンテナが短くなっているのは、中継局が多数開設されるようになるとともに、高い周波数帯を使用するようになったためという。
ところで、イタリアの各警察組織は大抵、歴史車両のコレクションを保有していることが少なくない。したがって、その日の展示車両もそうした類いのものかと思った。だがスタッフに聞けば、「いいえ、個人コレクションですよ」という。しばらくするとオーナー代表がやってきた。
彼の名はミーノ・マリーノ・ファラッリ。若き日は士官学校で学ぶとともに、フィレンツェ大学の法学部で刑法を専攻。卒業後はカラビニエリの教育機関で教鞭(きょうべん)もとった。本人によると1949年生まれで現在73歳というが、かくしゃくとしているのは現役時代の規律正しい生活の恩恵だろう。
近くにいたファラッリ氏の仲間によると、かつてパトロールカーは原則10年間使用し、その後民間に払い下げられたという。
ファラッリ氏によると、コレクションのはじまりは「カラビニエリへの心からの感謝」で、救助・法の執行・正義・防衛という歴史の軌跡を示したいという思いがあったという。1980年から前身となる活動を開始。現在は私設カラビニエリ・ミュージアムをイタリア中部アレッツォ県コルトーナに開設している。イタリア古典車協会(ASI)やイタリア自動車クラブ(ACI)のほか、カラビニエリ大学校(USFR)の認定も受けている。
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粋な祝福も
ミュージアムとは別にファラッリ氏は、友人のマウロ氏とパトロールカー愛好会も運営している。名前はイタリアにおける警察車両の青色回転灯を意味する「ランペッジャトーリ・ブルー」だ。その日集まった車両の一部も会員のクルマだった。そのマウロ氏は「アルファ・ロメオ警察車両クラブ」のメンバーでもある。熱い方々だ。
冒頭の水野晴郎氏と異なり、筆者自身は警察組織に対して特別な親近感を抱いていなかった。しかしながら、こうした退職者たちのイベントは警察活動への理解につながる機会であり、警察車両はよき媒体役を果たすことは間違いない。
実はファラッリ氏が車両を展示し始めた午前、広場にある市役所では結婚式が行われていた。参考までに言っておくと、近年のイタリアで、教会での宗教婚と並んで人気があるのが、市長もしくは副市長の前で執り行う市民婚である。
その日の新郎新婦は、古きよき時代のアメリカンカルチャー愛好家らしく、外には「フォード・マスタング コンバーチブル」が待機していた。式が終わり、いざ新郎新婦が出発しかけると、ファラッリ氏がすかさずコレクションの1台のドアを開けてサイレンのスイッチを押した。そのけたたましい音は広場中に響きわたった。新婚カップルは一瞬たじろいだかもしれないが、なんとも粋な祝福であった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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