ポルシェ・ボクスター(MR/6MT)【試乗記】
頼れる兄貴 2009.09.16 試乗記 ポルシェ・ボクスター(MR/6MT)……656万9000円
スポーツカーって女性に冷たそうだけど、ホントのところはどうなの? ポルシェのエントリーモデル、素の「ボクスター」にスーザン史子が試乗した。
自分を解放して
初めて運転するクルマとの出会いは、パーティで突然人を紹介された時のような高揚感と、とまどいとが同時にやってくる。しかも、目の前に現れたのはスピードイエローのボクスター、かなりのイケメン。さて、どう応対したら……、なんて迷っていると、右折交差点の真ん中でうっかりエンスト! タハ〜。愛車とはクラッチのミートポジションが違う。でもこんなのは、うっかりワイングラスを倒してしまったようなもの。お近づきのためのご愛嬌かもね。
少しとっつきづらいかも、と思ったボクスター君。でも、会話は思いのほか盛り上がった。スポッと手に収まる球型のシフトノブに、太すぎないハンドルは、女性の手にも充分馴染む優しさを持っている。
ギアチェンジの“カチッ”という音とともに、タコメーターの針が上下動を繰り返すと、エグゾーストノートが呼応する。空冷ならではの乾燥した破裂音とは違い、口を尖らせ唇を震わすような、低くウェットな吐息。シートやハンドルから伝わる鼓動と合わさって、頭の中にはこんな映像が浮かんでくる。大きなボールの中に、角切りにしたフルーツやクリームを入れて、電動泡立て器を当てる。するとフルーツの角が取れて、クリーム状に溶け合っていく。これがボクスターの水冷式水平対向6気筒エンジンの感触。その中にいる私との不思議な一体感。「大丈夫。もっと自分を解放してごらん」。促されるままに、徐々にアクセルを踏み増していくと、彼は突然私を抱き寄せたように感じた。「もっといける」。その確信が私をよりアクティブにさせる。
親しみやすいスポーツカー
「ポルシェ・ボクスター」は、2008年の11月にマイナーチェンジを受けた。エンジンは新型となり、排気量は2.7リッターから2.9リッターへと拡大し、最高出力も10psアップしている。ボディはワインで言うフルボディ。剛性が高く、エキスが凝縮されている印象だ。でもアクセルをベタ踏みしたところで、腰が抜けるほどの加速感を味わえるわけではない。むしろ自制具合が謙虚で、都会的なインテリジェンスを感じさせる。
コーナリングではミドシップならではの回頭性の良さがありながら、ストレートでは、ハンドルを切ろうとしても少々抵抗を感じるような重みがあり、圧倒的な安定感が得られる。とりわけ、私レベルの気まぐれで未熟な操作であっても、安全な走りへとエスコートしてくれるのがいい。それはポルシェ・スタビリティ・マネージメントシステム(PSM)のおかげもあるのかな? この優秀な頭脳がポルシェ・ボクスターというスポーツカーを、誰にでもわけ隔てなく親しみやすいものにしている。
トランスミッションには6段MTのほか、動力伝達ロスを極力抑え、すばやいギアチェンジを可能にしたポルシェ・ドッペルクップルング(PDK)が用意されている。PDK搭載モデルでは、ハンドルを握り、ペダル操作をする以外にやることは何もないと思えるほど、メカとしての完成度が高い。以前よりもさらにスキのない、マメ男になったという印象だ。でも私なら、やはりMTを選びたい。徹底的に尽くされるのも悪くないが、相手がスポーツカーだからこそ、自分のワガママを通して振り回してみたいという欲望に駆られるから。
何をやっても大丈夫
電動ソフトトップを開け、窓を全開にすると、夏の暖かい風が草いきれとともに勢いよく吹き抜け、セミの鳴き声が車内に響き渡る。目線は青々と実る麦の穂と同じぐらいの高さ。サイドウィンドウを上まで閉めれば、巻き込みもまったくないが、あえてすべてを開放してしまう。すると、植物のような光合成を求めて、何もかも脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。まばゆいほどの太陽と風の中にあっては、人間もまた、植物と同じ、地球上の生命なんだと感じることができる。
ボディがゆるゆるの愛車「フィアット・バルケッタ」を人にたとえるなら、年下の彼氏のような存在だ。少しスピードを出すと「ねえ、ちょっと大丈夫!?」なんて、つい心配になってしまう。それに比べ、ボクスターはまったく怖くない。怖いどころか、彼に対しては何をやっても大丈夫という安心感がある。くすぐったり、たまにすねてみたり、ワガママを言っても「フフ、しょうがないな」とあしらってくれるような、包容力に溢れている。まるで、うんと歳の離れた兄貴のようだ。
彼は私を見守りつつ、必要なときにはアドバイスをくれる。だから、何かに迷い立ち止まったときに、このクルマに乗れば、おのずと答えが見つかるような気がする。自然体で運転するだけでいい。ボクスター君は、そんな懐の深さもあるマメ男なのだった。
(文=スーザン史子/写真=荒川正幸/撮影協力=東京ドイツ村)

スーザン史子
-
BMW M235 xDriveグランクーペ(4WD/7AT)【試乗記】 2025.9.15 フルモデルチェンジによってF74の開発コードを得た新型「BMW 2シリーズ グランクーペ」。ラインナップのなかでハイパフォーマンスモデルに位置づけられる「M235 xDrive」を郊外に連れ出し、アップデートされた第2世代の仕上がりと、その走りを確かめた。
-
スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.13 「スズキ・アルト」のマイナーチェンジモデルが登場。前後のバンパーデザインなどの目に見える部分はもちろんのこと、見えないところも大きく変えてくるのが最新のスズキ流アップデートだ。最上級グレード「ハイブリッドX」の仕上がりをリポートする。
-
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”【試乗記】 2025.9.12 レースやラリーで鍛えられた4WDスポーツ「トヨタGRヤリス」が、2025年モデルに進化。強化されたシャシーや新しいパワートレイン制御、新設定のエアロパーツは、その走りにどのような変化をもたらしたのか? クローズドコースで遠慮なく確かめた。
-
トヨタ・カローラ クロスZ(4WD/CVT)【試乗記】 2025.9.10 「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジモデルが登場。一目で分かるのはデザイン変更だが、真に注目すべきはその乗り味の進化だ。特に初期型オーナーは「まさかここまで」と驚くに違いない。最上級グレード「Z」の4WDモデルを試す。
-
ホンダ・レブル250 SエディションE-Clutch(6MT)【レビュー】 2025.9.9 クラッチ操作はバイクにお任せ! ホンダ自慢の「E-Clutch」を搭載した「レブル250」に試乗。和製クルーザーの不動の人気モデルは、先進の自動クラッチシステムを得て、どんなマシンに進化したのか? まさに「鬼に金棒」な一台の走りを報告する。
-
NEW
第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.9.17エディターから一言栃木県にあるホンダの四輪開発センターに潜入。屋内全天候型全方位衝突実験施設と四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターで、現代の自動車開発の最先端と、ホンダらしいクルマが生まれる現場を体験した。 -
NEW
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】
2025.9.17試乗記最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。 -
NEW
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体―
2025.9.17カーデザイン曼荼羅ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。 -
NEW
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.9.17デイリーコラムトランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。 -
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。